現実
「もしかして……、健康上の問題が出れば、
スケープゴートにしてしまうとかですか」
私は声を荒げてしまう。
食堂は静まり返る。
拙い。
またやってしまった。
自分の正義感がこれほど憎らしく思った事ははじめてだ。
団長は手を上げる。
再び、食堂は活気を取り戻した。
ヒンザが何かを言おうとするが、
団長は制止する。
団長は私の目をじっと見つめた。
団長の美しい紅い瞳は、
私の内面を見透かしているようで、
惹かれる反面、
薄気味悪さを感じた。
しかし、
健康上の問題が出れば、
スケープゴートにしてしまう国など。
こちらから捨ててやる。
そうも思った。
ただパン粥はやけに美味かったし、
これで生きていけると安心もしていた。
なのに……、
一つ事実を知っただけで、
すぐにこの有様だ。
あぁ愚かに生きたい。
馬鹿者であれば、
どんなに幸せだっただろう。
何……馬鹿者?
誰の事だ。
私の事じゃないか。
「ヤジー君、
君はずいぶん心が乱れているじゃないか」
団長は微かに笑った。
「み、乱れてやしません」
私は反抗を試みる。
しかし、
言葉は如実に心が乱れている事を明らかにする。
「君は、我々の立場をわかっているかい?」
団長は言った。
「暁のヤギ団のですか?」
「あぁ」
「ここは街。あなたはさしずめ統治者というところでしょうか」
「まぁ、そうなるな」
「それがどうされたのですか?」
「質問を変えよう。暁のヤギ団という名前は聞いたことが?」
「いえ、ありません」
「隣国は知っているか?」
「それはもちろん」
「ではなぜ私達を知らない。我々は少ないながらも武力を持っている。それが国の端とはいえ、存在している」
「それはわかりませんが、目立たないようにしているのでは?」
「あぁ、そうだ。ではなぜ目立たないようにしていると思う?」
「目立つと危険だからですか?」
「あぁ、王国の端に、王国から追放された連中がコロニーを作っている。そいつらは武装している。王国の連中はどう思う?」
「恐怖に感じるかもしれませんね」
「恐怖に感じながら、放置しておくか?」
「攻めてくる可能性はあるでしょうね」
「それが答えだ」
「それが答えですか。
だから健康上の問題が出れば、
スケープゴートにしてしまうと」
「我々はスケープゴートにはしない」
「では何を……」
「ただ救える者が多くはないのだ」
団長は目を落とした。
食堂は静まり返る。
私は愚かなことを言ってしまったのか。
救える者が多くはない。
つまり、
救う者を限定していると。
そういう事か。
「救う者を選り好みすると……」
私は尋ねた。
「選り好みなんてヒドイ」
クロタンはテーブルを叩く。
「選り好みじゃない。ある地点から先にこれた者だけを救っているのだ」
シェーヴルは遠くを見た。
脳裏にしゃれこうべの姿がよぎる。
あのしゃれこうべは、救われなかった人なのか。
そして私は運よく、
救われたのか。
しかし、
本当に救われたのか?
ここがどんな所かわからない。
少なくとも食料はある。
しかし、
食料が無くなる可能性だってある。
またスケープゴートにされる可能性だってある。
王国が攻めてくる可能性もある。
「私達にできる事は、限られている」
「何ですか?」
「少しでも長く生き続ける事だ」
「少しでも長く。それは何故?」
「王国の連中が全部いなくなれば、王国に戻れるだろう」
「そりゃまぁそうでしょうが、そんなに気軽に待てるのですか?」
「さぁな。でも長く生きていりゃ、嫌な事だってあるが、美味い飯だって食える。痛い事だってあるが、笑い合う事だってできる」
「それは正論ですけど、それでは救いが少ないのじゃないですか?」
自分で言っている事が理解できない。
「救いが少ない?お前自分の言ってる事が理解できてるのか?」
ヒンザは立ち上がる。
「理解できていませんよ。信じていた王女に裏切られ、不正をしていた下級貴族は無罪放免。そして私は追放ですよ。ただ不正の手紙を受け取っただけなのに……」
「不正の手紙を受け取った?」
団長は目を細めた。
「はい。下級貴族の罪状を事細かく書いた物でした」
「下級貴族というと、トリカワ家?」
「はい。何故ご存じで」
「あぁ、それはね。私達が送った手紙なんだ」
団長は目を逸らす。
「はぁ。あなたがあの手紙の送り主なんですか!」
「そうだ。毎年何十人もの行政官に送ってはいるが……、そうかようやく反応したか」
「ちょっと待ってください。あれ何十人にも送っているのですか?」
「そりゃそうだろう。行政官に不正を告発しても、動いてくれるとは限らない」
「まぁ私しか反応していませんでしたけど。しかしなんで私を選んだんですか?」
「選んだ?私たちが?」
「はい。そうですよ」
「私たちは、官舎に無造作に入れていっただけだ。宛先でも書いてあったか?」
「はい。行政官殿と……」
そうか行政官殿……、
誰でも良かったのか。
「もしかして、誰でも良かったのですか?」
「あぁ、反応してくれなくても良かった。我々の目的は、行政官の中に疑いの気持ちを芽生えさせるだけだったからね」
「疑いの気持ち?」
「あぁ、上層部は不正をしているのかもしれない。そう思うと、その部下は士気が下がる。結果どうすると思う?」
「やる気を失い辞めると思います」
「正しいが、少し甘い。
やる気のある誠実な人物は組織から離れる。
やる気のある不誠実な人物は組織の中で不正に手を染める」
「まさか、あの手紙で不正をする人物が増えると?」
「想像したまえ、行政官の中には、このような手紙が届きましたと、貴族に連絡し、パイプを太くする者もいるだろう。そして中には更に不正をしましょうと働きかける者もいるだろう」
私は言葉が出なくなった。
団長のやっている事は果たして善なのか悪なのか?
「あの……、手紙の内容は本当で?」
「無論だ」
「つまり作為はあるが、内容は真実だと」
「そうだ」




