命令に従った罪
翌朝。
私は騎士団本部の前で、アルフォンス様を待っていた。
空は薄曇りだった。
昨夜の雨が石畳に残り、朝の冷気を返している。
ルゥは少し離れた木の下にいた。
伏せているように見えるけれど。
眠ってはいない。
私が動けば耳が動く。
騎士が近づけば尾の先が硬くなる。
そして。
騎士団本部の扉が開くたびに。
一度だけ。
そちらを見る。
「来ていたのか」
声に振り向く。
アルフォンス様だった。
「おはようございます」
「ああ」
それだけ。
顔色は悪くない。
けれど。
眠ったようにも見えなかった。
「昨夜は」
「寝た」
「まだ何も聞いていません」
「……そうか」
少しだけ。
いつものアルフォンス様だった。
私は。
それ以上尋ねなかった。
昨夜。
ギルベルトさんは認めた。
六年前。
王都から届いた追跡中止命令を不自然だと疑いながら。
部隊を止めたことを。
アルフォンス様が出撃を命じても。
北門を閉じたことを。
そして。
ノクスが危険な状態にある可能性を知りながら。
救援を遅らせたことを。
けれど。
一つだけ。
まだ語られていない。
なぜ。
そこまでして。
命令に従ったのか。
「行くぞ」
「はい」
アルフォンス様が歩き出す。
私はその隣へ並んだ。
ルゥは。
ついてこなかった。
ただ。
アルフォンス様の背中を。
じっと見ていた。
◇
昨夜と同じ会議室。
ギルベルトさんは。
すでに中にいた。
机の上には。
一枚の紙が置かれている。
「何だ、それは」
アルフォンス様が尋ねる。
「辞表だ」
「……」
「昨夜言った通りだ」
アルフォンス様は。
紙を見た。
手には取らない。
「取り下げろ」
「できない」
「命令だ」
「なら」
ギルベルトさんは。
まっすぐ答えた。
「罷免してくれ」
空気が。
張りつめる。
アルフォンス様の右手が。
僅かに震えた。
「望み通りにしてやる」
低い声だった。
「辺境竜騎士団副団長ギルベルト・ハーン」
「本日をもって――」
「待ってください」
二人の視線が。
こちらへ向く。
アルフォンス様の眉が。
僅かに寄った。
「止めるのか」
「いいえ」
私は答えた。
「罷免するかどうかは、アルフォンス様が決めることです」
ギルベルトさんも。
私を見る。
「ですが」
私は帳面を机へ置いた。
「まだ、話が終わっていません」
「……」
「処分を決める前に」
「六年前に何があったのか」
「最後まで聞くべきだと思います」
アルフォンス様は。
しばらく黙っていた。
やがて。
「話せ」
椅子へ座る。
ギルベルトさんは。
まだ立ったままだった。
「座れ」
「必要ない」
「座れ」
「……了解」
向かいの椅子が。
小さく鳴った。
◇
「昨日の続きをお願いします」
私は言った。
「なぜ」
「不自然だと疑った命令に従ったのですか」
ギルベルトさんは。
すぐには答えなかった。
机の上。
自分の辞表を見る。
「命令書は」
やがて。
口を開いた。
「二重になっていた」
「二重?」
「表は」
「お前たちが見た追跡中止命令だ」
地下保管庫に残っていた。
軍務印の押された文書。
『北方へ離脱した黒竜に関する追跡を、即時中止せよ』
その紙のことだ。
「裏側に」
ギルベルトさんが続ける。
「もう一枚」
「薄い紙が貼られていた」
「貼られていた?」
「ああ」
「俺だけが読むように」
「そう書いてあった」
アルフォンス様の目が。
細くなる。
「その紙はどこだ」
「燃やした」
短い。
即答だった。
「何?」
「読んだ後」
「燃やせと書かれていた」
「だから燃やした」
アルフォンス様の拳が。
机の上で握られる。
「命令通りに?」
「ああ」
「それも?」
「ああ」
しばらく。
誰も口を開かなかった。
「何が書かれていたのですか」
私が尋ねる。
ギルベルトさんは。
目を閉じた。
そして。
「母と妹の名前だ」
言った。
私は。
筆を止めた。
「……ご家族ですか」
「ああ」
「当時」
「二人とも王都にいた」
「母は持病の治療」
「妹はその付き添いで」
「半年ほど王都に滞在していた」
アルフォンス様が。
初めて。
僅かに顔を上げる。
「俺は知っていた」
「お前が王都へ金を送っていたことは」
「そうだ」
「だが」
「居場所までは話していなかった」
ギルベルトさんの声が。
少しだけ低くなる。
「紙には」
「治療院の名前」
「泊まっていた宿」
「部屋番号まで書いてあった」
背筋が。
冷たくなる。
「それだけでは」
私は言う。
「人質とは」
「最後に一文あった」
ギルベルトさんが。
私を見る。
その目は。
昨夜より。
ずっと疲れていた。
「追跡隊を動かした場合」
「二人の安全は保証しない」
◇
アルフォンス様が。
立ち上がった。
椅子が。
後ろへ滑る。
「なぜ言わなかった!」
怒声が。
部屋に響いた。
「俺に!」
「なぜ言わなかった!」
ギルベルトさんは。
動かない。
「言えば」
「お前は追った」
「当たり前だ!」
「だからだ!」
ギルベルトさんも。
声を上げた。
「お前なら追った!」
「俺が止めても!」
「王命でも!」
「俺の家族が殺されるかもしれなくても!」
「ノクスが助けを求めているなら!」
「お前は行った!」
「だったら一緒に行けばよかった!」
「できなかった!」
「なぜだ!」
「怖かったからだ!」
その言葉で。
部屋が。
静かになった。
ギルベルトさんの肩が。
上下している。
「怖かった」
もう一度。
彼は言った。
「母が殺されるのが」
「妹が殺されるのが」
「怖かった」
「……」
「それだけだ」
アルフォンス様は。
何も言わない。
「立派な理由なんてない」
「領地を守るためでも」
「部下を守るためでもない」
「俺は」
「自分の家族を選んだ」
◇
私は。
帳面へ。
そのまま記した。
――自分の家族を選んだ。
綺麗に言い換えない。
悪意があったとも。
仕方なかったとも。
まだ書かない。
彼自身が。
そう証言した。
「誰が脅したのですか」
「分からない」
「聖竜院ですか」
「分からない」
「王都軍務局?」
「分からない」
「ローレン家は?」
「分からない」
ギルベルトさんは。
一つずつ。
はっきり答えた。
「推測はある」
「だが」
「証拠はない」
「なら」
私は頷く。
「そこは分けて記録します」
「ああ」
「急使の顔は?」
「覚えている」
「今見ても分かりますか」
「たぶん」
「特徴を」
私は書き取っていく。
三十代から四十代ほど。
細身。
右耳の一部が欠けていた。
王都訛りは薄い。
軍人らしい姿勢だったが。
剣を佩いていなかった。
「急使は」
ギルベルトさんが言う。
「紙を渡した後」
「俺が読み終わるまで部屋の外で待っていた」
「燃やしたのを確認したのか」
アルフォンス様が尋ねる。
「ああ」
「灰まで確認した」
「それから?」
「帰った」
「どこへ」
「南門だ」
「同行者は?」
「いなかった」
「馬は?」
「軍用馬だった」
「印は」
「王都軍務局」
「……」
アルフォンス様の目が。
鋭くなる。
「全部」
「本物に見えるように作られていた」
「そうだ」
「俺が命令を偽物だと断定できない程度にはな」
◇
「家族は」
私が尋ねる。
「その後どうなったのですか」
「無事だった」
その答えに。
少しだけ。
息が抜ける。
「いつ戻られたのですか」
「二か月後だ」
「何かされた形跡は?」
「なかった」
「脅されていたことは?」
「知らなかった」
「……知らなかった?」
「ああ」
ギルベルトさんが。
苦く笑った。
「母は」
「治療院の対応は親切だったと言っていた」
「妹も」
「王都は思ったよりいい場所だったと」
「土産まで買って帰ってきた」
その言葉に。
私は何も返せなかった。
「本人たちは」
「自分が人質だったことすら知らない」
「今も?」
「ああ」
「話してない」
「どうしてですか」
「話してどうする」
「……」
「六年前」
「自分たちの命と引き換えに」
「一頭の竜が死んだかもしれないと」
「母に言えっていうのか」
「妹に」
「お前たちがいたから俺は部隊を止めたと?」
答えられない。
簡単な正解は。
ない。
◇
「だから」
アルフォンス様が言う。
「ルゥに餌を置いていたのか」
ギルベルトさんの視線が。
僅かに落ちる。
「……それもある」
黒杉の森。
乾燥肉。
焼いた山林檎。
何年も。
誰にも言わず。
ギルベルトさんは。
ルゥが来るかもしれない場所へ。
食べ物を置き続けていた。
「罪滅ぼしか」
「そう思ってくれていい」
「質問に答えろ」
「自分でも分からない」
ギルベルトさんは。
少しだけ。
窓の外を見る。
「最初は」
「怪我をした小さい黒竜を見たからだ」
「後ろ脚に拘束具をつけた」
「痩せた竜を」
「……ルゥを」
「ああ」
「放っておけなかった」
「それだけだ」
「何年も?」
「食べ物がなくなるうちは」
「生きているかもしれないと思えた」
「なくならなくなっても」
「次は来るかもしれないと思った」
「そして」
彼は。
小さく息を吐いた。
「やめる理由がなくなった」
「いや」
「違うな」
「やめるのが怖かった」
「もし」
「俺が置くのをやめた後に」
「あいつが戻ってきたら」
「また」
「俺は見捨てることになる気がした」
アルフォンス様は。
何も言わなかった。
◇
「一つ」
私は言う。
「確認してもいいですか」
「何だ」
「ギルベルトさんは」
「ご家族を守りたかった」
「ああ」
「だから命令に従った」
「ああ」
「その判断を」
「今は後悔している」
「ああ」
「では」
「もし六年前へ戻れるなら」
そこで。
ギルベルトさんの顔が変わった。
「同じ命令書を受け取ったら」
「今度は」
「どうしますか」
沈黙。
長い。
沈黙だった。
アルフォンス様も。
答えを急かさない。
やがて。
「分からない」
ギルベルトさんが言った。
私は。
少し驚いた。
「分からない?」
「ああ」
「今なら格好よく」
『命令を破る』
「と言える」
「ノクスを救うと言える」
「でも」
彼の手が。
膝の上で握られる。
「本当に」
「母と妹が殺されると言われたら」
「俺が何を選ぶか」
「分からない」
「六年前と同じことをするかもしれない」
「……」
「だから」
「俺は」
「自分を正しいとは言えない」
「でも」
「間違っていたから次は必ず逆を選べるとも」
「言えない」
私は。
その言葉を。
書いた。
たぶん。
それが。
今のギルベルトさんが言える。
一番正直な答えだった。
◇
「家族を人質にされたなら」
アルフォンス様が言った。
「お前も被害者だと言う者はいるだろう」
「いるだろうな」
「お前は?」
「俺は言わない」
「なぜ」
「被害者だったことと」
ギルベルトさんが。
アルフォンス様を見る。
「俺が部隊を止めたことは」
「別だからだ」
私は。
思わず。
筆を止めた。
「脅された」
「怖かった」
「家族を守りたかった」
「全部本当だ」
「でも」
「北門を閉めろと命令したのは俺だ」
「火の報告を聞いて」
「それでも待機を続けさせたのも俺だ」
「そこまで」
「誰かに操られたわけじゃない」
アルフォンス様の右手が。
震えている。
「だから罷免しろ」
「またそれか」
「俺には副団長を続ける資格がない」
「それを決めるのはお前じゃない」
「なら」
「閣下が決めろ」
「ギルベルト」
「俺は」
アルフォンス様が。
机の上の辞表を掴んだ。
紙が。
小さく歪む。
「今」
「お前を副団長から外したい」
ギルベルトさんは。
目を逸らさなかった。
「分かった」
「団からも追い出したい」
「ああ」
「二度と」
「顔を見たくないと思っている」
「ああ」
淡々と。
受け止める。
その返事が。
逆に。
アルフォンス様を苛立たせているように見えた。
「何でも『ああ』で済ませるな」
「何と言えばいい」
「知らない!」
アルフォンス様が。
机を叩く。
「俺だって知らない!」
その言葉に。
二人とも。
止まった。
◇
「俺は」
アルフォンス様が。
掠れた声で言う。
「六年間」
「自分だけが悪いと思っていた」
「ノクスを一人で行かせた」
「救えなかった」
「契約していたのに」
「最後まで」
「守れなかった」
右手。
震えが。
少し強くなる。
「それが」
「お前が部隊を止めていた」
「命令を疑っていた」
「家族を脅されていた」
「今になって」
「全部出てくる」
「……」
「俺は」
「何を怒ればいい」
「誰を責めればいい」
ギルベルトさんは。
答えない。
「王都か」
「命令書を作った奴か」
「お前か」
「俺か」
「全部か」
「……全部でもいい」
ギルベルトさんが。
小さく答えた。
アルフォンス様の目が。
鋭くなる。
「また勝手に決める」
「……」
「俺が誰を責めるかまで」
「お前が決めるな」
「悪い」
「謝るな」
「じゃあ何を言えばいい」
「知らないと言ってるだろう!」
また。
沈黙。
でも。
昨夜とは違う。
怒りの中に。
言葉がある。
二人とも。
逃げずに。
話している。
◇
「リーゼロッテ」
突然。
アルフォンス様が私を見る。
「はい」
「君は」
「どう思う」
私は。
少しだけ。
困った。
「それは」
「ギルベルトさんを許すべきか、という意味ですか」
「……たぶん」
「でしたら」
私は首を振った。
「私が決めることではありません」
「そうか」
「はい」
「私は」
「六年前に北門の前にいたわけではありません」
「ノクスと契約していたわけでも」
「救援を待っていた騎士でもありません」
「ご家族を脅されたギルベルトさんでもありません」
私は。
二人を見る。
「だから」
「簡単に」
『仕方なかった』
「とも」
『許してはいけない』
「とも言いたくありません」
「……」
「ただ」
「一つだけ」
「言えることがあります」
ギルベルトさんが。
こちらを見る。
「家族を人質に取られたことは」
「ギルベルトさんが部隊を止めた理由です」
「でも」
「免罪符ではありません」
彼は。
頷いた。
「分かってる」
「そして」
私はアルフォンス様を見る。
「その理由を知ったからといって」
「アルフォンス様がすぐに許さなければならない理由にもなりません」
アルフォンス様の目が。
僅かに揺れる。
「怒っていていいと思います」
「許せなくても」
「いいと思います」
「……」
「ただ」
「処分を決めるなら」
「自分を罰するためではなく」
「これから何をするための処分なのか」
「考えてから決めてください」
「俺が?」
「はい」
「ギルベルトさんもです」
「俺も?」
「辞めれば楽になるから」
「辞めるのではありませんよね」
ギルベルトさんが。
黙る。
私は。
その沈黙を見た。
「罰されたいのですか」
「……」
「副団長を辞めて」
「領地から消えて」
「そうすれば」
「少しだけ」
「自分を許せると思っていますか」
「違う」
「では」
「なぜ辞めたいのですか」
「資格がないからだ」
「それは」
「昨日も聞きました」
「……」
「資格がないから辞める」
「では」
「六年前の命令書を誰が作ったのか」
「誰があなたの家族の居場所を調べたのか」
「誰がノクスの動きを知っていたのか」
「誰が王都軍務局の印を使えたのか」
「それを調べるのは」
「誰ですか」
ギルベルトさんが。
口を閉じた。
◇
「俺がやる」
やがて。
彼は言った。
「なら」
私は。
机の辞表を見る。
「まだ」
「することが残っています」
「……」
「それでも」
「辞めたいですか」
「リーゼロッテ」
アルフォンス様が言う。
私は。
すぐに口を閉じた。
「処分を決めるのは俺だ」
「はい」
「君が言ったんだ」
「その通りです」
少し。
言いすぎた。
「申し訳ありません」
「いや」
アルフォンス様は。
机の上の辞表を見る。
「必要だった」
そう言って。
紙を。
二つに折った。
破らない。
受理もしない。
「今日は」
「処分を決めない」
ギルベルトさんの眉が。
動く。
「閣下」
「黙れ」
「……」
「今決めれば」
「たぶん」
「俺はお前を追い出す」
「それでもいい」
「だから」
アルフォンス様の声が。
低くなる。
「それをお前が決めるなと言っている」
「……了解」
「この辞表は預かる」
「ああ」
「返事は」
「待て」
ギルベルトさんは。
しばらく。
アルフォンス様を見ていた。
そして。
「了解しました」
今度は。
副団長として。
そう答えた。
◇
「もう一つ」
アルフォンス様が言う。
「何だ」
「お前の家族の件」
「調べる」
ギルベルトさんの顔が。
変わった。
「必要ない」
「必要だ」
「今さら二人を巻き込むな」
「本人には聞かない」
「王都側の記録を調べる」
「当時の治療院」
「宿」
「警備記録」
「軍務局の馬匹台帳」
「急使の出入り」
アルフォンス様が。
淡々と並べていく。
「お前の家族を脅せた人間は」
「二人の居場所を知っていた」
「それは」
「命令書を作った人間へ繋がる可能性がある」
「……」
「六年前を」
「お前の後悔だけで終わらせない」
ギルベルトさんが。
僅かに。
目を伏せた。
「分かった」
「それから」
「まだあるのか」
「ある」
アルフォンス様の目が。
鋭くなる。
「一人で調べるな」
「……」
「勝手に責任を背負って」
「勝手に危険な場所へ行って」
「勝手に消えるな」
「それ」
ギルベルトさんが。
ほんの少し。
眉を上げた。
「お前が言うのか」
アルフォンス様が。
止まる。
私も。
止まった。
「六年前」
ギルベルトさんが続ける。
「命令を無視して」
「一人で城壁を越えた男が」
「俺に」
「一人で行くなと言うのか」
アルフォンス様の顔が。
露骨に険しくなる。
「……お前」
「何だ」
「今それを言うか」
「今だから言った」
数秒。
二人が。
睨み合う。
私は。
なぜか。
少しだけ。
息を吐いた。
仲直りではない。
許したわけでもない。
けれど。
六年間。
言えなかった言葉が。
ようやく。
相手へ届き始めている。
◇
会議室を出ると。
廊下の窓から。
中庭が見えた。
ルゥがいる。
黒い身体を丸め。
朝より少しだけ。
建物の近くへ移動していた。
アルフォンス様が。
窓の前で止まる。
ルゥも。
こちらを見る。
二人の距離は。
まだ遠い。
「リーゼロッテ」
「はい」
「俺は」
アルフォンス様が。
窓の外を見たまま言う。
「ギルベルトを」
「許すべきなんだろうか」
私は。
すぐには答えなかった。
「分かりません」
「……君でも?」
「はい」
「むしろ」
「私が決めてはいけないことだと思います」
アルフォンス様が。
こちらを見る。
「許すことは」
「正しさではありません」
「正しい事情を知れば」
「自動的に許せるものでもないと思います」
「……」
「ギルベルトさんが脅されていたことを知っても」
「ノクスを失った痛みは消えません」
「部隊が止められた事実も」
「消えません」
「そうだな」
「でも」
「ギルベルトさんが」
「ただ冷たくノクスを見捨てたわけではなかったことも」
「消してはいけません」
アルフォンス様は。
何も言わなかった。
「両方」
「残していいと思います」
「怒りも」
「事情も」
「責任も」
「……面倒だな」
「はい」
「簡単ではありません」
私が答えると。
アルフォンス様は。
ほんの僅かに。
息を吐いた。
◇
「リーゼロッテ」
「はい」
「俺は」
「まだ」
右手が。
僅かに震える。
「許せない」
私は。
その手を見た。
そして。
顔を上げる。
「はい」
それだけ答えた。
励まさない。
責めない。
許すようにも言わない。
六年間。
失ったものは。
一晩で。
綺麗な形にはならない。
ギルベルトさんに。
家族を守りたい理由があった。
それは本当だ。
部隊を止めた。
それも本当だ。
アルフォンス様が。
その結果を六年間背負った。
それも。
本当だった。
一つの事情で。
別の事実を消してはいけない。
弔いも。
きっと同じだ。
死者の声を聞けば。
すべてが一つの答えになるわけではない。
生きている人の言葉を聞いても。
同じだった。
窓の外で。
ルゥが立ち上がる。
アルフォンス様を見て。
一歩。
後ろへ下がる。
でも。
森へは逃げなかった。
まだ。
近づけない。
それでも。
そこにいる。
私は。
それでいいと思った。
今は。
それでいい。
許せないままでも。
話すことはできる。
離れたままでも。
同じ場所にいることはできる。
六年間止まっていたものは。
きっと。
そうやってしか。
動き始めないのだ。




