ギルベルトの沈黙
騎士団本部へ着いた頃には、空がすっかり暗くなっていた。
ルゥは建物の中へ入ろうとはしなかった。
玄関前の石段から少し離れた場所に伏せ、こちらを警戒している。
正確には。
アルフォンス様を。
「ルゥは私が見ています」
アンナが言った。
「ですが、何かありましたら呼んでください」
「ありがとうございます」
私が頭を下げると、ルゥの耳が僅かに動いた。
近づけば逃げる。
けれど、離れもしない。
それが今の距離なのだと思う。
人間同士も。
きっと。
似たようなものなのだろう。
◇
案内されたのは、騎士団本部の二階にある小さな会議室だった。
長机。
椅子が六脚。
壁には辺境北部の地図。
武器も飾りもない。
ギルベルトさんは扉を閉めると、自分で鍵を掛けた。
「人払いはしてある」
そう言って。
窓辺に立つ。
座ろうとはしない。
アルフォンス様も。
椅子には座らなかった。
二人の間には。
机一つ分より。
もっと遠い何かがある。
「私もいてよいのですか」
確認する。
ギルベルトさんが。
こちらを見た。
「あんたが調べ始めたことだ」
「なら、最後まで聞け」
「記録も?」
「好きにしろ」
私は鞄から帳面を出した。
手袋は外さない。
今日は。
死者の声を聞くために来たのではない。
生きている人の話を。
聞くために来た。
◇
「どこから話す」
ギルベルトさんが言う。
「あなたが話していなかったところからお願いします」
「ずいぶん広いな」
「では」
私は少し考えた。
「六年前」
「追跡中止命令を受け取ったところから」
彼の顔から。
僅かに表情が消える。
「……分かった」
ギルベルトさんは。
窓の外を見た。
「ノクスが北へ飛んだのは、夕方だった」
低い声。
「突然だった」
「訓練中でもなければ、偵察任務中でもない」
「厩舎の上を越えて、そのまま北へ向かった」
アルフォンス様の右手が。
僅かに握られる。
「俺には分かった」
彼が言った。
「ノクスが何かを感じた」
「ミラか」
「ルゥか」
「両方だったのかもしれない」
契約竜と竜騎士は。
感情や危険を共有する。
言葉ではなくても。
恐怖。
焦り。
危険の方向。
それくらいは。
届くことがある。
「俺はすぐ追跡隊を集めた」
アルフォンス様が続ける。
「十二名だった」
「十三だ」
ギルベルトさんが訂正した。
「……十三?」
「俺を入れて十三だ」
アルフォンス様は。
黙った。
ギルベルトさんも。
それ以上は何も言わない。
「出発の準備が終わる前に」
彼は話を戻した。
「急使が来た」
地下保管庫で見た。
一枚の命令書。
『北方へ離脱した黒竜に関する追跡を、即時中止せよ』
そして。
『王都所属の輸送隊および関係施設への接触を禁ずる』
「俺が受け取った」
「封蝋を確認した」
「軍務印だった」
「紙も、書式も」
「当時の俺には偽物だと判断できなかった」
「当時の俺には?」
アルフォンス様の声が。
低くなる。
ギルベルトさんの口が。
止まった。
私は。
何も言わない。
急がせない。
沈黙も。
生きている人の証言の一部だ。
「……言い方を変える」
やがて。
ギルベルトさんが言った。
「偽物だと証明できなかった」
「それだけだ」
「同じだろう」
「違う」
アルフォンス様が即座に返す。
「何が違った」
「答えろ」
「アルフォンス様」
「リーゼロッテ」
「今は聞きましょう」
彼の視線が。
こちらへ向く。
「聞いた後なら」
私は続けた。
「怒っていいと思います」
「……」
アルフォンス様は。
口を閉じた。
◇
「命令番号がなかった」
ギルベルトさんが言った。
私は。
筆を止める。
「最初から気づいていたのですか」
「ああ」
「機密命令なら省略されることはある」
「だが、珍しい」
「急使については?」
「知らない顔だった」
「辺境へ何度も来る軍務急使ではなかった」
地下保管庫の受領簿には。
『急使第三七号』
名前はなかった。
「他には?」
ギルベルトさんは。
少し黙った。
「急すぎた」
「……」
「ノクスが飛び立ってから、一刻も経っていなかった」
今日。
私たちが気づいたこと。
王都からグレイヴまで。
どれだけ急いでも。
一日では届かない。
なのに。
命令書には。
すでに。
ノクスが北へ向かったことが書かれていた。
「つまり」
私は尋ねる。
「当時から、不自然だと思っていた?」
「ああ」
短い。
けれど。
その一言で。
室内の空気が変わった。
アルフォンス様が。
動かなくなる。
「もう一度言え」
「……」
「ギルベルト」
「お前は」
「おかしいと思っていたのか」
ギルベルトさんは。
逃げなかった。
「ああ」
◇
椅子が倒れた。
アルフォンス様が。
机を回り込む。
一瞬だった。
ギルベルトさんの胸元を掴み。
壁へ押しつける。
「アルフォンス様!」
私は立ち上がる。
外から。
「グルルッ!」
ルゥの低い声が響いた。
扉の向こう。
おそらく。
大きな音に反応したのだ。
「止めるな」
ギルベルトさんが。
私へ言った。
「黙ってろ」
「でも」
「こいつには」
「怒る権利がある」
アルフォンス様の拳が。
さらに強くなる。
「権利?」
その声を。
私は初めて聞いた。
低い。
静かで。
だからこそ。
怖い声。
「お前が決めるな」
ギルベルトさんの表情が。
僅かに揺れた。
「俺に怒る権利があるかどうかを」
「お前が決めるな」
「……ああ」
「なぜ止めた」
返事はない。
「偽物かもしれないと思ったんだろう」
「なぜ止めた!」
扉の向こうで。
ルゥがもう一度唸る。
「答えろ!」
「命令だったからだ」
ギルベルトさんが言った。
「ふざけるな」
「ふざけてない」
「王命だった」
「印章があった」
「それが怪しいと分かっていただろう!」
「分かっていたとは言っていない」
「疑っただけだ」
「同じだ!」
「違う!」
今度は。
ギルベルトさんの声が大きくなった。
「疑うことと」
「命令を偽物だと断定して破ることは違う!」
「なら確認すればよかった!」
「時間がなかった!」
「だからノクスを見捨てたのか!」
その言葉で。
ギルベルトさんの顔が。
止まった。
◇
私は。
アルフォンス様の腕へ。
手を伸ばしかけた。
でも。
止めた。
触れて。
無理に引き離すことが。
今。
本当に必要なのか。
分からなかった。
殴るなら止める。
けれど。
怒ることまで。
止めてはいけない気がした。
「……続けろ」
アルフォンス様が言った。
胸元を掴んだまま。
「六年前」
「何をした」
ギルベルトさんは。
ゆっくり。
目を閉じる。
「追跡隊を止めた」
私の指が。
帳面の上で止まった。
「誰の命令で?」
「俺の命令だ」
「違う」
「王命に従ったと言うな」
「部隊へ命じたのは誰だ」
沈黙。
「俺だ」
「もう一度」
「俺だ」
「何と言った」
ギルベルトさんの喉が。
動く。
「全員」
「待機しろと」
「北へ出るな」
「王都輸送隊へ接触するな」
「追跡を中止しろと」
アルフォンス様の手が。
震えている。
「俺は何と言った」
「……」
「覚えてるだろ」
「覚えてる」
「言え」
ギルベルトさんが。
唇を噛んだ。
「アルフォンス」
「お前は」
「命令がおかしいと言った」
「それから?」
「ノクスが助けを求めている」
「今行かなければ間に合わない、と」
アルフォンス様の呼吸が。
少しだけ。
乱れた。
「それから」
「自分が責任を取る」
「全員出せと命じた」
「それで」
声が。
掠れる。
「お前は?」
「拒否した」
「なぜ」
「王命が優先されると判断した」
「違う」
「事実だ」
「違う!」
机が。
拳で鳴った。
「俺は辺境伯だった!」
「騎士団長だった!」
「俺が責任を取ると言った!」
「それでもお前は!」
「門を閉じた!」
◇
門。
その言葉で。
私は初めて。
具体的な光景を想像した。
騎士たちが。
馬を揃えていた。
北へ向かうために。
けれど。
門が開かなかった。
「……閉じたのですか」
私が尋ねる。
ギルベルトさんは。
頷いた。
「ああ」
「北門の守備隊へ」
「俺が命じた」
「誰も出すな、と」
「アルフォンス様も?」
「ああ」
「こいつは」
ギルベルトさんが。
アルフォンス様を見る。
「門を越えた」
「馬を置いて」
「城壁の保守通路から外へ出た」
私は。
息を呑んだ。
「一人で?」
「ああ」
「一人で行った」
だから。
ノクスの元へ。
救援隊は来なかった。
アルフォンス様だけが。
向かった。
「十三人」
アルフォンス様が言った。
「出られた」
「騎士が十三人いた」
「お前も」
「俺も」
「全員」
「行けた」
「……ああ」
「ノクスは」
言葉が。
一度止まる。
「一人だった」
ギルベルトさんが。
目を伏せる。
「分かってる」
「分かってる?」
アルフォンス様が。
笑った。
それは。
笑いには聞こえなかった。
「何を」
「六年間」
「何を分かっていた」
◇
「夜になって」
ギルベルトさんが言った。
アルフォンス様は。
まだ胸元を掴んでいる。
「北の監視所から」
「火が見えると報告が来た」
アルフォンス様の目が。
変わる。
「それを」
「俺は知らない」
「言ってない」
「なぜ」
「……」
「なぜ俺に言わなかった」
「お前はもう北へ出ていた」
「なら部隊を出せばよかった!」
「そうだ」
「今ならそう思う」
「今なら?」
「当時の俺は」
ギルベルトさんの声が。
震えた。
ほんの少し。
「命令を破らなかった」
「火が見えても」
「竜の咆哮が聞こえたという報告が来ても」
「動かなかった」
「夜半まで」
「全員を待機させた」
誰も。
言葉を挟めなかった。
「夜半を過ぎて」
「連絡が途絶えた」
「そこでようやく」
「俺は偵察を出した」
「ようやく?」
アルフォンス様の声が。
低くなる。
「何時間だ」
ギルベルトさんは答えない。
「何時間待った」
「……三刻以上」
アルフォンス様の拳が上がった。
「アルフォンス様!」
今度は。
私は止めた。
その腕を。
服の上から掴む。
「離せ」
「殴るなら止めます」
「リーゼロッテ」
「怒ることは止めません」
「でも」
「殴れば」
「今聞かなければならないことが聞けなくなります」
「……」
「私は」
言葉を選ぶ。
「ギルベルトさんを庇っているのではありません」
アルフォンス様の腕は。
震えていた。
「最後まで」
「話させてください」
長い沈黙。
やがて。
拳が下がった。
胸元を掴んでいた手も。
離れる。
ギルベルトさんは。
乱れた襟を直さなかった。
◇
「翌朝」
彼が続けた。
「北の谷から」
「騎士が戻った」
「アルフォンスを担いで」
私は。
アルフォンス様を見る。
彼は。
壁の地図を見ていた。
「俺が着いた時」
アルフォンス様が言う。
「ノクスはもう」
そこまで。
口にして。
止める。
ノクスの遺骸。
裂けた骨。
拘束痕。
焼けた尾。
失われた角。
私は。
あの洞窟で見たものを思い出した。
「生きていたのですか」
尋ねるべきではないかもしれない。
それでも。
記録として。
必要だった。
アルフォンス様は。
しばらく黙った後。
「俺が着いた時には」
「まだ」
「契約が切れていなかった」
胸が。
苦しくなる。
「だが」
「間に合わなかった」
それ以上は。
聞けなかった。
今は。
まだ。
◇
「俺が部隊を出していれば」
ギルベルトさんが言った。
「間に合ったとは限らない」
「黙れ」
「事実だ」
「黙れ!」
「だから言わなかった」
アルフォンス様が。
振り向く。
「何?」
「そんな言葉は」
「六年前から」
「自分に何度も言った」
「間に合わなかったかもしれない」
「十三人で行っても」
「何も変わらなかったかもしれない」
「俺が命令を破っても」
「ノクスは死んだかもしれない」
ギルベルトさんが。
初めて。
アルフォンス様を真っ直ぐ見る。
「全部」
「言い訳にしかならなかった」
「だから」
「黙ったのか」
「ああ」
「六年間?」
「ああ」
「俺が」
アルフォンス様の声が。
また低くなる。
「俺が自分を責め続けていたのを知っていて?」
「知っていた」
「ノクスを一人で行かせた」
「もっと早く異変に気づくべきだった」
「俺が救えなかった」
「そう思っていたのを」
「知っていたのか」
「ああ」
その一言。
アルフォンス様は。
何も言わなくなった。
◇
私は。
怒鳴り声より。
その沈黙の方が。
ずっと怖かった。
「なぜ」
やがて。
アルフォンス様が言う。
「言わなかった」
ギルベルトさんは。
答えない。
「今さら」
「命令が偽物だったからじゃない」
「お前は」
「最初から疑っていた」
「それでも止めた」
「なら」
「なぜ俺に言わなかった」
「……」
「何を隠している」
ギルベルトさんの右手が。
握られる。
「話せ」
「それは」
「まだ」
「まだ?」
アルフォンス様の声が。
一段低くなる。
「六年黙って」
「まだと言うのか」
「アルフォンス」
「名前で呼ぶな」
ギルベルトさんが。
口を閉じる。
その顔に。
初めて。
苦しさが浮かんだ。
「……分かった」
彼は言った。
「閣下」
その呼び方は。
さっきより。
ずっと遠かった。
◇
「一つ確認します」
私は。
二人の間へ。
声を入れた。
「ギルベルトさん」
「六年前」
「命令書に不自然な点があると感じていた」
「ああ」
「それでも」
「王命である可能性を否定できず」
「あなた自身の判断で」
「追跡隊を停止した」
「ああ」
「アルフォンス様が出撃を命じても」
「北門を閉じた」
「ああ」
「アルフォンス様は」
「単独でノクスを追った」
「ああ」
「その後」
「北で火と竜の声に関する報告を受けた」
「ああ」
「それでもすぐには救援を出さなかった」
ギルベルトさんは。
目を閉じる。
「……ああ」
私は。
帳面へ書く。
筆先が。
少し重かった。
死者の声ではない。
六年間。
生きていた人が。
自分で。
語った証言。
「最後に」
私は尋ねる。
「あなたは」
「命令が正しかったと思っていますか」
「思っていない」
「では」
「命令に従った自分は」
長い。
沈黙。
「正しかったと思いますか」
「……思っていない」
それから。
彼は。
はっきりと言った。
「俺が」
「ノクスの救援を止めた」
「王都が止めたんじゃない」
「紙が止めたんでもない」
「最後に」
「部下へ止まれと命じたのは」
「俺だ」
◇
アルフォンス様が。
目を閉じた。
拳は。
もう上がらない。
代わりに。
右手が。
震えている。
「六年間」
「俺は」
声が。
途切れる。
「ノクスに」
「謝り続けた」
「……」
「俺が行かせたからだと」
「俺が」
「もっと早く動いていれば」
「俺が」
「お前を説得できていれば」
「俺が」
「俺が」
そこで。
言葉が止まった。
ギルベルトさんは。
何も言わない。
謝らない。
慰めない。
たぶん。
今。
どちらも。
してはいけないのだと思う。
「一度でも」
アルフォンス様が言う。
「一度でも」
「言えなかったのか」
ギルベルトさんの唇が。
僅かに震えた。
「言えなかった」
「なぜだ」
「……」
「答えろ」
「言えば」
ギルベルトさんが。
絞り出すように言う。
「お前に」
「何をされても」
「文句を言えなくなると思った」
アルフォンス様が。
眉を寄せる。
「今も同じだ」
「殴られても」
「罷免されても」
「追放されても」
「俺は」
「何も言えない」
「それだけのことをした」
「違います」
思わず。
私は言っていた。
二人が。
こちらを見る。
「何が違う」
ギルベルトさんが尋ねる。
「何をされても文句を言えない」
「それは」
「責任を取ることとは違います」
「……」
「罰を受ければ」
「六年前が消えるわけではありません」
「あなたが苦しめば」
「ノクスが生き返るわけでもありません」
ギルベルトさんの顔が。
僅かに歪む。
「綺麗事だ」
「はい」
「綺麗事かもしれません」
「ですが」
私は。
帳面を見る。
「まだ」
「あなたが話していないことがあります」
彼の視線が。
止まる。
「どうして」
「そこまで不自然な命令に」
「従ったのですか」
沈黙。
また。
沈黙。
けれど。
今までとは。
少し違った。
これは。
答えを知らない沈黙ではない。
「理由があるのですね」
私は言った。
ギルベルトさんは。
否定しなかった。
◇
「今日はもういい」
アルフォンス様が。
突然言った。
「ですが」
「リーゼロッテ」
顔を上げる。
彼の表情は。
静かだった。
怒鳴っていた時より。
ずっと冷たい。
「悪い」
「今は」
「これ以上聞けない」
私は。
帳面を閉じた。
「分かりました」
アルフォンス様が。
扉へ向かう。
「閣下」
ギルベルトさんが呼ぶ。
足が止まる。
「明日」
「辞表を出す」
アルフォンス様は。
振り返らなかった。
「勝手に決めるな」
「……」
「お前が辞めれば」
「それで終わると思っているなら」
「ふざけるな」
「俺は」
アルフォンス様が。
ゆっくり。
振り返る。
「お前を許さない」
ギルベルトさんは。
目を逸らさなかった。
「ああ」
「許されるつもりはない」
その答えで。
アルフォンス様の顔に。
再び怒りが浮かぶ。
「それも」
「お前が決めるな」
ギルベルトさんが。
初めて。
言葉を失った。
「許すか」
「許さないか」
「罰するか」
「職を解くか」
「全部」
「お前が一人で決めて」
「勝手に消えるな」
アルフォンス様は。
扉を開けた。
外にいたルゥが。
さっと身を起こす。
黒い瞳が。
彼を見る。
アルフォンス様は。
近づかなかった。
ただ。
一度だけ。
ルゥを見て。
そのまま階段を下りていった。
◇
部屋には。
私と。
ギルベルトさんだけが残った。
「追わなくていいのか」
「今は」
「私ではないと思います」
「……そうか」
窓の外。
暗い庭。
ルゥは。
アルフォンス様を追わなかった。
けれど。
逃げもしなかった。
その場に。
立っている。
「ギルベルトさん」
「何だ」
「明日」
「続きを聞きます」
「……」
「聞きたくないとは」
「言わないのか」
「言いません」
「嫌な女だな」
「よく言われます」
僅かに。
彼の口元が動いた。
笑ったわけではない。
たぶん。
笑う資格がないと。
自分で思っている顔だった。
私は。
それが。
少し嫌だった。
「一つだけ」
「今夜のうちに言っておきます」
「何だ」
「あなたが罪悪感を持っていることと」
「六年前に何をしたのかは」
「別々に記録します」
ギルベルトさんが。
私を見る。
「後悔しているから」
「事実が軽くなることはありません」
「ですが」
「後悔しているから」
「事実が重くなるわけでもありません」
「……」
「起きたことを」
「起きた通りに残します」
彼は。
しばらく黙っていた。
「竜葬師ってのは」
「全員そんなに面倒なのか」
「私はまだ正式な竜葬師ではありません」
「そこを訂正するのか」
「大事なところですので」
今度こそ。
ほんの僅かに。
彼が息を吐いた。
◇
部屋を出る前。
私は振り返った。
「ギルベルトさん」
「まだあるのか」
「はい」
「あなたが命令に従った理由」
彼の表情から。
また。
何かが消える。
「明日は」
「話してください」
「……」
「話さなければ?」
「また来ます」
「毎日?」
「必要なら」
「本当に嫌な女だな」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
「知っています」
私は。
扉を閉めた。
廊下へ出る。
外から。
冷たい夜気が流れ込んでくる。
六年前。
一枚の命令書によって。
救援は止まった。
けれど。
紙が。
人を止めたわけではない。
最後に判断したのは。
生きている人間だった。
だからこそ。
聞かなければならない。
なぜ。
ギルベルト・ハーンは。
おかしいと疑いながら。
それでも。
命令に従ったのか。
その答えは。
まだ。
彼の沈黙の中に残っていた。




