街道の母子
王都の外壁を越えてからも、しばらくは青白い灯りが街道沿いに続いていた。
一定の間隔で立つ竜骨灯。
夜ではないため光は弱められていたが、それでも曇った冬空の下では、白い炎のようによく目立つ。
馬車の窓から振り返る。
王都セレスティアは、まだ遠くなかった。
高い城壁。
大聖堂の尖塔。
無数の竜骨灯。
あの街で暮らしていた時、灯りがどこから来るのかを考えたことはなかった。
日が沈めば点く。
寒くなれば暖房が動く。
治療院では、夜中でも手術ができる。
それが当然だと思っていた。
「お嬢様」
向かいに座るアンナが、窓の外から私へ視線を戻した。
「何でしょう」
「先ほどから、後ろばかりご覧になっています」
「忘れ物がないか考えていました」
「ございましたか」
「いいえ」
「では、前をご覧ください」
「前を見ても、馬車の壁しかありません」
「それでも、後ろばかり見るよりはよろしいかと」
アンナの言葉に、返事ができなかった。
馬車は前へ進んでいる。
私も同じでなければならないと、言われているように聞こえた。
けれど、振り返ることが悪いとは思わない。
父のこと。
母の弔い帳。
返した婚約指輪。
置いてきたものを忘れないまま進むことも、できるはずだ。
「アンナ」
「はい」
「私は、後ろを見すぎていますか」
尋ねると、アンナは少し考えた。
「今朝は、少しだけ」
「そうですか」
「ですが、見えなくなれば自然に前を向くと思います」
慰めではなく、単純な予想のような言い方だった。
私はもう一度、窓の外を見る。
ちょうど街道が緩く曲がり、王都の城壁が林の向こうへ隠れた。
アンナの言った通り、見えなくなった。
◇
午前中は、何事もなく進んだ。
王都に近い街道は、石が敷かれ、幅も広い。
大きな荷馬車同士がすれ違っても、余裕があった。
商人。
旅人。
兵士。
王都へ農作物を運ぶ者。
反対に、王都から布や薬、魔道具を運び出す者。
多くの人が同じ道を行き交っている。
昼を少し過ぎた頃。
先頭を進んでいた騎士が、馬を止めた。
馬車も、ゆっくりと速度を落とす。
「何かあったのでしょうか」
窓を開けると、冷たい風が入り込んだ。
前方の道端に、小さな荷車が止まっている。
片方の車輪が外れかけていた。
荷車の横には、厚い外套をまとった女性と、小さな女の子が立っている。
女性は騎士へ何度も頭を下げていた。
「馬車を降ります」
「必要ありません」
アンナに止められる。
「ですが」
「護衛の方々が対応しています」
「様子だけでも」
「お嬢様が降りると、先方が余計に緊張なさいます」
それはその通りだった。
伯爵家の紋章が入った馬車。
複数の騎士。
そこから貴族令嬢が降りれば、助けられる側は礼を考えなければならなくなる。
「では、ここで待ちます」
「はい」
けれど、しばらくしても馬車は動かなかった。
騎士の一人が窓の外へ近づいてくる。
「お嬢様」
「どうしましたか」
「荷車の車軸が割れております。修理には少し時間がかかるかと」
「予備の木材はありますか」
「こちらの荷馬車に積んでおります」
「では、使ってください」
「よろしいのですか」
「困っている方のために積んでいるのでしょう」
正確には、私たちの馬車が壊れた時のための予備だった。
けれど、次の宿場までは遠くない。
一本使っても問題はないはずだ。
「承知しました」
騎士が戻っていく。
間もなく、後方の荷馬車から木材と工具が運ばれた。
作業が始まる。
女の子は母親の外套を握りながら、こちらを見ていた。
六歳か七歳ほどだろう。
頬が赤い。
寒さのためだけではないように見えた。
「オスカー先生を呼んでいただけますか」
私が言うと、アンナが窓の外を見る。
「お子様の診察ですか」
「顔色が気になります」
「分かりました」
後方の馬車へ伝言が送られた。
オスカーは薬箱を持って現れると、女の子の前へしゃがみ込んだ。
母親と話し。
額に触れ。
喉と呼吸を確かめる。
やがて、こちらの馬車へ近づいてきた。
「軽い発熱です」
「原因は?」
「疲れと冷えでしょう。肺の音に異常はありません」
「薬は必要ですか」
「今のところは、温かい物を飲ませて休ませればよいかと」
「馬車へ乗っていただきましょう」
「目的地は反対方向です」
オスカーが言う。
母子は王都へ向かっているらしい。
「それでも、修理が終わるまでなら」
私たちの馬車には余裕がある。
オスカーは母親へ確認しに戻った。
しばらくして、女性が女の子の手を引いて近づいてくる。
「本当に、よろしいのでしょうか」
女性は馬車の前で、深く頭を下げた。
「修理が終わるまでです。どうぞ、中へ」
「ですが、お貴族様の馬車に」
「お子様が冷えています」
私が答えると、女性は迷いながらも女の子を抱き上げた。
「失礼いたします」
アンナが二人を馬車へ招き入れる。
女の子は座席の端へ小さく座り、母親へ身を寄せた。
アンナが毛布をかける。
「温かい飲み物を用意しますね」
「ありがとうございます」
母親は何度も頭を下げた。
「私はリーゼロッテ・アルヴァと申します」
名乗ると、女性の顔が強張った。
伯爵家の名を知っていたのかもしれない。
「わ、私はクララと申します。娘はニナです」
「よろしくお願いします、ニナさん」
声をかけると、少女は母親の腕の中から私を見た。
「お姉ちゃん、お姫様?」
「いいえ」
「でも、きれいな馬車に乗ってる」
「馬車は父が用意してくれたものです」
「お父さん、お金持ち?」
「ニナ」
クララが慌てて娘を制した。
「申し訳ございません」
「構いません」
子どもの問いに、悪意はない。
「伯爵というお仕事をしています」
そう答えると、ニナはよく分からないという顔をした。
アンナが用意した温かい薬草茶を受け取り、両手で器を包む。
「熱いので、ゆっくり飲んでください」
「うん」
私たちは手袋を外さなかった。
ニナが生きていることと、能力が発動しないことは別の問題だ。
長い旅の途中、何へ触れるか分からない。
父からも、不要な時に手袋を外さないよう言われている。
「王都まで行かれるのですか」
私が尋ねると、クララはうなずいた。
「はい。姉が王都の南側で働いておりますので、しばらく世話になろうかと」
「旅行ではなく?」
「故郷へ戻る予定はありません」
クララは、ニナの髪を撫でた。
「家も畑も、手放してきました」
「どちらの村から?」
「ローデン村です」
聞いたことのない名前だった。
けれど、護衛用に渡された地図には記されていた気がする。
グレイヴ領へ続く街道から、南へ少し外れた村。
「辺境に近い場所ですね」
「昔は、そう呼ばれていなかったそうです」
「昔は?」
「竜がいた頃は、王都と辺境の中間だったと、祖母が話していました」
竜がいなくなり。
土地が弱り。
人が減る。
残された場所が、少しずつ辺境と呼ばれるようになったのだろうか。
「なぜ、村を離れたのですか」
聞いてよいことか、少し迷った。
けれどクララは、隠す様子もなく答えた。
「畑が育たなくなりました」
「今年だけですか」
「いいえ。最初は、収穫が少し減っただけでした」
五年ほど前から、作物の育ちが悪くなった。
三年前には、村の泉が細くなった。
昨年、二つある井戸のうち一つが完全に枯れた。
「役所には相談を?」
「調査の方が来ました」
「何と言われましたか」
「竜脈が弱っている、と」
クララは困ったように笑った。
「私たちには、よく分かりませんでした」
「原因については?」
「昔からいる竜が減ったからだろうと」
「それだけですか」
「はい」
自然に竜が減った。
そのため土地の魔力が弱った。
村人へは、そう説明されたのだろう。
けれど、竜がなぜ減ったのかは伝えられていない。
「補償は、ありませんでしたか」
「税を少し減らしていただきました」
クララの声には、役人への怒りはなかった。
「でも、税がなくなっても、食べ物が育たなければ暮らせませんから」
「村の皆さんも?」
「半分ほどは出ていきました」
「どちらへ」
「王都や、街道沿いの町です」
土地を失った者が、土地から奪われた力で栄える街へ向かう。
胸の中に言葉が浮かんだが、口にはしなかった。
まだ原因は証明されていない。
竜骨魔石の利用と、ローデン村の竜脈衰弱が直接つながっているとは限らない。
「王都には、以前も行ったことがあるのですか」
「一度だけ」
クララがニナを見る。
「去年の冬、この子が肺を悪くしまして」
ニナは薬草茶を飲みながら、母親へ体を預けている。
「村の治療師では難しいと言われ、王都の治療院へ連れていきました」
「治療費は」
「教会が助けてくださいました」
聖竜院の治療施設だろう。
「夜中でしたが、治療院はとても明るかったです」
クララの表情が、少し柔らかくなる。
「道にも灯りがあって、迷わずに済みました。待合室も暖かくて」
竜骨灯。
竜骨を使った暖房。
竜骨魔石で動く治療器具。
「先生には、朝まで遅かったら危なかったと言われました」
クララはニナを抱く腕へ力を込めた。
「王都の灯りがなければ、暗い道で迷っていたと思います」
「そうでしたか」
「竜骨灯は、本当にありがたいものですね」
迷いのない言葉だった。
「夜でも歩けて、寒い時は暖かくて。田舎では考えられません」
私は、何も答えられなかった。
夜会で触れた竜骨。
寒い。
帰りたい。
子を返して。
あの声を思い出す。
けれど、クララが感謝しているのも本当だった。
竜骨灯が道を照らし。
竜骨魔石が治療院を暖め。
ニナは助かった。
その命へ向かって、間違っているとは言えない。
「お姉ちゃん」
ニナが私を見る。
「何ですか」
「竜って、死んだあとも人を守ってくれるの?」
クララが微笑む。
「治療院の神官様から教わったのです。竜は神聖な生き物だから、死んだ後も骨になって人を助けてくれるのだと」
私は、すぐには答えなかった。
自然死した白竜の骨が、昔、多くの人を救った。
自ら鱗を与えた竜もいたという。
人を助けたいと考えた竜が、存在しなかったとは思わない。
けれど。
ミラは拘束されていた。
帰りたいと願っていた。
「そう教えられているのですね」
私は言った。
肯定でも否定でもない返事。
ニナは首を傾げた。
「違うの?」
「分かりません」
「お姉ちゃんでも?」
「はい」
「大人なのに?」
「大人でも、分からないことはあります」
ニナは少し考えた後、薬草茶をもう一口飲んだ。
「竜に聞けばいいのに」
胸の奥が、わずかに痛んだ。
「そうですね」
生きている竜へ。
人間が骨を使ってもよいのか。
死後も人を助けたいのか。
尋ねることができたなら。
けれど、人間は竜の返事を待たなかった。
死者の声さえ、聞こうとしなかった。
「リーゼロッテ様は、どちらへ向かわれるのですか」
クララが尋ねた。
「グレイヴ辺境伯領です」
「竜がいる場所ですね」
「昔は、多くいたそうです」
「今はいないのですか」
「ほとんどは」
ルゥが生きている可能性については話さなかった。
まだ公にできる情報ではない。
「竜を見に?」
「亡くなった竜を弔えるか、確かめに行きます」
クララの表情が変わった。
恐れ。
戸惑い。
それが一瞬浮かんだように見えた。
「亡くなった竜と、お話ができるのですか」
「会話はできません」
私は説明する。
「強い思いが残った遺品へ素手で触れた時、最期の言葉や感情が聞こえることがあります」
クララは、私の黒い手袋を見た。
ほんの少し、ニナを自分へ引き寄せる。
その動きを責める気にはならなかった。
「怖いですよね」
私が言うと、クララは慌てた。
「いいえ、そのような」
「今、少し怖いと思われたように見えました」
生きている心は読めない。
だから、見えた動作だけを言葉にした。
「違うのなら、違うとおっしゃってください」
クララはしばらく黙った。
「少しだけ」
やがて正直に答える。
「申し訳ありません」
「謝る必要はありません」
「でも、助けていただいたのに」
「助けたことと、怖いと感じることは別です」
クララの腕の中で、ニナが私の手袋を見ている。
「触ったら、死んだ人の声も聞こえるの?」
「強い思いが残っていれば」
「お父さんの声も?」
クララの顔が強張った。
「ニナ」
低い声で娘を止める。
私は二人を見る。
「お父様は、亡くなっているのですか」
クララがゆっくりうなずいた。
「二年前に」
「病気で?」
「井戸を掘り直している時に、穴が崩れました」
ニナは父親の死を、どこまで理解しているのだろう。
「お父様の遺品はありますか」
「帽子を持っています」
「お姉ちゃんが触ったら、声を聞ける?」
ニナが尋ねる。
「聞こえるかもしれません。何も聞こえないかもしれません」
「何て言ってたか、分かる?」
「聞こえたものだけなら」
「じゃあ」
「ニナ」
クララが、今度は強く娘の名を呼んだ。
少女の肩が揺れる。
「申し訳ございません」
クララは私へ頭を下げた。
「この子は、父親が亡くなった時、まだ小さくて」
「構いません」
「帽子も、王都へ持っていくのですか」
尋ねると、クララはうなずいた。
「捨てられませんでした」
「今、声を聞きたいですか」
私の問いに、クララはすぐには答えなかった。
ニナは期待するように母親を見ている。
長い沈黙の後。
「分かりません」
クララが答えた。
「聞きたい気持ちはあります」
「はい」
「でも、怖いです」
私は母の弔い帳を思い出す。
聞きたい。
聞こえることも。
聞こえないことも怖い。
「それでよいと思います」
「よいのですか」
「今、決めなくても」
「でも、あなたは辺境へ」
「王都へ戻る予定があります」
必ずとは言わない。
それでも、戻りたいと思っている。
「戻った時、まだお望みでしたら、改めてお話を聞かせてください」
「遺品へ触れていただけるのですか」
「触れるとは、まだ約束できません」
クララの顔に、わずかな落胆が浮かぶ。
「ご主人がどのような方だったのか。何が起きたのか。何を知りたいのか。先に、生きている方のお話を聞く必要があります」
「死んだ人の声を聞くのに?」
「死者の声だけでは、分からないことが多いからです」
夫は事故をどう考えていたのか。
家族へ何を思ったのか。
それが遺品に残っているとは限らない。
苦しさだけかもしれない。
崩れる音だけかもしれない。
「それでもよろしければ」
「……考えます」
クララは答えた。
私はうなずく。
「ゆっくりお考えください」
今すぐ能力を使わなくても、話を聞くことはできる。
母の帽子を抱えたまま王都へ行くことも。
聞かずに持ち続けることも。
クララ自身が選べばよい。
◇
荷車の修理は、一時間ほどで終わった。
騎士が新しい車軸を取りつけ、車輪が外れないことを確認する。
ニナの熱も、少し下がっていた。
「本当に、ありがとうございました」
クララは馬車を降りた後、何度も頭を下げた。
「木材の代金を、今はお支払いできませんが」
「必要ありません」
「それでは困ります」
「では、王都へ無事に着いたら、アルヴァ伯爵家へ手紙をください」
「手紙を?」
「到着したことだけで結構です」
父へ三日に一度報告をする私が、人へ無事を知らせるよう求めるのは、少しおかしい気もした。
けれど、戻りを待つ者には必要なことなのだろう。
「必ずお送りします」
クララはうなずいた。
「リーゼロッテ様も、どうかご無事で」
「ありがとうございます」
ニナが荷車へ乗る前に、私の近くへ来た。
「お姉ちゃん」
「何ですか」
「竜に会ったら、ありがとうって言って」
「何について?」
「灯りと、あったかい部屋」
ニナは笑った。
「わたし、竜のおかげで元気になったから」
返事ができなかった。
ありがとう。
死んだ竜へ、その言葉を伝える。
ミラは、どう感じるのだろう。
感謝されることを喜ぶのか。
自分を殺して作った灯りへ、礼を言われることを苦しむのか。
私には分からない。
「竜の気持ちを、先に確かめます」
私は答えた。
「うん」
ニナは、それで納得したようだった。
母子の荷車は、王都へ向かって進み始めた。
私たちとは反対の方向。
クララは何度も振り返り、手を振った。
やがて小さな荷車は、街道の先へ消えていった。
「出発しましょう」
護衛の騎士が言う。
私は馬車へ戻った。
動き出してから、アンナが尋ねる。
「ニナさんへ、竜の気持ちを伝えるおつもりですか」
「分かりません」
「お約束したように聞こえました」
「確かめると申し上げただけです」
「どの竜へ?」
答えに詰まる。
ニナを救った竜骨魔石が、どの竜から作られたのかは分からない。
名前も。
種類も。
どのように死んだのかも。
「分からない竜です」
私は答えた。
「名を奪われた竜かもしれません」
番号だけを与えられ。
骨を分けられ。
治療器具や灯りへ加工された竜。
「それでも、ありがとうと伝えますか」
アンナが尋ねる。
「伝えるかどうかは、その竜の声を聞いてから決めます」
「死者の声へ従わないのでは?」
「従うのではありません」
感謝することと。
利用を正当化することは違う。
感謝されたくないという死者へ、無理に礼を押しつける必要もない。
「何と記録すべきか考えます」
ニナが救われたこと。
竜が犠牲になった可能性。
どちらか一方だけを消してはならない。
馬車は進む。
王都から離れるにつれ、竜骨灯の間隔が広がっていった。
やがて、街道の両側に畑が見え始める。
けれど、冬だから何も育っていないというだけではなかった。
土が灰色に乾いている。
深い亀裂が走り。
農家らしい建物には、板が打ちつけられていた。
「この辺りも、村があったのでしょうか」
「地図には記載があります」
アンナが旅程表を確認する。
「ですが、宿場としては使われていないようです」
人がいなくなったのだ。
クララの故郷と同じように。
夕暮れが近づく。
街道沿いの竜骨灯が、自動的に強く光り始めた。
青白い光が、誰も耕さなくなった畑を照らす。
灯りは明るかった。
旅人が道を外れないほどに。
魔獣を遠ざけるほどに。
けれど、そのすぐ横を流れていたはずの水路は、底まで乾いていた。
竜骨灯と、枯れた土地。
その二つが直接つながっている証拠は、まだない。
それでも私は、目を逸らさなかった。
王都の光に救われた子どもがいる。
光を支える何かを失い、故郷を離れた母親がいる。
どちらも、生きている人の声だった。
一つを正しいと選べば、もう一つが消えるわけではない。
「アンナ」
「はい」
「今夜の報告書へ、クララさんたちのことも書きます」
「旦那様への報告に?」
「はい」
「旅程とは関係ありませんが」
「この旅の目的には関係があります」
死者の声を聞くためだけではない。
生きている者が、何を失い。
何に救われ。
何を知らずにいるのか。
それを記録する。
「原因については、どう書かれますか」
「分からないと書きます」
ローデン村の竜脈が弱った原因は不明。
竜骨魔石利用との関係も、現時点では証明されていない。
「ですが、起きたことは書けます」
泉が細くなった。
井戸が枯れた。
畑を手放した。
夫を亡くした。
王都の治療院で娘が救われた。
竜骨灯へ感謝している。
そのすべてを、同じ頁へ残す。
死者の声だけではなく。
生き残った人々の声を。
馬車は、乾いた水路に沿って進み続けた。
青白い灯りは途切れず、私たちの道を照らしている。
その光が誰を救い。
どこから何を奪ったのか。
私は、まだ知らない。
だからまず。
見たものを、見たまま記録しようと思った。




