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「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん
第2章 『黒猫の魔導王と、美食を求める乙女たちの行進 〜淀んだ大地を七色に塗り替えろ!〜』

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第90話:バールの朝と、商人ゼノスの情報網

翌朝、バールの街は活気ある喧騒と共に目を覚ました。宿の食堂には香ばしいパンの焼ける匂いと、淹れたてのハーブティーの香りが漂っている。アルマたちは早々に身支度を整え、一階の隅にあるテーブルで商人ゼノスと向かい合っていた。

ゼノスは昨日の一件を聞き、驚きと感心の混じった表情で身を乗り出している。彼の前には、アリスが昨夜のうちに清書した例の刻印の写しが置かれていた。

「なるほど、旧市街の噴水にそんなものが。確かに、あの区域が急速に廃墟化したのは数年前からです。当時は単なる魔力枯渇の影響だと思われていましたが、商売人の感覚からしても、あの場所の空気の沈み方は異常でした」

ゼノスは太い指で顎をさすりながら、記憶の糸を書き換えるように地図を見つめた。

「ゼノスさん。この刻印と同じような異変が、街の他の場所でも起きている可能性はないでしょうか。例えば、急に井戸が枯れたとか、作物が育たなくなったような特定の場所が」

アルマが問いかけると、ゼノスは深く頷き、懐から一冊の帳面を取り出した。

「あります。物流の動線が変わった場所を洗えばすぐに分かります。一つは北の街道沿いにある古い関所跡、もう一つは西の採掘場付近の廃村です。どちらもここ数年で人が寄り付かなくなり、今では不気味な霧が発生しているという噂で持ち切りですよ」

「北の関所と、西の廃村……。ノア、あんたの言った通りだね」

アルマがフードの中を確認すると、ノアは欠伸をしながら顔を出した。

「当然だ。我の髭は地脈の悲鳴を等距離で捉えておるからな。ゼノス、貴様のその帳面にある座標、後で我に詳しく見せろ。点と点を結べば、この街を包囲するように設置された魔力吸引陣の全容が見えてくるはずだ」

「は、はい、黒猫様。……しかし、お嬢さん方、もしこれが組織的な犯行だとしたら、あまり深入りするのは危険ですよ。旧市街で見た影のような連中は、間違いなくこの街のどこかに潜んでいるはずですから」

ゼノスの懸念はもっともだった。だが、キャスカが剣の鞘を軽く叩いて笑い飛ばした。

「今更よ。私たちは既に学園の地下でとんでもない事件を経験して、おまけに退学届まで出さずに飛び出してきた調査団なんだから。ここで引き下がったら、ケットル先輩に合わせる顔がないわ」

「そうですわ。わたくしたちの魔法が、ただの教室での計算式ではないことを証明する絶好の機会ですもの。バールの街の魔力を、あるべき姿に戻してみせますわよ」

アリスも自信に満ちた表情で応えた。ジャムは無言で、ケットル先輩の背負い袋の調整を始めていた。彼女にとって、袋の重さを相殺する循環が安定していることが、そのまま仲間の生存率に繋がることを理解しているからだ。

「よし。まずは北の関所跡から調べてみよう。ゼノスさん、情報の提供ありがとう。私たちが解決したら、またあのササミをご馳走してね」

「ははは! もちろんですとも、アルマ様! 街の英雄になっていただければ、商会を挙げて祝宴を開かせていただきますよ!」

ゼノスに見送られ、一行は宿を出て北の門を目指した。朝の市場を通り抜ける際、アルマは背負い袋の中で循環の種が、昨日よりも鋭く、そして目的意識を持ったような拍動を繰り返しているのを感じた。

「おい、アルマ。一つ忠告しておく。北の関所に向かう道中、我の『真理のレーダー』が僅かな雑音を捉えた。どうやら昨日の広場での一件で、敵さんもこちらの存在を明確に認識したようだぞ」

ノアの声はいつになく低く、冷徹な響きを帯びていた。

「……追手が来てるってこと?」

「左様。だが恐れる必要はない。我らの旅は常に無謀から始まると言ったはずだ。貴様はただ、自分の信じるシャボン玉の循環に意識を集中させておけ。雑魚の相手は、そこにいる脳筋の剣士と、美意識過剰な魔導師に任せておけばよいのだからな」

「誰が脳筋よ!」

「わたくしの魔法を、雑魚掃除のように言わないでいただけます!?」

キャスカとアリスの怒鳴り合いが響く中、アルマはふっと心が軽くなるのを感じた。どんなに深刻な状況でも、この仲間たちがいれば、自分は魔法を信じ続けることができる。

バールの北門を抜けると、道はなだらかな坂となり、やがて視界には荒涼とした草原が広がった。かつては豊かな交易路だったはずの街道は、今では所々が地割れし、不気味なほどに静まり返っている。

「……。……。……魔力の、匂いが、変わった。……澱みの、味がする」

ジャムが立ち止まり、杖を地面に突き立てた。

前方の丘の上、古びた石造りの関所が、まるで墓標のように建っているのが見える。そこから立ち上る薄紫色の霧は、紛れもなく旧市街で見たものと同じ、腐敗した魔力の残滓だった。

「行くよ、みんな。今回の調査は、昨日より厳しくなる。循環の種を守りながら、あの関所の刻印を破壊するよ!」

アルマが杖を掲げると、背後の袋から琥珀色の光が溢れ出し、彼女たちを優しく包み込んだ。

見習い魔法使いと生意気な猫、そして不揃いな仲間たちの本格的な反撃が、ここから始まろうとしていた。

「フン。宇宙の理を示す時が来たようだな。アルマ、一歩も引くなよ。我という最強のバックアップがついていることを、魂に刻んでおけ!」

ノアの檄を受け、一行は霧に包まれた関所跡へと踏み出した。朝の陽光が背後から彼女たちを照らし、石畳の上に長い影を描いていく。その影は、もはや迷いに揺れる少女たちのものではなく、確かな意志を持った調査団のものだった。

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