第82話:中継都市の門と、軽やかなる帰還
蛇の肉による活力が残っているとはいえ、数日間にわたる荒野の徒歩移動は、アルマたちの精神を着実に削っていた。
王立魔法アカデミーの寄宿舎で過ごしていた頃には想像もできなかった、過酷な外界での行軍。
だが、今の彼女たちの背中には、オード村で再会したケットル先輩から授かった「空間拡張型・特製背負い袋」が鎮座していた。
アルマの放つシャボン玉の循環を動力源として接続されたその袋は、大量の食料や機材、そして村人たちから贈られた感謝の品々の重さを魔法的に相殺している。見た目の巨大さに反して、彼女たちの足取りは羽根のように軽かった。
「あ、見えたわ。ようやく門ね」
剣士のキャスカが指差した先、陽炎の向こう側に、頑強な石造りの城壁に囲まれた中継都市「バール」の姿が現れた。
荒野の真っ只中に突如として現れるその街は、物流の拠点として、また魔物に対する防波堤として、異様な威厳を放っている。
「ようやく着きましたね。アルマ、足の調子はどう? 魔法の接続、切れてない?」
「大丈夫。ケットル先輩の袋のおかげで、肩の重さは全然感じないよ。ただ、この乾燥した風だけは、やっぱり魔法じゃどうにもならないね」
アルマは杖を手に、しっかりとした足取りで進む。
背負い袋の横に取り付けられた「洗浄砲」の金属光沢が、西日に反射して鈍く光った。
隣ではアリスが、埃にまみれたローブを気にしながらも、以前より余裕のある表情で前を見据えていた。
「フン。文明の利器という名の真理に助けられたな、小娘ども。だが安心しろ。あの門の向こうには、柔らかい寝床という名の真理が待っておる。何より、我がこの袋の三段目に隠しておいた、村特製の熟成チーズを最高の状態で喰らうための、静寂な空間が必要だ」
ノアはアルマのフードの中で、喉を鳴らしながら傲慢に言い放った。
彼にとっても、移動中の揺れを最小限に抑えるこの特製リュックは、極上の「揺り籠」になっているようだった。
「さあ、お嬢さん方! 私の商会の看板を見せれば、手続きはすぐに終わります。今夜こそ、本物の宿で休みましょう!」
ゼノスが意気揚々と馬車を走らせ、一行は巨大な跳ね橋を渡って門を潜った。
街の中は、荒野の静寂が嘘のような喧騒に包まれている。
行き交う荷馬車、声を張り上げる露天商、そして装備を固めた冒険者たち。
だが、その喧騒の中でも、アルマたちは不自然に浮いていた。
「おい、見ろよ。あのパーティ。ボロボロの格好のくせに、あんな馬鹿でかい袋を軽々と背負ってやがる」
「あんな見習い魔法使いの小娘たちが、ゼノス商会の馬車を護衛? 担いでる袋も見たことない妙な仕掛けだぞ」
周囲の冒険者たちから投げかけられるのは、困惑と好奇の視線だった。
彼女たちの装備は激戦で汚れ果てているが、その立ち姿には、学園を飛び出した頃にはなかった「場数を踏んだ者」の落ち着きが宿っていた。
ましてや、その袋の中に世界の魔力枯渇を救う「循環の種」が秘められているなど、誰も気づくはずもない。
「見られてるけど、前よりは平気」
ジャムがアルマの隣で、しっかりと前を見据えて呟いた。
ケットル先輩から授かった技術、そして自分たちの魔法が外界で通用するという自信が、彼女たちを少しずつ変えていた。
「放っておきなさい。私たちが何を倒し、どんな絆を繋いでここに来たか、こいつらに説明してやる義理はないわ。それよりゼノスさん、宿に着いたらすぐに洗浄砲を貸して。砂埃を全部洗い流してやるんだから!」
キャスカが不敵に笑い、周囲の視線を跳ね返すように前を向いた。
一行はゼノスの案内に従い、街の中心部にある高級宿へと向かった。
街の住人たちの冷ややかな視線を浴びながら、アルマは背中の袋を通して伝わってくる、循環の種の温もりを確かめた。
学園という箱庭を捨てたあの日から、彼女たちは確実に成長している。
ケットル先輩から受け取った「重さを消す袋」と同じように、彼女たちは旅の中で出会う困難さえも、自分たちの力に変え始めていた。
「とりあえず、お風呂に入って、それからササミだね、ノア」
「フン、当然だ。真理の摂取に一分の遅滞も許されんぞ」
アルマの小さな呟きに、フードの中から傲慢な返事が返ってくる。
新たな地での休息が、次なる循環を生むための、静かな夜の始まりを告げていた。
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