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「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん
第2章 『黒猫の魔導王と、美食を求める乙女たちの行進 〜淀んだ大地を七色に塗り替えろ!〜』

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第81話:蛇の真髄と、真理の鉄板焼き

赤土の回廊を抜けた先、風の遮られる岩の窪みに今夜の野営地を定めた。

だが、今夜の焚き火は、単なる暖をとるためのものではなかった。それは「究極の食材」を完成させるための、神聖な祭壇に近い意味を持っていた。

「おい、商人ゼノス。その鉄板はまだ冷たい。もっと熱しろ。表面から薄く陽炎が立ち上り、一滴の水を落とした瞬間に真理の飛沫となって弾け飛ぶ、その温度まで待つのが礼儀というものだ」

ノアが焚き火のすぐ横、特等席に鎮座して、調理を取り仕切るゼノスを睨みつけていた。

ゼノスは額に汗を浮かべ、分厚い鉄板を火にかける。商会の主として数々の修羅場を潜ってきた彼だったが、目の前の黒猫が放つ「食への執念」には、抗いがたい威圧感を感じていた。

「わ、分かっておりますとも、黒猫様! ほら、ご覧ください。鉄板の色が変わってきました。今こそ、あの『真髄』を投入する時では?」

「ふむ……。よかろう。アルマ、あの氷詰め箱から、中央の首の接合部を取り出せ。アリス、貴様は肉の表面に極薄の氷結魔法をかけろ。表面を瞬間的に締めることで、中の脂が逃げ出すのを防ぐのだ」

「またわたくしの魔力をそんなことに……。ええい、わかりましたわよ!」

アリスが杖を振ると、解体されたばかりの「蛇の真髄」……真珠色の脂が乗った希少部位が、微かな冷気を纏って鉄板の上に運ばれた。

次の瞬間、荒野の静寂を切り裂くような、凄まじい「ジューッ!」という爆ぜる音が響き渡った。

同時に、辺り一面に暴力的なまでの香りが広がった。

それは単なる肉の焼ける匂いではない。地脈の魔力が熱によって活性化し、凝縮されたスパイスのような薫香と、上質なバターを熱したような芳醇な甘みが混ざり合った、抗い難い誘惑だった。

「……ッ、何これ。昨日のスープどころじゃないわ。匂いだけで、お腹の虫が暴動を起こしてるんだけど」

キャスカが剣を研ぐ手をとめ、喉を鳴らした。

リタや他の護衛たちも、配られたばかりの干し肉を手に持ったまま、魂を抜かれたような顔で鉄板を見つめている。

「(フン、当然だ。これは数十年、あるいは数百年の歳月をかけて、赤土の魔力を濾過し、蓄積させた結晶なのだからな。おい、アルマ! ぼさっとするな、岩塩だ! 高い位置から、真理の雨を降らせるように均一に振りかけろ。……そこだ!)」

アルマはノアの指示に操られるように、砕いた岩塩を肉の上へと振り撒いた。

熱い脂が弾け、塩と絡み合い、肉の表面に黄金色の衣が形成されていく。

「……できた。……。……食べていいの?」

ジャムが空の皿を両手で持ち、ノアの顔を覗き込んだ。その瞳は期待で潤んでいる。

「待て。まだだ、ジャムよ。……今、真理がその内側で呼吸をしておる。余熱が中心部に到達し、魔力の脂肪が液体へと変わるその刹那……。……今だ! 切り分けろ!」

ノアの合図と共に、ゼノスが震える手でナイフを入れた。

驚くべきことに、その肉はナイフの自重だけで吸い込まれるように裂け、断面からは虹色に輝く肉汁が溢れ出した。

「さあ、お嬢さん方! 冷めないうちに!」

ゼノスに促され、一同は一斉にその一切れを口に運んだ。

「……あ。……あぁ……」

アリスが皿を落としそうになりながら、その場で立ち尽くした。

口に入れた瞬間に「肉」という概念が消失した。ただ圧倒的な旨味の奔流が、溶けるように舌の上を駆け抜けていったのだ。

噛み締める必要すらない。地脈の魔力が、そのまま細胞の一つ一つに染み込んでいくような、形容し難い多幸感。

「なにこれ……! 脂なのに、全然しつこくない。むしろ、すごく爽やかで……。力が、魔力が、内側から溢れてくる……!」

キャスカが頬を染め、拳を握りしめた。

リタもまた「……これを食ったら、もう安物の肉には戻れないよ。……あんたたち、とんでもないものを食わせるね」と、驚嘆の声を上げた。

「(……。……。……ふむ)」

ノアは自分の皿に置かれた最大の一切れを、目を閉じて、静かに、しかし力強く咀嚼していた。

「(……合格だ。赤土の鉄分が脂の甘みを引き立て、魔力の余韻が鼻腔を抜ける。……王都の貴族どもが金に糸目をつけず、この『水底の蛇』を求める理由が理解できた。……だが、彼らは知らぬのだ。戦い、血を流し、この荒野の風に吹かれながら喰らう、この『野性の真理』の味だけはな)」

ノアは満足げに髭を揺らし、皿を舐め尽くすと、次は荷台の「ササミの木箱」をちらりと見た。

「(……さて。……前菜としては最高だった。……商人ゼノス、今夜のデザートに、あのササミを数片、我の胃袋へ転送する準備はできておるか?)」

「ノア! さすがにそれは欲張りすぎだよ!」

アルマの突っ込みが飛ぶが、今夜の一行にはそれを笑い飛ばすだけの充足感が満ちていた。

満天の星空の下、蛇の肉で活力を取り戻した少女たちは、明日への活力をその血肉に刻んでいた。

だが、アルマはふと思った。

このペースで「真理」を喰らい続けたら、自分たちは目的地に着く頃には、どんな存在になってしまっているのだろうか、と。

彼女たちの旅は、今や生存のための護衛ではなく、次の美味を求める「最強の食卓」を巡る冒険へと、完全にシフトしていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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