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「魔法使い見習いと生意気な猫」  作者: れおん
第2章 『黒猫の魔導王と、美食を求める乙女たちの行進 〜淀んだ大地を七色に塗り替えろ!〜』

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第80話:赤土の解体ショーと、救世主のナイフ

水底の蛇の亜種が、赤土の地面にどさりと横たわっている。

先ほどまで猛毒の霧を吐き散らしていた化け物は、今や巨大な「食材の山」として、一行の前に鎮座していた。

戦闘が終わった安堵感よりも先に、現場を支配したのはノアによる冷徹なまでの品質管理だった。

「おい、商人ゼノス。いつまで呆けておるのだ。早く解体用の大包丁を持ってこいと言ったはずだぞ。死後硬直が始まる前に、地脈から吸い上げた魔力の循環を止めねばならん。さもなくば、あの極上の脂が鱗の裏側に癒着し、真理の口溶けを損なうことになるのだ!」

ノアが蛇の死骸の「中央の首」の付け根に陣取り、御者台で震えているゼノスを叱り飛ばした。

ゼノスは慌てて馬車の奥から、普段は岩塩の塊を砕くのに使っている頑丈な解体ナイフと、予備の塩袋を抱えて飛び出してきた。

「は、はい! わかりました! 黒猫様、これでよろしいでしょうか!」

「ふむ、研ぎは甘いが、叩き切るには十分だ。アルマ、貴様はその杖の先を少し熱しておけ。ナイフの刃を温めることで、鱗の隙間の脂肪を溶かしながら切り進む。これが真理への最短経路だ」

「わかったよ、もう」

アルマは半目になりながらも、言われた通りに火の魔力でナイフの刃を赤く熱した。

もはや、この猫の指示に逆らうよりも、さっさと終わらせて美味しいものを食べた方が精神衛生上よろしいという結論に達していたのだ。

「リタさん、手伝ってもらってもいいですか? 皮を剥ぐのは力がいると思うので」

「ああ。なんだか、凄腕の冒険者として雇われたはずなんだけどね。気づいたら精肉店のバイトをしてる気分だよ」

リタは苦笑しながら槍を置き、ゼノスから受け取ったナイフを握り直した。

キャスカも剣の血を拭い、腰に手を当てて蛇の死体を見下ろす。

「で、ノア。どこをどう切ればいいのよ。あんたの言うレバーみたいな脂肪ってのは、具体的にどこにあるわけ?」

「フン、無知なる剣士よ。刮目して見ろ。この首の第三関節、そこから指三本分下の鱗が、僅かに反り返っておる場所がある。そこに刃を入れ、そのまま水平に滑らせろ。そこには、地熱と魔力が生み出した、究極のフォアグラにも勝る蛇の真髄が眠っておるのだ」

ノアが爪で示した場所を、リタとキャスカが慎重に切り開いていく。

アルマが熱したナイフが鱗の間を滑り、ジィ、と脂の焼ける香ばしい音が上がった。

次の瞬間、切り口から溢れ出したのは、透明感のある真珠色をした厚い脂肪の層だった。

「うわ、何これ。すっごく綺麗」

ジャムが思わず身を乗り出し、その脂肪を指で突いた。ぷるん、と弾力のあるそれは、魔物の肉とは思えないほどに上品な輝きを放っている。

「そうだ。それこそが、赤土の地脈が育てた結晶だ。アリス、貴様は冷気の魔法でその部位を急速に冷やせ。旨味を閉じ込めるのだ。ジャム、貴様は余分な水分を吸い取る布を用意しろ。真理に雑味は不要だ」

ノアの指示は完璧だった。

アリスは「わたくし、先ほどから魔導士というより、食品加工業者ですわね」とぼやきながらも、精密な冷気魔法で肉を冷やしていく。

一時間後。

赤土の回廊の一角は、即席の精肉工場と化していた。

厳選された希少部位は、ゼノスが持っていた保存用の氷詰め箱へと丁重に収められ、残りの身も護衛たちの晩餐用として大量に確保された。

「ねえ、ノア。これ、どうやって食べるの?」

ジャムが期待に満ちた目でノアを見つめた。

「フン。このまま岩塩を振り、厚手の鉄板で表面だけを焼き上げるのが最上だ。口の中で脂が弾け、その後に魔力の奔流が身体を駆け抜けるだろう。商人ゼノス、街へ着く前に、最高の野営地を見つけろ。今夜は、ササミの真理と、蛇の真理が邂逅する記念すべき夜となるのだ」

ノアは満足げに尻尾を振り、アルマのフードへと戻っていった。

アルマは血のついた杖を拭いながら、遠い目をして赤土の空を見上げた。

強敵を倒したという達成感はある。

だが、それ以上に「今夜のメニュー」が確定したことによる安堵感が、一行の疲労を不思議と和らげていた。

彼女たちの旅路は、もはや誰も予測できない美食の巡礼へと、その色を濃く変えていくのだった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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