第79話:三首の蛇と、美食の解体新書
赤土の回廊に、耳をつんざくような咆哮が木霊した。
現れた『水底の蛇』の亜種は、その巨体に似合わぬ俊敏さで、三つの首を独立した生き物のようにうねらせ、一行を包囲するように構える。
その鱗は乾燥した赤土を焼き固めたように硬質で、キャスカの放った牽制の一撃を火花と共に弾き飛ばした。
「嘘でしょ、鉄の剣が通らないなんて! リタさん、こいつの鱗、岩より硬いわよ!」
「だろうね! こいつは地脈の魔力を吸って硬化するタイプだ。まともにやり合うんじゃないよ、関節や口の中を狙いな!」
リタが槍を風車のように回転させ、迫り来る左の首の牙をいなした。
馬車の御者台では、ゼノスが「ひ、ひぃぃぃ! 荷物が、私のササミがぁ!」と、自分の命よりも先に積み荷の心配をして叫んでいる。
「アルマ! ぼさっとしないで、援護して!」
キャスカの怒声に、アルマは杖を握り直した。
だが、その肩の上では、ノアがまるで見物料を払った観客のような余裕で、三つの首をじっくりと観察していた。
「ふむ、なるほど。あの鱗の硬度は、内包する魔力密度に比例しておる。だがアルマ、見ろ。あの首の接合部、鱗が重なり合う隙間から覗く桃色の肉……。あそこだ。あそこには、地熱でじっくりと温められた極上の『レバー』にも似た、濃厚な魔力脂肪が蓄えられておるはずだぞ」
「ノア! 今は解体ショーの時間じゃないの! みんな死にそうなんだよ!」
「黙れ、アルマ。死線においてこそ、食材の本質は見えてくるものだ。よいか、右の首は捨てろ。あれは毒腺が発達しすぎていて、肉にえぐみがある。狙うなら真ん中だ。あの首こそが全身の栄養を司る『真理の貯蔵庫』。あそこを焦がさずに仕留めれば、今夜はササミを超える濃厚なテリーヌが拝めるかもしれん」
「テリーヌなんて作れるわけないでしょ!」
アルマは絶叫しながらも、ノアが指摘した「中央の首の接合部」に意識を集中させた。
確かにそこだけは、不自然なほど魔力の流れが激しく、同時に物理的な防御が手薄になっているように見える。
「アリス、障壁で右と左の視界を遮って! ジャム、足止めをお願い!」
「承知いたしましたわ! ――『プリズム・ミラー』、展開!」
アリスが杖を振ると、左右の首の目の前に巨大な魔力の鏡が出現した。
自分の顔に驚いた蛇の首が戸惑う一瞬の隙を突き、ジャムが地面を杖で叩く。
「……逃がさない。……『重力の檻』」
不可視の重圧が中央の首にのしかかり、その動きがピタリと止まった。
「いっけぇぇぇ! キャスカ!」
「言われなくても! ――はぁぁぁッ!」
キャスカが砂を蹴り、跳躍した。
ノアの助言通り、鱗の隙間の「桃色の肉」を目掛けて、渾身の突きを繰り出す。
硬質な鱗を潜り抜けた剣先が、深々と肉に沈み込み、そこから鮮血――ではなく、濃縮された魔力が霧となって噴き出した。
「(ほう……。良い手応えだ。あの溢れ出る魔力臭、やはり希少部位に間違いなかったようだな。アルマ、仕上げだ。強火は厳禁。中火でじっくり、表面をカリッとさせる程度の魔力弾を叩き込め。肉汁を閉じ込めるのだ!)」
「もう、好きにしてやるわよ! ――『収束する火球』!」
アルマの放った火球が、キャスカの剣で開けられた傷口に吸い込まれるように着弾した。
内側から膨れ上がる熱量に、大蛇は悶絶し、三つの首が同時に天を仰いで崩れ落ちる。
砂煙が舞い、静寂が戻った回廊に、キャスカの荒い呼吸だけが響いた。
大蛇は動かない。だが、その巨体からは、どこか「香ばしい」匂いが漂い始めていた。
「……やった、のかい?」
リタが呆然と、仕留められた大蛇を見つめた。
通常の冒険者なら数時間はかかるはずの強敵が、わずか数分の、それも「調理手順」のような連携で沈んだのだ。
「(……ふむ。焼き加減は七分といったところか。余熱で火が通るのを待てば、完璧なレアに仕上がるだろう。おい、商人ゼノス。今すぐ解体用のナイフと、昨夜の残りの塩を持ってこい。真理が冷める前に、血抜きを済ませねばならん)」
ノアが屋根の上から飛び降り、獲物の前で意気揚々と尻尾を振った。
「……。……。……アルマ、……ノア。……。……。お肉、……食べていいの?」
ジャムが期待に満ちた目で振り返る。
アルマは杖を支えに地面に座り込み、空を見上げて力なく笑った。
「……毒がないなら、いいんじゃないかな。……もう、どうにでもなれ……」
護衛任務という名の旅は、いつの間にか「荒野の食材調達ツアー」へと変貌を遂げつつあった。
だが、そのおかげで一行の士気だけは、王都の精鋭騎士団をも凌ぐほどに高まっていた。
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