第70話:荒野の轍と、未知の足音
「……はぁ。……はぁ。やっぱり、今日みたいな日は特に足に来るわね」
アルマは額の汗を拭いながら、一歩一歩、赤茶けた土を踏みしめていました。
巨大な背負い袋の中にホウキをしまい込み、自身の足で大地を進むこの感覚は、疲労と共に「旅をしている」という実感を強くもたらします。
「何を甘えたことを言ってるの。自分の足で地面を蹴る。これが生物としての基本でしょ。……うっ、……でも確かに、この岩場は堪えるわね」
先頭を行くキャスカが、腰の剣を揺らしながら足を止めました。
彼女の足取りも、昨日の激戦の疲労が残っているのか、心なしか重そうです。
後ろを歩くアリスとジャムにいたっては、もはや言葉を発する余裕もなく、黙々と一歩を繰り出すだけのマシーンのようになっていました。
「フン。嘆くな、小娘。重力に従って地を這うのは、肉体との対話だ。貴様らのその貧弱な足腰に刻まれる痛みは、そのまま次なる美味を迎え入れるための下地となるのだ」
アルマのフードの中で、ノアが揺れに身を任せながら悠然と言い放ちました。
彼は歩く必要がないため、一行の中で最も元気なのは言うまでもありません。
「ノアは楽でいいよね。……ねえ、この先に本当に人里なんてあるの? さっきからトカゲ一匹見てないんだけど」
「案ずるな。我の髭が捉える風には、わずかに有機的な生活臭が混じり始めておる。薪を燃やす煙の匂い、そして、家畜の脂が爆ぜる芳香。この先に、何らかの集落が存在することは、真理の数式が証明しておる」
ノアが鼻をピクつかせ、確信に満ちた声で答えました。
その言葉に、死に体だったアリスが「……脂、お肉の脂ですわね?」と、瞳に微かな生気を取り戻しました。
「……あ、見て! あそこに轍があるよ!」
アルマが指差した先、乾燥してひび割れた大地に、不自然な二本の溝が刻まれていました。
それは明らかに、重い荷物を積んだ馬車か何かが通り過ぎた跡です。
「……本当だわ。それも、かなり新しい。昨日か、一昨日くらいのものね。これに沿って行けば、どこかに出られるはずよ!」
キャスカが気を引き締めるように言いました。
轍があるということは、そこには物流があり、それを守る文明があるということです。
一行は轍に沿って、さらに歩みを進めました。
切り立った岩壁の間を抜けると、急に視界が開け、そこには荒野を貫くような一本の古びた街道が伸びていました。
「ようやく表舞台へ戻ってきたようだな。おい、アルマ。あの轍の先をよく見ろ。砂煙が上がっておるぞ。どうやら、我らの到着を待ちわびる何者かが居るようだな」
ノアの言葉通り、街道の先、蜃気楼が揺れる向こう側から、こちらに向かってくるいくつかの影が見えました。
それは平和な行商人なのか、あるいは……。
アルマは無意識に、手元の杖を握り直しました。
空の王を墜とし、荒野を越えた少女たちの前に、新たな旅の局面が姿を現そうとしていました。




