第66話:空中乱舞と、真理の重圧
「おい、小娘。断言するが、あの『空底の捕食者』という名前だけのデカブツは、我らをただの『飛来する前菜』程度にしか思っておらんぞ。
我の髭が、奴の傲慢な眼差しの中に、獲物の味を吟味するような不遜な知性を捉えた。
これは、空を統べるという特権に溺れ、地を這う生命の底力を侮りきっておる、極めて矯正が必要な態度の兆候だ!」
ノアがアルマのフードの中で、風に煽られながらも偉そうに言い放ちました。
アルマたちが乗るホウキは、相変わらず空中で酔っ払った千鳥のような軌跡を描いていました。
右へ旋回しようとすれば遠心力で一回転し、加速しようとすれば機首が跳ね上がる。
そんな滅茶苦茶な操縦を、ケットル先輩から授かった「魔導鉄の重し」が、強引な質量で叩き伏せて墜落を防いでいる……。
まさに綱渡りならぬ、空渡りの状態でした。
「ノア、講釈はいいから!
あいつ、こっちに来るよ!
キャスカ、しっかり掴まってて!」
アルマが叫ぶと同時に、巨大な怪鳥――『空底の捕食者』がその半透明な翼を大きく羽ばたかせました。
キィィィィィィィィィィン!!
鼓膜を突き刺すような高周波の鳴き声と共に、空気が「真空の刃」となって一行に襲いかかります。
重力のないこの空間では、風の刃は減速することなく、文字通りすべてを切り裂く死神の鎌へと変わるのです。
「アリス、お願い!」
「任せなさい! 『聖なる光の障壁』!」
アリスが杖を掲げると、ホウキを包み込むように六角形の光の盾が展開されました。
激突する風の刃が、火花を散らして弾け飛びます。
しかし、その衝撃でアルマのホウキはさらに激しく揺れ、上下の感覚を失ったジャムが「ひゃあぁぁぁ!」と情けない声を上げました。
「(フン。守ってばかりでは、いずれその光の真理も削り取られるぞ。
小娘、よく聞け。奴は翼を振るうたびに、周囲の魔力を吸い込んで『疑似的な重力圏』を作っておる。
そこに入れば、貴様のヘポい操縦でも、少しはマシな軌道を描けるはずだ!)」
「疑似重力? ……わかった!
キャスカ、あいつの懐まで潜り込むよ!
振り落とされないでね!」
「言われなくても、あんたの腰を骨が折れるくらい掴んでるわよ!
早くあいつを斬らせなさい!」
アルマは意を決して、ホウキの柄に全力の魔力を流し込みました。
ケットル先輩の重石がグンと沈み込み、ホウキが凄まじい反動と共に加速します。
それは飛行というより、巨大な鉄球を投げ飛ばしたような、直線的で暴力的な突進でした。
「いっけぇぇぇぇ!!」
空底の捕食者が、予想外の速度で肉薄してくるアルマたちに驚き、巨大な口を開けました。
そこから放たれたのは、重力を極限まで圧縮した「黒い弾丸」。
当たれば肉体ごと空の塵にされる一撃です。
「(キタッ! アルマ、今だ!
鉄の真理を、一瞬だけ『爆発』させろ!)」
「多層シャボン・リアクター!!
ケットル先輩の重しを、弾けさせて!!」
アルマがホウキに取り付けられたシャボン玉を操作し、一瞬だけ魔導鉄の固定を解除しました。
その瞬間、重石が放つ凄まじい質量が、上昇魔力と反発してホウキを「斜め上方」へと強引に弾き飛ばしました。
ノアがそのタイミングを見計らって魔力を上書きし、一行は黒い弾丸をわずか数センチの差で回避したのです。
「今よ、キャスカ!!」
「待ってましたぁぁぁ!!」
ホウキが空底の捕食者の頭上を掠める瞬間、キャスカが獲物を狙う鷹のように跳躍しました。
無重力下でのジャンプは、一度飛び出せば修正不能。
しかし、彼女の腰にはアルマの放った「シャボンの鎖」が、しっかりと繋がれていました。
「――っ、切ない剣・十六夜!!」
銀色の閃光が、捕食者の巨大な目を横一文字に引き裂きました。
怪鳥が苦悶の声を上げ、その巨大な体がバランスを崩して沈み込みます。
「(――仕上げだ、小娘!
奴が怯んだ隙に、奪われた重力の残滓をすべてこのシャボンに詰め込め!
ケットルが残した真理の欠片を、この空の王の脳天に叩き落としてやるのだ!)」
「わかった!
みんな、力を貸して!!」
アルマの杖に、アリスの光、ジャムの熱量、そしてキャスカの闘志が流れ込みます。
ホウキに吊り下げられていた鉄の重石が、アルマのシャボン玉によって何倍にも膨らみ、もはや一つの「小惑星」のような質量へと変貌しました。
「――沈みなさい!! ――ヘビー・シャボン・メテオ!!」
ドォォォォォォォォォォン!!
音のない空に、重力の衝突による凄まじい衝撃波が走りました。
ケットル先輩のくれた「重み」を核とした巨大な一撃は、空底の捕食者を真っ逆さまに、遥か下方の雲海へと叩き落としていきました。
捕食者の核が砕け、あたりを支配していた不自然な浮遊感が、ゆっくりと正常な空気へと戻り始めます。
「……はぁ。……はぁ。……やった?」
アルマがふらふらになりながらホウキにしがみつくと、キャスカがシャボンの鎖に手繰り寄せられ、ボロボロになりながらもホウキの後ろに戻ってきました。
「……ええ、最高の感触だったわ。
でもアルマ、次はもう少し……、そうね。
逆さまにならずに飛ばしてほしいわ。
胃袋の中身が、ノアの言う『真理』に到達しそうだったんだから」
「あはは……。ごめん、練習しとくよ……」
「(フン。……。
まあ、及第点だ。
泥臭い勝利だが、地を這う者の意地は、あの傲慢な空の王に届いたようだな。
おい、アルマ。……。
この激しい戦闘で、我の胃壁は極限まで磨り減っておるぞ。
……分かっておるな?
この戦果に見合う、最高級の『重厚なるササミ』の封印を解く時だ)」
ノアが満足げに喉を鳴らし、アルマの肩にどっしりと座り直しました。
空に開いた穴は塞がり、雲海には穏やかな夕陽が差し込み始めています。
ケットル先輩から受け継いだ「重み」を胸に、最弱パーティの旅路は、また少しだけ誇らしげな響きを伴って、次なる冒険へと続いていくのでした。
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