第43話:砂漠の夜明けと、小さな凱旋
「……おい、小娘。断言するが、この遺跡から地上へ戻る道のりは、行きよりも三倍は過酷だ。……我の髭が、魔力の重圧から解放された反動で、急激な『空腹という名の重力』を感知したぞ。……これは、勝利という名のササミが、我の喉元を通り過ぎるのを今か今かと待ち侘びている兆候だ」
『虚無の回廊』の心臓部を沈め、一行は再び地上へと帰還した。
縦穴を這い出し、砂漠の地平に顔を出した瞬間、彼女たちを待っていたのは、夜の帳が下りる直前の、燃えるような紫色の空と、涼やかな風だった。
「……ま、眩しい……。……でも、空気がおいしい……」
アルマは砂の上に大の字になり、深く息を吸い込んだ。
肩の上では、ノアが「ふにゃり」と力なく潰れ、アルマの頬に熱を分け与えている。
遺跡の中での極限状態から解放され、安堵感が一気に押し寄せてきた。
「……生きて帰ってこれたわね。……一時は、自分の名前さえ忘れそうになったけど」
キャスカが、砂に汚れた剣を鞘に納め、隣に腰を下ろす。
「……ジャムさん、アリスさん。……ありがとうございます。……お二人の支えがなければ、私、途中で消えていたかもしれませんわ」
「……お礼を言うのは、私の方ですわ、アルマさん。……あなたのあの七色のシャボン玉、本当に綺麗でした……」
四人は、静かに夜明けを待つ砂漠の静寂を共有した。
かつて学園の隅で「見習い」として肩を寄せ合っていた彼女たちは、今、地図にも載らない死の地を制し、確かな自信をその胸に灯していた。
「……ここで別れだ、魔法使いたちよ」
ザイドが、月明かりを背にして砂丘の上に立っていた。
その手には、先ほど遺跡から回収した『古代の循環の種』が収められた金属箱が、アルマの手へと手渡されている。
「……お前たちの戦いは、砂の民の記憶に刻まれた。……王都へ戻り、その種を芽吹かせるがいい。……枯渇を恐れず、自分たちの『意味』を信じ続ける限り、砂漠の嵐もお前たちを飲み込むことはないだろう」
「……ありがとう、ザイドさん。……。……私たち、忘れないよ。……この砂の温かさも、ノアの重さも」
「(……フン。……さらばだ、砂の男。……。……次に会うときは、貴様の部族に伝わる『秘伝の乾燥肉』のレシピを、我が真理の書に書き加えさせてもらうぞ。……首を洗って待っていろ……いや、肉を干して待っていろ!)」
ザイドはわずかに口角を上げると、音もなく砂の向こう側へと消えていった。
数日後。
一行を乗せた魔導列車が、懐かしい王立アカデミーの駅へと滑り込んだ。
ホームには、どこで聞きつけたのか、エドワード先輩がいつもの眼鏡を光らせて待ち構えていた。
「……やあ、ベルンさん。……随分と、いい顔をして帰ってきたね。……その日焼けした肌と、少しだけ逞しくなった杖の振り方……。……素晴らしい、予測以上の成長データだ」
「……エドワード先輩。……ただいま戻りました。……。……これ、約束のものです」
アルマが金属箱を差し出すと、エドワードはそれを恭しく受け取った。
これによって、王都を脅かしていた魔力枯渇の危機は去り、新たな魔導の可能性が拓かれることになる。
「……ご苦労様。……今夜は、学園長から特別な『慰労会』の許可が出ているよ。……君たちの食べたいものを、何でも用意させよう」
「(――なっ!? ――何でもだと!? ――おい、眼鏡! ――言ったな! ――言ったな、今! ――我は、最高級のツナと、ササミの燻製と、あと……あと、砂漠で見つけ損ねた『伝説の干し肉』を再現しろ! ――今すぐだ!)」
「……あはは。……ノア、まずはサラダからだよ?」
「(――ヌォォォォッ!? ――またか! ――また野菜からなのかぁぁぁぁ!)」
アルマの笑い声が、夕暮れのホームに響き渡る。
砂漠での死闘を終え、彼女たちの日常が再び始まる。
けれど、その日常は、以前よりも少しだけ誇らしく、そして新しい風に満ちていた。
見習い魔法使いたちの第2章。
それは、砂漠の乾いた風を、確かな「恵み」へと変えて、幕を閉じたのである。
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