冬至祭
南部では馴染みが薄いが、北部では夏至と冬至を大々的に祝う習慣があった。雪に閉じ込められた北の人々は、その鬱憤を晴らすように火を焚いて集い、賑やかに騒いで最も長い夜を過ごすのだった。
デュノールの砦でも、毎年冬至の夜に内輪で祝宴を開いていたのだが、今年はパスカルの事件やエンゾの葬儀、ディミトリの負傷、その後の王軍との攻防まで重なってしまった。誰もが開催を諦めていたところ、ディミトリが催行を指示した。
それで、冬至から二十日近く経った今日、新年の祝いを兼ねた冬至祭が開かれる。
朝から、砦の住人が総出で居館の前の雪を片づけ、薪を組んで篝火の準備をした。周囲には天幕が張られ、即席の竈と酒樽が置かれる。
「こんな時だからこそ結束を固めるためだって言ってたけどね……本当はイザベルに思い出を作ってあげたいんだと思うわ」
オルガはドレスの裾を縫いながら、笑いを含んだ口調で言った。軽やかなのにどこか寂しげだった。彼女がディミトリの心中を代弁するときは、いつもこんなふうだ。
イザベルは手元に目を落とした。
寸法を直しているのは、オルガから譲られたドレス。薄い杏色の毛織物で、襟はなく、胸元とベル型の袖に美しい刺繍が施されている。装飾は少なめだが、流れ落ちるように体の輪郭に沿う。
窓の外からは人のざわめきが聞こえてくる。準備を終え、身支度を調えた住人たちが集まってくる頃合いだ。
オルガは縫い止めた糸を歯で切って、ドレスを広げた。
「さ、できたわ。きっとあなたに似合うわよ」
「オルガさん、あのね……正直に答えてほしいんだけど……」
イザベルは意を決してオルガの目を見た。渇いた喉に声が張りつく。
「あたしに早く家に帰ってほしいって思ってる? ディミトリが昔の恋人を思い出すから」
表情を強張らせるオルガに、訊かない方がよかったと後悔したが、今さら止められなかった。
「あたしの存在がオルガさんを傷つけてるのなら、春までディミトリとは顔を合わせないように気をつけるわ。なるべく部屋から出ないようにする! だから……」
イザベルの手を、オルガの両手が握った。彼女は髪が乱れるほど大きく首を振った。
「ごめんなさい、イザベルに気を遣わせるなんて……あなたは何も悪くない。悪いのは私。まったく、いい年をして……」
オルガは肩を落として、苦い薬を飲んだように顔を顰めた。きつく寄った眉根に、申し訳なさと恥ずかしさが入り混じっていた。
「あたし、ここにいても迷惑にならない?」
イザベルが恐る恐る尋ねると、オルガはもちろんよと答え、それから反対にイザベルの目を覗き込んだ。イザベルの態度から何かを感じ取ったようだ。
「イザベルは、家に帰りたくないの?」
ごまかすことができず、イザベルは俯いた。
「自分でも分からない。お母さんの過去を知って、まだ気持ちの整理がつかないの。いっそこのままここで……新しい場所で暮らしていきたいって思うのは、子供の我儘かな?」
「我儘とは思わないわ。でもイザベル、あなたは自分で選べる。それは幸せなことよ。私は選べなかった」
穏やかな返答に、イザベルはハッと胸を突かれた。
他人のせいで捻じ曲げられた運命でも、それを受け入れ、居場所を見つけ、愛する者のために戦えるオルガが、とてつもなく尊く思えた。
(この場所であたしにすべきことがあるとしたら、それはこの人のための何かだ)
そう、気づいた。
居館の前には、すでに住人たちが集まっていた。
男は襟の高い上着、女は裾の長いワンピースとレースの髪飾りを着けていて、普段とはちょっと違う雰囲気だ。
篝火が四基ほど焚かれているが、中央で三角形に組まれた薪にはまだ火が点いておらず、冷たい夜気にイザベルは二の腕を擦った。
杏色のドレスに黒いマントを羽織ったイザベルが姿を見せると、人々のざわめきがぴたりと収まった。下品な口笛が飛んでくると覚悟していたイザベルは、拍子抜けしてしまった。
「何とまあ見違えたもんだ! あんた本物だったんだねぇ」
ナタリーがしげしげとイザベルを見る。イザベルは気恥ずかしくなって俯き、オルガがそんな彼女の背中をぽんと叩いた。
イザベルには、オルガの方がよっぽど美しく見える。瞳と同じ色のドレス、白いマント――中央で待つディミトリの傍らに進むオルガは、女王のようだ。いつもより開いた胸元からは、青い石の首飾りが覗いている。
イザベルは顔を上げて、トリスを探した――いた。薪を挟んでちょうど反対側だ。刺繍の入った上着がよく似合っている。トリスもイザベルに気づき、パチパチと瞬きを繰り返した。
下男たちが皆に松明を配る。イザベルも受け取って、他の人がやっているのを真似て篝火から火を取った。そのままトリスの所へ行こうとしたら、ディミトリに目配せで止められた。
約四十本の松明が薪を囲んで円になる。
炎に照らされた仲間たちの顔を眺めて、ディミトリは厳かに言った。
「今夜は一年で最も長く、最も深い闇の夜だ。雪はいまだ解けず、氷は厚い。冬は俺たちを食らおうと息を潜めている」
松明が高く掲げられ、声に力が満ちた。
「だが今夜、ここに寒さはない。さあ火を焚け! 酒を注げ! 最も深い夜の底から、明日の太陽を引っ張り出すぞ!」
ディミトリが松明を薪へ投げ込むと、タールを仕込んでいたのか、一気に火柱が夜空へと駆け上がった。他の者も次々と松明を投げ入れる。
イザベルも同じようにした。凶暴な火力で、頬が痛いほどだった。
歓声が上がり、祭りが始まった。
素人楽師たちがフィドルやフルートの演奏を始める。剣を楽器に持ち替えてもなかなか様になっていた。荒削りな演奏に野次を飛ばしながら、集まった者たちは手を繋いで踊り出した。
「イザベル! すごく素敵だ!」
甘い蜂蜜酒で喉を潤しているところへ、トリスが飛んできた。着飾ったイザベルの姿に目を輝かせている。
イザベルは恥ずかしくなって、
「こういうドレス初めて着たから……へ、変じゃないかな?」
「似合うよ。あんまりきれいなんで見惚れちまった。俺と踊ってくれる? お嬢様」
気障な仕草で腕を差し出すトリスに、イザベルは噴き出してしまった。喜んで、と答えて手を添える。
「気取んなよ、色男!」
エディモンがトリスの腕を掴んで、二人纏めて踊りの輪に引っ張り込んだ。
太鼓のリズムに合わせたステップに決まりはないようだった。めちゃくちゃな足運びでも誰も気にしていない。トリスはイザベルを引き寄せ、他の組の間を軽快に移動しながらくるくると回った。
「はい、もう一度回って……上手い上手い!」
「やだもう、目が回るっ……」
酒精のせいかすぐに体が温まって、イザベルは笑いが止まらなかった。トリスも笑いながら、傷痕の残る額でイザベルの額にこつんと触れた。
「……キスしていい? イザベル」
「駄目。最初からちゃんとやり直して」
「最初から?」
「好きだって言って――真剣に」
トリスは気まずげに天を仰いだ。以前に食糧庫で、事実をごまかすために雑な告白をしたことを思い出したのだ。
すぐに覚悟を決めたようにイザベルを見詰めたが、
「トリスぅ、お姫様を独り占めすんのは狡ぃぞ。替われ替われ」
背後から太い腕が首元に回されて、ぐえ、と悲鳴を上げた。
ひとしきり踊ると相手が交替となるらしい。マルタに連れて行かれるトリスに手を振り、イザベルはロジェの腕に掴まった。
踊りは次々と変化する。全員で手を繋いで火を囲み、おかみさんたちと競うように速いステップを踏んだ。卑猥な冗談を飛ばす奴には肘打ちを食らわせて、周囲と一緒に大声で笑った。
黒い夜空に火の粉が舞い上がる。マントはとっくに脱ぎ捨てていた。
イザベルは高見の見物を決め込んでいるディミトリに駆け寄って、その手を引っ張る。手下どもが囃し立てるので、彼は渋々といった様子で輪の中にやってきた。
苦手なのかと思っていたら、ディミトリの踊りは存外に達者だった。脚裁きは器用だし、動きも俊敏だ。ぐいぐいとイザベルをリードしていくくせに、腰に添えられた掌はもどかしいくらいに優しかった。
「はしゃぎすぎだ、イザベル」
と、大人の声で窘める彼に、
「お母さんが見たら怒るかしら」
イザベルはわざと子供っぽく首を竦めた。
ディミトリの肩越しに、イザベルはオルガを見た。彼女は周囲の男たちと会話をしていたが、薄い青の視線は泳いでいて、心ここにあらずといった感じだった。
体は火照っているのに、頭はひどく冴えている。
かつて母と愛し合った男の腕の中で踊りながら、イザベルは、ある決心をした。




