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あだ名は「遺物の手」、貴族の世界よ、さようなら

カイラはにやりと笑って、ぴょんと跳ねた。マイロとエイロは踵を返し、天幕の中へと戻っていく。カイラは別の天幕へ消え、やがて昨夜見た巨大な深紅の大剣を抱えて現れた。「あ、危うく忘れるところだった」肩で息をしながら言う。「神から取り上げたやつ。あなたの新しい手なら、うまく扱えるはず」 彼女は得意げに笑った。大剣は彼女の身長よりも長く、背負うように肩に担がなければ運べない代物だ。


アストラがそれを受け取る。右手で柄を掴んだ瞬間、がしゃんと派手な音を立てて地面に落ちた。焚き火の輪から笑いが起こる。


「反対の手で持ってみなよ」カイラが笑いながら言った。


アストラはまた頬を赤くし、左手で柄を握り直す。すると、あっさりと持ち上がった。「……おお」思わず漏らし、そのまま軽々と一振りしてしまう。彼はきょとんとしてカイラを振り返った。「でも……さっきは重すぎて持ち上がりもしなかったのに」


カイラは彼の右手を指しながら、こくんとうなずく。「そっちはただの人間の手」それから左腕に視線を移し、にやり。「で、こっちが神の手。とんでもない膂力がついてくる。おまけに、たぶん“術”めいた力もね。あの手は“贈り物”であり――“呪い”。怒りに任せて振るえば、お前を喰う。でも……うまく使えば、何を成せるかは誰にもわからない」


アストラは眉間に皺を寄せた。「でも……君だって軽々と持ち上げてただろ」


彼女は笑いながら、ほんの少し頬を染めたように見えた。「私はカイラ・ライオンズブラッドよ。山獅子の力がたくさん詰まってる。――さあ、あなたの家はどっち?」


アストラは周囲を見回し、途方に暮れる。彼にはどの木も同じに見えた。「わ、わからない……」と呟く。


カイラはくるりと向き直り、鼻先を風に向けて「ふむ」と短く息を吸った。「じゃあ、あなたを拾った場所まで戻ろう。そこから匂いを辿れば道筋はわかる」


「そんなこと、できるのか?」アストラが問う。


カイラはうなずき、笑って森の中へ駆け出した。「山獅子は狩人。追跡は体に染みついてるの」アストラはその身のこなしに見入った。とりわけ、あの途方もなく長い脚の動きに。


「早くおいで、レリックハンド! 日が暮れちゃう!」彼女が振り返って声をかける。


アストラは走りながら叫んだ。「今、なんて呼んだ?」


「レリックハンド!」


ふたりは森の縁に身を潜め、眼下の村――カエルス王朝の村――を見下ろした。夜の帳が降りかけているというのに、昼のようにくっきりと見える。アストラはその一点が、うまく呑み込めなかった。


「カイラ……?」彼は小声で呼ぶ。


「なに?」彼女は首だけで振り返る。


囁くように尋ねる。「どうして……こんな暗さでも見えるんだ?」


カイラはふっと笑い、こらえきれずにもう一度笑った。「その手、役に立つでしょ」そして結ぶ。「たぶん“神の手”のせい。感覚が鋭くなってるはず」


アストラは無言でうなずいた。なぜだろう、とカイラは思う。彼は戻りたくないのかもしれない。新しい手が、彼にとって屈辱なのだろうか。


カイラは問いというより提案の調子で言う。「さ、門が閉まる前に入ったほうがいいでしょ?」


彼がうなずくや、彼女は草むらに身を伏せたまま城門へ向けて飛び出し、地を這う姿勢で疾走した。アストラもすぐあとに続く。巨大な木の門が閉まりかけるちょうどその瞬間、ふたりは滑り込むように通り抜け、体を起こした。村の中は土の道と木造の建物ばかりで、緑は一切ない。


「それで、どっち?」カイラが周囲を見回しながら尋ねる。ここが初めてなのだろう、とアストラは思った。もしそうなら、彼女は木造の巨構に圧倒された気配を、うまく隠している。


「えっと、こっちだ。ついてきて」アストラは砂埃の舞う路地に足を踏み出した。人影はまばらで、ほとんど無人に近い。最初に彼が向かったのは、出入口の上に三日月の刻印が彫られた家だった。窓から中を覗き込むまで、カイラに身を屈めて隠れるよう合図する。だが、隠れる相手は見当たらない。誰もいない。「ふん」アストラは鼻を鳴らす。


次に、入口の上に稲妻が刻まれた家を指し示す。同じ手順――同じ結果。やはり空っぽだ。


カイラは濃い眉を弓なりにして言った。「まるでゴーストタウン。ほんとに道、合ってるの?」


アストラはうなずく。「合ってる……ちょっと、寄り道してるだけだ」


「でしょうね」カイラは肩をすくめ、彼の後ろについた。


それから彼は、他の家より少し大きな邸へ駆け寄った。出入口の上には七芒星が彫られている。ふたりはポーチに身を伏せ、窓からそっと覗き込んだ。


アストラがこれまで見た中で、最も人で溢れた家だった。森へ行けとそそのかしたフルメンとセレネの両親。もちろん、アストラの両親もいる。部屋の空気は重く、誰の顔も厳しい。


「……耳を澄まそう。今は中に入りたくない」アストラが囁く。カイラもうなずき、ふたりはじっと屋内の口論に聞き入った。


「――どういうつもりだ、フルメン! 森は危険だぞ! 挙げ句、アストラまで行方不明だと?!」怒号が響く。父親の声だ。


フルメンが情けない声でこぼす。「その……本気にするとは思わなくて……」


セレネが割って入る。「遊びのつもりだったんだ……」


その間、アストラの母は指を揉みしだいていた。彼女は夫――アストラの父――に問う。「まさか、キタニにさらわれたんじゃないでしょうね?」


「さらわれたぁ?」カイラが鼻で笑う。だがアストラの肘が脇腹に入り、彼女は口をつぐんだ。


父は答える代わりに大きく息を吐いた。「わ、わからん……だが――もしやつらがあいつに“場違いな手”の一つでも付けていたら、ただでは済まさん……」


「もし……もしも、あの子が“変えられて”いたら?!」母は悲鳴に近い声を上げる。


「変えられた? むしろ“助けられた”かもしれないじゃない」カイラが言い返すが、再びアストラの肘が合図を送る。黙れ、と。


父は口をつぐみ、「か、変えられた……だと?」と呟いた。


アストラはそっと大剣を下ろし、左手を掲げた。顔よりもなお大きく、ただただおぞましい。


「……行こう」アストラは小さく囁く。


カイラは沈んだ目で彼を見つめた。「挨拶もしないの?」


アストラは首を横に振る。「この手じゃ……怪物だとしか思われない」彼は剣を掴み直し、踵を返した。


「ひとつ忘れてるよ。今夜はもう閉門」カイラが城門のほうを顎で示す。


アストラは振り向き、素っ気なく問う。「門が、俺たちを止められると本気で思うか?」


カイラは白い歯を見せて笑った。「やっとわかってきたじゃない」門に辿り着くと、彼女は訊く。「で、作戦は? 越える? 潜る? ぶち抜く?」


「ぶち抜く」アストラはそれだけ答えた。


「望むところ」カイラは好きなだけ大きな声で言った。もう気にするべきことはなにもない。


「いち……にい……さん!」アストラが叫び、ふたりは同時に肩から門に体当たりした。鈍い轟音を上げて、門は崩れ落ちる。


「すげえ……もっと手強いかと思った」アストラは、ふたりの合力に自分でも驚いていた。


「忘れないで、レリックハンド。私たちが誰かを」カイラは笑む。


アストラも笑い返す。「で、私たちは誰なんだ?」


彼女は高らかに言い切った。「キタニの誰よりも強い、最強の二人!」


アストラは小さく笑った。自分はもう、キタニなのだ。生まれは貴族の子。けれど、今――生まれて初めて――彼は“自分が何者か”をはっきりと感じていた。アストラ・カエルス。レリックハンド。生けるキタニの中でも屈指の、強者のひとりとして。

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