各自の状況
試験に向けた訓練を開始してから約2ヶ月が経過。
月日の流れとは早いもので、実戦試験はあと1か月にまで迫っている。
各自の魔法も既に実用段階にまで仕上がりつつある、が。
まだ少々不安な事項が残っていたり。
ちょっと一時的に等倍速にして各自の様子を伺ってみようか。
「うむ、やはりここでこの花粉を散布してから、この植物の蔓を……」
オトザの進捗は順調。
他の生物を麻痺させる花粉を飛ばす花や、触手のような蔓を絡ませて捕縛する樹木など、様々な植物を操ることができるようになった。
順調すぎて面白みがないくらいになんの問題もなく試験に向けて手札を増やしていってるな。
「待て。上手くいっているのに面白みがないとはどういう言い草だそれは」
「ごめん、決してなんの問題もなく準備を進めているのがつまらんとかムカつくとかはよミスれとか言ってるわけじゃないんだ」
「言ってるも同然だろうが!」
そんな無難に優秀過ぎてつまらんオトザ君は置いといて、次はリーリャとゴルディア。
この二人には一緒に店長の下で、とある訓練を進めてもらっている。
「うわああぁああああ!! 死ぬ死ぬ! リーリャ勢いつけ過ぎだっての! もっと弱くしろ!!」
「るっさいわね! アンタこそもっと風魔法の出力上げなさい! サボってんじゃないわよ!」
「いやいやいや! オレこれでも精いっぱいだからな!? 頼むからもっと抑えてくれってあああぁぁぁあああ゙あ゙!!!」
「ははは、元気いっぱいじゃないか。若いねぇ」
ものすごい勢いで仲良く空へとすっ飛んでいくリーリャとゴルディア君を、補助の店長が微笑まし気に眺めている。
等倍速でもあんなに速いのかよ。こわ。
「こっちはどうにか形になってきたな。でもアレあのまま落ちたら死なねぇか?」
「あの小僧の魔法でどうにでもなるさ。……にしても、まさかあんな昔に書いた資料が今になって役に立つとは驚きだったよ。滅多なこともあるもんだ」
驚いたのはこっちのほうだ。
まさかこっちの世界であんな道具の設計図を目にすることになるとはな。
まさかアレってイチから店長が書いたのか? すごすぎでは?
「いんや。アタシの師匠んトコにあった訳の分からん本の中に書いてあったのをほとんど丸写しして、それをさらに改良していったもんさ。つっても、他に色々とやることがあったしぶっちゃけ作るのが面倒そうだったから、ファイルの肥やしになっていたがね」
「師匠ねぇ。じゃあその師匠さんが設計したのか」
「違うと思うよ。師匠と筆跡が違っていたし、どの国かも分からねぇ文字もちょいちょい書いてあったしな。多分、師匠の友人かなんかが残していったもんだと思う」
「ふぅん。つーか、店長の師匠について聞いたことねぇけど、どんな人だったんだ?」
「それは……」
「いやぁぁぁああああ!!!」
「ぎゃぁぁぁああああ!! 落ちる! 助けて!! ゼリアさんタスケテぇぇぇええええ゙!!!」
……店長が少し気まずそうに顔を逸らしたところで、上空からゴルディアたちの絶叫が猛烈な勢いで近付いてきているのが聞こえた。
どうやら空中での姿勢制御に失敗して墜落したっぽい。全然大丈夫じゃねぇじゃん。
「おっと、ほいほいっとな」
「ガボォッ!?」
「ゴボボォッ!!」
地面へ墜落する前に魔法で巨大な水のクッションを作り救助する店長。
普通あんな勢いで水面に叩きつけられたら最悪死ぬかもしれんが、上手く衝撃を分散しつつ受け止められるように形状変化させながら着水させおった。芸コマ。
「ゲッホゲホゲホ!!」
「ゲホケホッ……! し、死ぬかと思ったわ……クシュンッ!」
「お疲れさん。にしても、水魔法のクッションは便利だが毎度毎度びしょ濡れになるのが玉に瑕だな」
「ちべてぇえ……! もっとこう、風魔法とかで受け止めたりとかできねぇのかよぉ……?」
「贅沢言うな。視覚で判断できないから安全に受け止めるのが難しいんだよ。そんなに風魔法がいいのなら自分で咄嗟に使えるように鍛えろ小僧」
「へーい……」
「ほら、グダグダ言ってないで次よ次!」
「あだだだだ! 耳引っ張んなよリーリャ!」
ややモチベ低めなゴルディアだが、リーリャがいい感じにケツを引っ叩いてくれているのでサボっている暇もないようだ。
あのままならどうにか試験までには間に合いそうだな。
今やってる訓練が上手くいけば、例の蛮族国家こと東ザイドル帝国にリーリャの領地が侵攻されてもその対抗策として使えるかもしれない。
実際、月日が進むごとにクライン領への圧力が強まっていると報じられているし、そういった時のための運用も視野に入れておくべきだろう。
クライン領以外にもウチの王国と隣接してる国はあるが、王族や高位の貴族たちが婚姻を結んで友好関係を保ったりしてる国がほとんどだ。
東ザイドルからも婚姻の申し入れ……というか押し付けに近いお告げがあったそうだが、ウチの国はこれを拒否。
なんせアッチは『友好の証に婚姻を結ぶのであれば絶対にそちらの王族のいずれかを』とか言ってるくせに、自分のトコからはでっぷり太った男爵くらいしか寄越さないとかいう舐めっぷりだったとか。
んなもん断られるに決まってんだろーが。宣戦布告の挑発にしてもふざけすぎやろ。
そもそもこっちの国から出せる王族なんかもう残ってねーよ。確か王子も王女も全員婚約済みだし。
……ただ、一人を除いての話だが。
「……あ、あの、大丈夫ですか?」
「え、ええ……いやはや、よもやこうも容易くあしらわれるとは。白兵戦であれば、そうそう負けることはないでしょうな」
俺の護身術担当の講師相手に特訓中のマールだが、自分から攻撃をほとんど仕掛けない。
しかし、自由自在に体を変形させながら相手の攻撃を受け流したり、時には金属のように硬質化させて弾いたりと、相手をするほうはかなり戦いづらいだろう。
ただ、それはあくまでまともな白兵戦の話だ。
相手が本気で仕留めようと魔法で攻撃してきたら、どうしてもジリ貧になってしまうだろう。
実戦では防衛だけでなく自分から攻めることも必要になってくるだろうが……どうにもマールは誰かに手を上げることそのものを忌避している様子だ。
現に今も、マールに体勢を崩された講師に一撃入れられる場面で謎の硬直。
焦ってガードを固めた講師も拍子抜けをくらった気分だろう。
「ご、ごめんなさい……その、どうしても、体が強張ってしまって……」
「ふむ……少し顔色も優れないようですし、そろそろ休憩の時間です。一旦お開きにしましょうか」
「……すみません……」
申し訳なさそうに頭を下げるマール。
その心中のほどは如何に……とか思うところなんだろうな。事情を知らなきゃの話だが。
「マール、あっちのガゼボにアイスクリームが用意してある」
「!」
「ゆっくり味わいながら休んどけ。そんでその変に気負って強張ってる顔をちったぁ緩めな」
「は、はい」
暗くなっていた顔をほんの少し綻ばせ、ガゼボのほうへ向かうマール。
ふふふ、ウチの専売限定氷菓子を気にいってくれたようでなにより。どこぞの士爵令息もさらにデブるくらいには貴族たちからも好評だからな。
前世の趣味で洋菓子とか作るのを無駄に試しまくってた経験が活かせてるなー俺。
マールがガゼボに向かったのを見送ってから、組手担当の講師に声をかけた。
「先生、マールについてなにか特筆すべきところは?」
「ご覧のとおり、防衛能力については私をしのぐほどです。しかし、相手に手を上げるとなると途端に躊躇してしまうようで」
「ですよね」
「もしもそれを克服できれば敵なしと言っていいでしょう。凄まじい素質をお持ちですよ」
この講師にここまで言わせるとはね。
だからこそ今の状態はもったいないなぁ。どうにかできないもんかね。
「……しかし、ある意味今のままでいたほうがいいのかもしれません」
「え、どうして?」
鍛練からくる発汗とは違う、脂汗を滲ませつつ眉間にわずかな皺を刻み、講師が言葉を続けた。
「途中で硬直するのが分かっていても……彼女が攻撃態勢に入ると言い表せない悪寒というか、なにか名状しがたい感覚に襲われることがあるのです……」
「まあ、あれほどの魔法が攻撃に転じるとなったら恐ろしいでしょうね」
「いえ、それだけではなく……すみません、自分でも上手く言い表せないようで。少し私も休んできてもよろしいでしょうか?」
「? ええ、お疲れ様です。あ、先生の分のアイスも休憩室に用意してありますので」
「ありがとうございます」
……なーんか奥歯にものが挟まったような言い方してんな。
いつもはキビキビはっきりものを言うのに、珍しい。
あるいはそのへんも、マールの事情が絡んでるのかねぇ。
まあいい。最悪、マールには俺を抱えて走り回ってもらうだけでも充分だ。
いざ本番になって『実戦のなかで克服したぜ!』みたいな都合のいい話があるわけねぇし。
各自の状況は大体把握できたな。
残りの一ヶ月間は、近くの森で試験に向けて本番に近い形での実戦訓練に入ってもよさそうだ。
さて、学園に残してきたアイツのほうは上手くやってんのかね?
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「契約魔法を一時的に無効化する特殊な魔道具よ。これが起動している間は、契約魔法の影響を受けずにいられるわ。貴重なうえに使い捨てで効果時間もほんの数分だけど、あなたから情報を聞き出すのには充分な時間よね?」
「こ、このようなものをいったいどこで……!?」
「ウチと縁のあるモグリの魔道具屋よ。お茶会で噂程度に耳にした魔道具だけど、まさか本当にあるとはね。大枚叩いて手に入れたものだけど、その甲斐あってこうして本音でのお話を伺えるってワケ」
それは、黒い箱に金色の模様……いや文字が上の面にあしらっている奇妙な魔道具だった。
その文字は公用語とはまったく違う、しかし私には見覚えのあるもの。
おそらく彼女にはそれが読めないのだろう。
しかし、私には読めてしまう。
誰がなんのために作ったのか、その意図さえも。
「さぁ、話してちょうだいメディア。あなたのご主人さまのことを。そうすれば、とてもいい思いをさせてあげるわよ? ほら、報酬もたっぷり用意してあるでしょう」
用意された袋の中には、大量の金貨。
平民ならば数年は遊んで暮らせるほどの金額であると、一目で分かる。
「ご、ご主人様は……あのガキは、私を―――」
「ふふふ、いい子ね。試験が終わった後に、あなたもラインと一緒に私のところへいらっしゃい。手厚く歓迎するわよ」
「あ、ありがとうございます……メリーナリス様」
「くくくっ……獅子身中の虫がどれほど恐ろしいか、身をもって知るといいわライン。あはは! あっはははは!!」
お読みいただきありがとうございます。




