血の繋がった他人
苦い。
料理の味つけに問題があるわけじゃないのに、ひどく苦く感じる。
もう野垂れ死んだと思っていた。
親から与えられた名前を半分捨てて、家名すら変えて再び現れた実弟。
我が家の疫病神、ラインハルト。
そいつが特待生として学園に入学してきて、同僚たちと談笑しながら料理を貪る様に、吐き気すら覚えた。
「一つ聞いてもいいかしら?」
「ええ、もちろん」
余裕面で笑みを浮かべる様は、以前のラインハルトとは全く違う。
いつもおどおどしながら、表情を変えないようにひたすら無表情だったころよりも憎たらしく思えてくる。
その笑顔の仮面、今すぐ引っぺがしてやるわ。
「マオルヴォル子爵に息子がいたなんて今日初めて知ったのだけど、本当に実子? 子爵はまだお若い女性だったことは知ってるけれど、あなたくらいの歳の子供がいるのかしら?」
「いえ、実は養子なのですよ」
「え、ラインって養子なのか?」
「ええ。行き倒れていたところを義母上に保護されたらしく、そのまま養子として迎え入れられることとなったようです」
『らしく』……『ようです』?
まるで他人事のような話し方に違和感を覚えた。
ラインの同僚たちも訝し気に首を傾げている。
「なんか曖昧な言い方だな」
「ひどく痩せ細っていたようですが、どうにも拾われる前の記憶がほとんどないのです」
「記憶が、ない……?」
「はい。ただ、長くひもじい思いをしていたことはなんとなく覚えているので、おそらく日々の食事もままならない浮浪児か捨て子だったのでしょうね」
「捨て子……」
淡々と、なんということもなさげに言い放つラインを見ているとますます苛立ってくる。
……なぜ、そんなに余裕な顔のままで、そんなことを話せるのよ。
「……よくそれで入学しようと思ったわね。魔法学園は血筋にうるさいわよ? 元が子爵家の血を引いていない捨て子と知られれば『下賎な平民』と揶揄してくる者も多いでしょうね」
皮肉を籠めてそう言うと、ライン以外の全員が苦々しく表情を歪めた。
特に茶髪の男子がこちらを睨みつけながら、今にも食ってかかってきそうだ。
「ちょっと待てよ先輩! いくらなんでもそんな言い方―――」
「ええ、その通りです」
茶髪の男子がこちらを非難する途中で、ラインがはっきりとそう言ったのが耳に入ってきた。
「私には、レオポルド様のように由緒ある高貴な青き血など流れておりません」
……っ!
知ってか知らずか、私との血縁を否定するような物言いをするライン。
こちらの心中にもお構いなしに、張り付けたような笑顔のままで言葉を続けた。
「しかし義母上と血の繋がりはなくとも、子爵家に恥ずかしくない自分でいられるように努めてきたと自負しておりますし、これからもそれを怠るつもりはありません。そのために、御同輩の皆やレオポルド様のような素晴らしい先輩方を見習わせて頂きたいとも思っています」
「……それは本当に子爵家のためなの?」
「? なにか、疑問でも?」
「たとえば、名を上げて有名になれば本当の両親に見つけてもらえる、なんて私欲の思惑があったりしない? あわよくば、もう一度本当の親に受け容れてもらおうとか考えてたりするんじゃないのかしら?」
「……っ! おい!!」
茶髪の男子が席を立ち、私を睨みながら吠えた。
怒って当然。新入生、それも特待生にかける言葉じゃないことは百も承知。
それでも口を開くのを止められない。
アンタは……ラインハルトはどこまでいっても自分自身のためにしか生きられない浅ましい人間なんだと分からせてやろうと、さらに追い打ちをかけてやろうとしたところで―――
「いいえ、微塵も」
「……え」
「私にとっての家族とは、義母上だけです」
当たり前のように、まったく声を震わせることすらなく、実弟はそう答えた。
「私を生んでくれたことに関しては、実の親に感謝しています。しかし拾われてから今日まで健やかに育んでくれたのは紛れもなく義母上です。ゆえに、もしも実の親兄弟が名乗り出てきたとしても、私にとってもうそれは血の繋がっているだけの他人ですので」
血の繋がっているだけの他人と、実弟の口から吐き出された言葉に耳を塞ぎたくなった。
優しい、本当に優し気な笑顔のまま、自覚があるのかすら分からない絶縁宣言を淡々と告げられたのだから。
「……そう。邪魔したわね、悪いけどもう行くわ」
「おや、あまり召し上がられていないようですが? もっとごゆっくりなされては」
「食欲がないのよ」
「なら、こちらのレモングラスティーはいかがですか? 私も食欲のない時はよく飲むので―――」
「うるさいわね……いらないって言ってるでしょ!」
ラインがしつこく引き留めようとするものだから苛立ってきて、怒鳴って席を立った。
「レオポルド様」
早歩きで去ろうとする私に対し、なおのこと後ろから声をかけてきた。
無視してさっさと行こうとしたけれど……一瞬足を止めてしまった。
「新入生の我々に対するお心遣い、感謝します。願わくば親切な貴女様の心に、春の温かい風が運ばれますように」
「っっ……!!」
振り返らずにそのまま去った自分の自制心を褒めてやりたい。
もしもラインの顔を見ていたら……どうなっていたか、自分でも分からないから。
~~~~~
『私はね、春の風が好きなの。温かく、心まで温かくしてくれる魔法のようで、寝たきりの私の心を満たしてくれているように思えるから』
『もしもここから居なくなってしまっても、その風に乗って、あなたを見守っているわ』
『だから、どうか を、よしなにね。仲良く手を取り合って―――』
『泣かないで、メリーナ。あなたの心にも、春の温かい風が吹きますように』
~~~~~
「メリーナ様、お呼びですか?」
「また、誰か生意気な奴でも現れたので?」
「……ええ。ちょっとやんわりと諭してくれると、嬉しいのだけれど」
「お任せを」
「では、いつものように」
許さない。
絶対に許さない。
絶対に幸せな人生なんか送らせてなるものですか。
お前の命は私のものよ。一生奴隷としていびり倒してやるわ。
~~~~~
フィーヒヒヒ!! たーのしー!! ゲラゲラゲラ!!
めっちゃ挑発してくるもんだから丁寧丁寧丁寧に優しく返答してあげたら去り際耳真っ赤にして震えてたわ! かわいーなー! いややっぱ全然可愛くないわ死ね。
「す、すげぇなお前……。あんだけ失礼なこと言われてたのに、よく澄まし顔でいられるもんだ」
「いえいえ、気にしていませんよ」
ゴルディア君たちがちょっと引いてるが、あんくらいは朝飯前よ。
もっとねちっこい責め方してくるもんかと思ったが、予想よりあっさり終わった。
はっ、マジちょろいわ。甘ちゃんめ。
さてさて、これで毒姉は完全に俺をマークしたはずだ。
『ラインは記憶喪失である』という嘘情報も伝えてやったし、上手くいけばむこうから網にかかってくれるだろう。
そのためにメディアを連れて来たんだしな。このままトントン拍子にことが進めばいいんだが、どうなるやら。
……にしても、あの苛立ちっぷりよ。
ゲロ吐き散らしながらラインの記憶を読み取った甲斐があったってもんだ。
あの毒姉は『大切な思い出を穢された。絶対に許さない』とか思ってんだろうな。
ちゃんちゃらおかしいわ。穢してんのはテメェだろクソガキが。
お読みいただきありがとうございます。




