初日の挨拶
学園へ入って、晴れて毒姉ことメリーナと接触するチャンスを掴むことはできた……が、今はこちらから接触するつもりはない。
仮に毒姉のほうからちょっかい出してくるなら話は変わってくるが、今は互いに様子見するのが安パイということくらいはアイツもよく分かっているだろう。
……焦るな。メディアにそうしたように、あの毒姉に相応しい報復の機会は必ずやってくる。
それより今はクラスメイトの顔と名前を覚えることが優先だ。
入学室が終わり、それぞれの教室へ案内されていく。
俺が案内されたのは特待生用の特別クラス……ではなくごく普通の新クラス。
この学園では年齢ではなく、1~5までの等級によってランク付けされていて、俺たち新入生は全員5等級からのスタート。
一緒に案内された同期の子供たちを一通り眺めてみたが性別・年齢・体格にかなりバラツキがあるようだ。
9歳の俺が最年少っぽいが、中には二十歳近い青年まで混じってた。
入学式の時にこんなヤツいたっけ……?
「は~い皆さま、ご入学おめでとうございますー。5等級担当教師の『アリステア』と申しますー。今後ともよろしくお願いしますねー」
やたらと語尾を伸ばす癖のある、妙齢の銀髪ポニテ女教師が始まりの挨拶をした。
教員にしちゃおっとりした印象だが……実は中身はヤベー女傑でしたって例が身近にいるから油断はできねぇな。
「本日より、皆様は5等級の学生として共通の一般学業の他に、各部門における魔法の使い方などを学んでいただきますー」
魔法学園では文字の読み書きやら数学なんかも一応学んでいくが、メインはあくまで自身が使える魔法の鍛錬・実験・実用化だ。
それぞれどの部門に進み自身が扱う魔法を磨いていくのかは、入学前に希望を出して決めてある。
ちなみに、使える魔法属性ごとに分けたりはしない。魔法ごとの使い道は一つとは限らないからだ。
例えば土属性魔法を使えるなら農耕や土木または建築部門など、様々な分野で活躍できるだろう。
「では、各部門ごとに班を分けますねー。土木建築部門はこちら、衛生医療部門はこちらですー。次に軍事部門はー……」
数百人もの新入生たちを工業高校の学科分けの如く、要領よく班分けしていくアリス先生。
意外に仕事が手早い。やはりおっとり系有能教師だったか。
俺が選んだのは『軍事部門』。
主に野生の魔物の駆除や他国から侵攻してくる軍隊などを迎え撃つ役割を担う部門だ。
ちなみに毒姉ことメリーナもこの部門。
剣が使えないとはいえ、曲がりなりにも武闘派のレオポルド家。
この学園で魔法の腕を磨き、将来はあのクソ父兄のサポートに回る予定なんだろう。
大体一部門あたりの人数は40~100人ほどのようで、この5等級軍事部門希望者は俺含めて50人。
さらにそれらを10ほどの組に分けて、1組あたりの人数は5人だけ。
あれだ、小学校のころにあった給食の時間に机を合わせるグループを分けるヤツ。丁度あんな感じ。
班分けが済むと各部門ごとの教室へ案内され、軍事部門の担任が挨拶を始めた。
……てか同じ人じゃね?
「はーい、皆さん席に着かれましたねー。先ほども申しましたが、私が5等級軍事部門担任のアリステアですー。今年入学された皆様は非常に有望ですので、すぐに進級されるかもしれませんねー。そうなれば短いお付き合いになりますが、よろしくお願いしますー」
えぇ……この先生、軍事部門担当なの?
やはりおっとり系女傑であったか。くわばらくわばら。
「さて、部門内全員の顔とお名前を覚えるのは大変ですので―、まずは同じ組のお仲間と自己紹介から始めましょうかー。それでは、各班ごとに自己紹介をしていってくださいねー」
進行、ちょっと雑じゃない? やる気あんのかこの先生。
そんないきなり自己紹介しろとか言われて、真っ先にやれるようなのはよほどの陽キャか自己肯定感高い奴でもいなきゃ難しいだろ。
「じゃあまずはオレから!」
あ、居たわ。
艶のある茶髪をオールバックに固めていて、自信に満ちている顔つきの少年が大きな声で自己紹介の先手を切った。
「オレはゴルディア、シャルクル侯爵家長男のゴルディアだ! 歳は13で、ユーパローって街の侯爵領主のドラ息子やってるぜ! よろしくな!」
自分でドラ息子言うなよ。
なんだこの陽キャを煮詰めて模ったような爽やか少年は。眩しすぎて失明するわ。
シャルクル侯爵家ってのは、確か400年近くも貴族を続けているかなり歴史の長い貴族の家だったな。
軽く簡潔に済ませたのも『自分ほど高位の貴族令息でもこんな挨拶してっから、そんなに気ぃ張るなよ』と周りを奮起させるためにあえてそうしたのかもしれない。
自分で言うほどアホな奴じゃなさそうだ。リーダー向きかもな。
「じゃあ次は私が。カレントストーン男爵家次男のオットゥーレンザだ。恥ずかしながら二十歳になって入学することになった。班の平均年齢を上げてしまって申し訳ないが、年上だからと変に気を使わないで接してくれると助かる。名前も『オトザ』と略してくれ」
2番手はやたら背の高い青年で、身長180半ば、いや190近くはありそうだ。
薄緑色の髪をお坊ちゃまスタイルに切り揃えていて……言っちゃ悪いがちょっとダサい。
ヒョロガリ体型で、かつての俺ほどじゃないが貧弱そうな印象。
挨拶からも少し卑屈さが滲み出てるな。もっと自信持てよ。
カレントストーン男爵家は……あんまり詳しいことは記憶にないな。
強いて言うなら男爵婦人が肝っ玉の座ってる人物だとかなんとか、そんくらいだ。
「……リーリャ。リーリャ・クライン。クライン辺境伯の第3女。13歳。以上」
次に素っ気なくそう言い放ったのは、暗い紫色のロングヘアを腰まで伸ばしたつり目の少女だった。
誰とも目を合わせないまま必要最低限の情報だけを淡々と言う姿に、少し冷たい印象を覚えた。
何も知らん人間からすりゃ『なんだこのすました生意気なガキは』とか思われかねないだろう。
この子がこんな態度をとっているのは、多分性格が悪いからとかそういうことじゃない。
クライン辺境伯の現状を知っている者であれば、察しが付くかもな。
「あ、あの、は、はじ、初めまして、え、ええと……あの、その……」
「落ち着きなって、大丈夫! 緊張してるのはみんな同じだからさ。そんなに気を張らなくていいぜ!」
「は、はいぃっ……! ま、マーリュ、じゃなくて、ま、マール、でしゅ……で、です。じゅ、11歳です、よ、よろしく、お願いします、です……!」
ゴルディア君に励まされ、おっかなびっくり言い淀みながらもどうにか必死に自己紹介をしているのは、桃色の髪をツインテールにした小さな少女。
眉を八ノ字のまま動かさず、今にも泣きだしやしないかと心配になるほどオドオドしてて、吃音症かと疑いそうなくらいにどもっていらっしゃる。深呼吸しろよ。
ふむ、家名がないってことは平民か。
やっぱり貴族専門の学園ってわけじゃないようだが、周りが貴族だらけなうえにこの気弱そうなナリじゃ肩身が狭そうだなぁ。
……てか、この子も軍事部門希望なの? ウソぉ。なんで?
「……ねぇ、次はアンタでしょ。早くしてよ」
「アッハイ」
おっとと、ボーっとしてたらリーリャちゃんに不機嫌そうな低い声で咎められた。メンゴ。
大トリは俺か。子供たち相手に、それもたかが自己紹介とはいえやっぱちょっと緊張しますね。
「御同輩の皆様、初めまして。マオルヴォル子爵家のラインと申します。まだ9歳の若輩者ではありますが足手まといにならぬよう、皆と切磋琢磨しあえるように努めて参りますので、今後ともよろしくお願いいたします」
華のように朗らかな笑顔を意識しつつ、聞き取りやすいようにハキハキと抑揚にも注意しながら挨拶した。
鏡の前で練習してたのをそのまま出力しただけだからなんの面白味もないが、まあ悪い印象は与えていないはず……あれ?
なんか、皆さんちょっと目を見開いたり訝しげに眉を顰めたりしながらこちらに注目してらっしゃるんですが。
……今の挨拶、どっか変だったか?
「……お前、本当に9歳か? そんなちっさいナリでこれまでどんだけ……」
「えらく丁寧な挨拶だな。まるでよくウチに売り込みに来る貴族御用達商会の会長みたいな胡散臭い笑顔だったぞ」
「……いえいえ、恐縮です」
ゴルディア君とオトザ君からそんな声が上がってきたが、営業スマイルで受け流しておいた。
よし、どっかミスったわけでも『俺、なにかやっちゃいました?』レベルのやらかしもしてないな。セーフ。
内なるオッサンオーラが漏れ出てしまったのは我ながら減点だが。
「……今は、『よしなに』じゃないのね」
「あはは……」
おっと、鋭い。
わざわざそんな細かいトコにツッコんでこないでくれやリーリャちゃん。
入学式の場には不適切な言い方だったことは自覚してるさ。
「あ、あの……し、失礼かも、ですが、いいですか……?」
「? なにか?」
「……ラインさんは、その、男性ですか、それとも、女性……?」
「男デス」
「えっ……」
「そ、そうですよね、ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
かまへんかまへん。もう慣れた。
……後ろのほうでゴルディア君がクソほどショックな顔してたのは見なかったことにしよう。
全員の自己紹介が終わったところで、今度は学園内をぐるりと一通り見て回ることになった。
学園のシンボルマークの時計塔から始まり、魔法の訓練場、魔道具や魔法薬の材料素材の栽培施設や加工場まで、とにかく魔法に関わる技術が揃っていた。
こうして見ると学園というよりも、非常に大きな会社工場のように見えてくる。
だが、あくまで学園は学園。
校内にいる人間の大半は成人済みの作業員ではなく、未成年の生徒たちだ。
……だから、この後あんな短絡的な行動をとるようなバカタレもいるということも、予想しておくべきだったんだ。
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