よしなに
月日の流れとは早いもので、子爵家へ入籍してからはや3年が経過。
そう、魔法学園へと入学する日がすぐそこまできてしまっている。
「……素晴らしい。座学面だけでも特待生として申し分ありませんな」
「恐縮デス」
入学前に筆記試験やら面接やら受けることになったが、全て問題なし。
座学試験担当の教員が舌を巻くほどの成果を出せたが、別にこれは俺が天才とかそういうことじゃない。
熟年オッサンの理解力に、幼い子供の吸収力と学習能力が合わされば当然の結果だ。
面接では趣味や特技、そして使える魔法の属性とそれを使って何ができるのか、また将来どのような用途で魔法を使おうと考えているのかなど、ぶっちゃけ日本でいう『資格や技能』を『魔法』に置き換えただけの形式的な物だった。
使える魔法属性については正直に話しておいた。別に隠すようなもんでもないし、遅かれ早かれいずれ知られる。
どの程度のことができるかについては、抑えて伝えておいたがな。
そしていよいよ入学式の日。
魔法学園の制服に身を包み、いざ出陣の時。
「ラ゛イィィイイイン!! 元気でね゛ぇぇぇぇえええ゛!! お手紙書いてよ゛ぉおおおお!!」
「いや週に2日はここへ戻りますから。そんな今生の別れみたいな泣き声上げるのやめてください」
「ああああああああ゛!!! やっぱ行かないでぇぇぇえええ!!」
「心折れるの早すぎだろ。ルキナ! 義母上がこっちに来ないように抑えといてくれ! いやホントに押し付けてごめんね!」
「は、はい……どうか、お気をつけて」
馬車で魔法学園まで送られていく俺を大泣きしながら見送る義母上とそれを必死に押さえつけるルキナ。普段の飄々とした女傑ぶりはどこへいった。
普段は学園寮に寝泊まりすることになるが、俺は比較的学園近くの家なので週に二日の休日には帰宅できると何度言えば(ry
……まあ、悪い気はしないが。
「にしても、まさかこんな形でお前と二人きりになるとはな」
「私もそう思います」
緩やかに揺れる馬車内の体面に座るのは、専属侍女メディア。
あれから3年経つが、今のところ目立った問題行動などは起こしていない。
……いや、義母上が暴走気味に俺を女装させようとしてくる際に、一緒になって鼻息荒くファンシーな衣装を勧めてきたりはするが。
ラインハルト君はメディアの虐待を恐れていたが、最近は俺を見るこいつの目が怖い。色んな意味で。
契約魔法で危害を加えられないなりにどうにか報復し返してやろうとしてるのか、それとも普通に性癖拗らせてるだけなのか……頼むから前者であってくれ。
コイツは散々ラインハルトを虐めてきた前科があるが、復讐を果たした影響かラインハルトから特に不快感などは感じられない。
一応、働きに応じてアメとムチは使い分けているから、それほど大きな不満は抱いていないだろうが……こいつも俺にギャフンと言わされたことを根に持ってるかもしれないけど、とりあえずすぐに反旗を翻すつもりはないようだ。
貴族階級の生徒は身の回りの世話役として侍女や執事の同行を許されており、世話係たち専用の寮もある。
別にメディアがいなくても学園生活に困ったりはしないだろうが、色々と便利ではあるから同行させた。
上手くいけばエサとしても使えるかもしれないしな。
しばらく馬車に揺られながら数時間。
振動でケツが痛いのを通り越して麻痺してきたころに、ようやく学園に着いた。
……帰る時は高速化魔法使おう。
今日からしばらくお世話になる学園だが、笑っちまうほど広くデカい。
校内の敷地だけでも500haは下らん広さだが、何を考えてこんな規模の学園を作ったのやら。
しかも魔法軍事訓練用に確保してる土地の広さはこんなもんじゃないらしく、さらに数倍から数十倍は広いんだとか。加減しろ莫迦。
まあ魔法の研究や鍛錬にはこれくらいの規模が必要なんだろう。
軍事関係だけでなく、農業や生産業なんかにもどう活かすべきかを実践する場でもあるようだし。
「ライン殿、ようこそいらっしゃいました」
校内に入りどこへ向かうべきかと考えていると、小太りの壮年男性が俺たちの姿を見るやすぐに駆け寄ってきた。
この人は……ああ、面接の時の教員か。
「おはようございます。先日は試験の折にお世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ特待生の方を迎え入れることができるのを嬉しく思いますよ」
「入学式は朝礼用の会場ですか?」
「ええ。事前に説明した通り、式にてライン殿には代表の挨拶をして頂きますので、よろしくお願いいたします。それでは時間になるまでしばらくここでお待ちくださりますよう」
待機用の教室に案内した後、忙し気に早足で会場のほうへ向かっていってしまった。準備お疲れ様です。
代表の挨拶ねぇ。新入生から上級生まで全校生徒が俺に注目する機会があるってわけだ。
もちろん、あのクズ姉もな。
「ひっ……」
「? どうした?」
「い、いえ……ライン様、なにか私は粗相をしてしまいましたでしょうか……?」
「いや? ……どうしてそう思った?」
「その……お言葉ですが、とても恐ろしい御顔で笑みを浮かべてなさるものですから……」
「……すまん。ちょっと悪巧みを、な」
……いかんいかん。
あまりに愉しみで自制が緩んでいたようだ。
メディアが怯えるような笑顔じゃダメだ、もっと天使のように穏やかで優し気な表情を意識しなければ。
アイツはいったいどんな顔をするんだろうなぁ、ラインハルトよ。
そして、いよいよ入学式の開催時間。
他の新入生たちたちとともに案内され、入場口の前でその時を待ち続けている。
ちなみにメディアは外で待機。他の家の侍女たちも同様。
『皆様、おはようございます。本日は新年度を迎えるにあたり、このラキャズカ魔法学園へ新たに学びを共にする将来有望な新入生たちが―――』
拡声魔具から発せられる学園長っぽい人の声が会場からこの入場口まで響き渡っている。
「き、緊張するなぁ……」
「兄上は見てるのかなぁ」
「うう……お腹痛くなってきた……」
「はっ、どいつもビビりすぎだろ。たかが入学式くらいで……」
不安そうに呟く新入生たちを見ていると、なんだかちょっと和みの感情すら湧いてくるな。かわいい。
イキってる男子もよく見ると膝がちょっと笑ってる。半笑い。
新入生たちの年齢も性別もかなりバラつきがあるようで、俺は比較的若い方らしい。
日本の学校の入学式との違いよ。……てか、10代半ばくらいの子もいるんだが、コイツ俺よりも学力低いの?
おっと、余計なこと考えてる間に入場の時間だ。
『それでは、新入生の入場です。皆様、拍手にてお出迎えください!』
出入り口のドアが開くと、万雷の拍手が響く会場の中へと歩を進めた。
席に向かう途中に学生たちの席を笑顔を崩さぬよう意識しつつも目まぐるしく見渡し、ひたすらヤツを探し続けた。
3年生の席あたりで、一際目立つ鮮やかな赤髪の女子が目に留まった。
居た。
見つけたぞ、姉上サマ。
「……っ?!!」
笑顔で手を振ってやると、息を呑んだように顔を引き攣らせ、唖然とした表情のままこちらに釘付けになっていた。
そりゃ驚くわな。とっくに消えたと思ってた出来損ないの実弟が新入生、それも特待生として目の前に現れたんだから。
『それでは、新入生のマオルヴォル君。代表として挨拶をどうぞ』
「はい」
壇上へ上がり拡声魔具の調子を確認し、事前に用意しておいた挨拶を会場全体へ紡いだ。
「おはようございます。本日よりこの学園に入学する『ライン・マオルヴォル』と申します。入学したてで至らぬ点も多々ある未熟者の身ではありますが、頼りがいのある先輩方に導いて頂きつつこちらからも微力ながら助力できるように、御同輩の方々と時には助け合い時には競い合い、高め合うことができる関係を築き精進していくよう努めてまいりたいと思いますので―――」
内容自体は当たり障りも面白味もないただの挨拶だ。
ただ、最後の締めの部分だけは姉上サマのほうへ目を向け、笑顔のまま言い放ってやった。
「何卒、よしなにお願い致します」
「……っ!!」
それを聞いた姉上が、歯軋りしたのが壇上からでも分かった。
そんな露骨に反応するなよ。変な笑いがこみ上げてきそうじゃないか。
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『私が っても、ど か インと く。よしなに、お願い、ね』
「 さまっ……!!」
吐き気がする。
あの時の言葉が、頭によぎるのがひどくひどく懐かしく不快に思えた。
許せない。
あの時の言葉すら、アンタは穢すというの?
許さない。
許せるものですか。
許すものですか……!
アンタさえ、ラインさえいなければっ……!!
お読みいただきありがとうございます。




