コード
少年が村長の家に辿り着くと、そこには葉が擦れるような小さな音。人と人とが囁き合う、会話の声だ。少年は扉を開けると、その音は細やかながら、大きくなっていた。
部屋はどこか、陰鬱な雰囲気が立ち込めていた。
先客達は皆、好きな場所に座して、親しい友人たちととりとめのない会話をしている。通常ならば快活な会話となるはずなのだが、彼らの会話はどこかぎこちない。話し声に抑揚はなく、話に上がった話題も直ぐに立ち消えてしまう。時折、会話の中で浮かべる笑顔も何故か引き攣っており、無理やり作ったような、そんな印象を与えていた。
村長の家にはすでに村の住民の大半が集まっているようであった。大半、とはいっても、十五人程度の細やかなものだ。この村には、人がほとんどいなかった。
「おはよう、リオン」
少年に呼びかける、親しげな声。少年は自分を呼びかける声の方向へ目を向ける。呼びかけたのは、少年と同じぐらいの年齢の男の子だった。
「おはよう、コード」
コードと呼ばれた人物はにこりと微笑んだ。笑顔を浮かべているが、疲れが出ているせいか、顔色がよくない。
「妹の調子はどう?」
「今はよく眠っているよ」
「そう、なのか」
何か思うところがあるのだろうか。コードは顎に手を当てて、少し悩んだようであった。
「コードこそ大丈夫なのか。顔色があまり良くなさそうだけど……」
コードは村長の小間使いだ。村長の指示に従って、様々な雑用をしなければならないため、なかなか忙しい。特に、村で行事がある時はそうだ。
コードは前日、この会合の連絡をするために村の住民、すべての家を訪れている。この村の住民はそこまで多くない。しかし、住民同士の家が方々に散らばっており、家と家の間隔が非常に遠い。一番近くて一キロ、遠いと十キロ以上離れているところもある。
更には、周りが雪景色のため、その家を探すのにも苦労する。目印となるのはせいぜい氷でできた道ぐらいだ。その道が一本道であれば、楽に辿り着くことが出来るが、大抵の場合は幾つも、分岐点が存在する。何度も間違えながら、正しい分岐点を選び続けることでようやく住居に辿り着けるのだ。そのため、住民すべてに連絡するのは一日仕事となる。疲れるのは無理もない話だ。
「いつものことだよ。大丈夫、大丈夫。それに、今日の仕事はこの会合でお終いだからな。楽勝だよ」
そう言うとコードは大げさに胸を叩いてみせた。疲れた表情に似合わない、不釣り合いな動作だった。きっと空元気なのだろう。
「ところで、リオンの妹のことなんだけどさ。昨日、外に出たりしてないよな?」
唐突な質問であった。リオンは直ぐに答えた。
「えっ、してないよ。そんなこと出来るわけないだろう」
リオンの妹は流行り病に罹っていた。その病状は酷いもので、家の中を歩き回る体力すらなく、外に出るようものなら即座に熱で倒れてしまうほどだ。そのため、ほとんど寝たきりの生活となっている。そんな彼女が外に出るなど、ほとんど自殺行為であった。
「そう、だよな。変なことを聞いてごめん」
二人の間に沈黙が流れた。気まずい空気を作ってしまったことを恥じているのか、コードは少し俯いた様子だった。
それでも、コードは何か話したいことがあるのか、リオンの様子を下目遣いに伺っていた。
周りには、他の村人の声。
沈黙のせいか、今までただの環境音であった会話の声が、耳元で飛ぶ羽虫の羽音のように、嫌に耳についた。
やがて、決心がついたのか、コードはその重い口を開いた。
「実はさ、昨日外でリオンの妹ぐらいの少女に会ったんだよ」
「少女に?」
「そう」
「でもそれは……」
リオンにとって、それは考えられないことだった。人口が極端に少ないこの村では、少女と言える年の女性は、リオンの妹ぐらいしかいない。彼女が寝たきりである以上、外で少女に出会うことは考えられないことであった。
「……雪の妖精だと思うんだ」
コードは少し興奮した面持ちで答えた。




