『安田遊真』
「今日から5日間、ここに泊まるよ」
母親がそう言って、小学3年生の幼い遊真に見せた景色は、木造で出来た瓦屋根の一軒家だった。
その家に対する第一印象は、汚いでも帰りたいでもなく、『こんな遠くてなんにもないところにある家なんて可哀想』というものだった。
なにしろ生まれてからの9年間ずっと都市部に住んでいるのだから、低学年の遊真がそんな感想を持つのも不思議ではない。
だが、いざそこに泊まってみれば、不便なんて言葉では表せないほどの苦難が遊真を迎え撃ったのである。
まずトイレ。自動ではないので少々面倒くさい。
そして冷房。冷房なしの扇風機だけで日中をやり過ごさなければならないなど、どうかしている。
そして次に虫。風通しを良くするために窓を開けているときが多いため、虫が容赦なく室内に入ってくる。鬱陶しいしうざったい。
更には利便性。一番近くのコンビニが、最寄りとは呼べないほどの遠さの距離にあること。
最後に――、
「ゆうまーっ!」
「もうやだ! お前とは遊ばない!」
「えーっ!?」
タックルのような抱きつきを遊真に食らわせる少女が一人。
問題は、この美空夜星という女だ。きれいな二重に、毎日外で駆け回っているとは思えないようなさらさらの髪をしているが、日に焼けて黒くなった肌は一目で毎日外で遊んでいることがわかる。顔は整っており、大きく育った彼女は恐らく街ですれ違った十人が十人、その日忘れることが出来ないであろうと推測できるほどだ。
そんな顔面偏差値の原石であり、動きやすいように髪型はショートとなっている。
遊真の母親の姉妹の娘、つまり従姉妹。この女、年齢の近い――否、自分より年齢の低い遊真を見つけるやいなや毎度毎度遊びという名の勝負を挑んでくるのだ。
結果は勿論遊真の惨敗。それも毎回である。小学生など年齢の高い方が勝つ。そこに性別など関係ないのだ。
「や……っ、この、離れろ……!」
「遊ぼうよー! 手加減するから!」
「うそつき!」
今の発言、実に3度目である。手加減をすると言って容赦なく叩きのめしてきたことが過去に2回。そうなると3度目は信用に値しないのだ。
「ん〜……じゃあ、『秘密基地』、作りにいこ!」
「……行く」
元気に返事をすると手のひら返しっぽさが出てしまうので渋々了承をすると、いつも通りの元気で「決まり!」と、夜星は立ち上がった。
■■■
子供にしかないパワフルさで、子供の身長でしか行けないような道を進み、森のよくわからない場所にたどり着く。
目印は木に彫ってあったり、川に浮かぶ岩に彫ってあったり、リボンを結んであったりと様々だが、一つでも見逃せばおそらくここにはたどり着けないだろう。
そうして茂みを抜けて見えてくるのは、遊真と夜星で制作途中の四畳半もないほどの小さな木造の家である。家と言っても目指しているのは豆腐ハウスで、雨風が凌げる程度のものを想定している。
「ここだけはそんけいするなあ……」
「ま、おじいちゃんが大工だったし」
発言自体は謙虚な姿勢をしているが、腕を組んで仁王立ちしている姿を見ると、遊真にはそこまで謙虚にしているようには見えなかった。
「あとなにやればいいの? これ」
「あと……屋根をネジ止めするだけね。それが終われば……」
夜星が言葉尻を濁したまま、屋根のグラグラする秘密基地に入っていく。そして、共同で床に作った、『ひみついれ』を開くと、夜星はそこから自身と同等の大きさのリュックを取り出したのだ。
「今日さ、ここに二人で泊まっちゃおうよ」
「……え!?」
悪ガキの笑顔で、夜星はそう言ったのだった。




