『求める景色のその先は』
普段使うようなリュックではなく、大きめのリュックを持って電車に乗り込んだ遊真は、首都に向かっている間もう一度通帳を確認することにした。
母親にも言った通り先に少し確認して、貯金が多くあることをわかっているが、桁がわからない程貯金してあったのだ。
「一、十、百、千、万、十万、百万……」
ここまではまあ普通の社会人であれば貯金してあるような桁だろう。
だが、遊真の貯金はまだ0がもう一つ追加される。
「――千……万……!?」
桁が千万の位、実数は実に四千万はあったのだ。
――思わず通帳をリュックに押し込み、人の少ない電車の中で人目を気にしてしまった。
いくら東京まで行く電車といえど遊真の住んでいる地域が地域なので、乗る電車はいつでもすかすかなのだ。
「こんなあったらどこでもいけるぞ……しかも死ぬほど贅沢して」
思いがけぬ貯金の額に笑みを隠しきれず、この先の旅が順調になる予感を胸に抱くと同時に、遊真は自身に襲いかかってきた睡魔との戦争に白旗を上げ、東京に着く頃には起きるだろうと目を瞑った。
■■■
同じ夢だった。
また、同じ景色。
蝉の声が鳴り響く、暑い暑い夏。
でも、前に見た夢と少し違う点があるとすれば――、
『こんにちは、ゆ……お兄さん』
自分のことをお兄さんと呼ぶ、見覚えのない少女がいることだった。
ノースリーブの服に、動きやすい短パン。いかにも夏を満喫する少女と形容するのにぴったりな姿をしている子だった。
『こ、こんにちは……君は?』
『んー、私はね、お兄さんの知り合い!』
心当たりがない。懐かしい夢を何度か見た遊真は昔の出来事をかなり鮮明に思い出しているのだが、それでも一切覚えがないのだ、少女の姿に。
『そっか、知り合いか』
『うん。今はここでしか会えないから、来ちゃった!』
はちゃめちゃな会話が繰り広げられる。
夢特有の、あとから考えてみれば少しも噛み合っていないのに、そのときは噛み合っているように思える会話が始まっていた。
勿論、当人である遊真は夢の中なので噛み合っている感覚しか持っていない。
『なんでここに来たの?』
『うーんと、紹介したいから!』
『紹介……?』
『うん。……ここ!』
少女に手を引かれて、されるがままについていけば、そこにはたった今遊真が目指している田舎が広がっていた。
『こっちこっち!』とはしゃぐ少女を連れられ、田舎の更にその奥、森へと入っていく。
森には木々の間から木漏れ日が落ちており、灯りなどなくても十分辺りが見渡せるくらいの明るさだ。
だが、そんなマイナスイオンを感じる間もなく、まだまだ少女は進んでいく。それ自体に問題はないのだが、体格の差により時折遊真が通れない場所があるのだ。
もういい大人だし、運動不足でもあるのだからうつ伏せで茂みの中を進ませるとか、流れる川の上にある石を渡るSASUKEみたいな動きとか、勘弁してほしい。
『……ちょ、どこまで行くの……っ』
『もう少し! ってゆうかお兄さんが遅いの!』
子どもは自分の活発さを自覚できてないから少々困る。
そんな不満を心の内に抱えつつ、大人なので口にはしない。
そうしてなんとか茂みを抜けて、目の前に見えるのは――、
『……ん、こ、小屋……?』
『えっ、わかんないの!? 小屋に決まってんじゃん!』
恐らく10人に聞けば10人が倒壊した家屋と答える程ボロボロの、小屋と少女が言い張る建物がそこにはあった。
蔦が生えていて、草が生い茂って、入口が入口と呼べないほど自然に侵されている。木の壁で四方を囲った、そこまで広くない室内である。
――四畳半より、少し小さいくらいだろうか。
部屋としては小さいが、これをこの少女が一人で作ったとしたら、
『……大したもんだなあ』
『えへへ、ありがとう!』
その後、少女はここが秘密基地であることを教えてくれた。
遊真の知っている田舎とはいえ、やはりこのような子どもしか入れない場所にある建物などは知りようがない。
子どもの行動力には目を見張るものがあると、遊真は思った。
『あとね、あとね』
『おおどうしたどうした』
急に何かを思い出したように、少女は遊真の後ろに回り込んだ。
そして何故か遊真の後ろの床を弄り始める。
金属音のようなカチャカチャとした音が響き、よくよく見てみれば床に薄く線が入っていることに遊真は気がつく。
子どもだけで作った建物に、更に仕掛け床なんて作れるのかと、関心してしまう。
『……開いたっ! はい、これ!』
そうして押し付けられたのは、少しよれた紙だった。
『お兄さんにあげる! 読んでね!』
『ありが、とう……?』
何故、会ったばかりの自分に手紙など作られているのか不思議でならないが、手渡されたのなら読むべきだろう。
そうして受けとった手紙を開こうとして――世界が歪んだ。
字が書いてあることしか理解ができない。世界が色を失って、急速に輪郭がブレていく。
『……お兄さん!』
遊真がこの世界から消えてしまうことを察したのか、少女が焦ったように口を開く。
『また! 来てね……!』
歪んだ世界。返事はできない。
――だが、笑顔はできる。
そうして、笑顔で返事をすれば、少女もまた嬉しそうに微笑んだのだった。
■■■
――金属音の擦れる音と、体に揺られる感覚がする。
車輪の回る音も入り、瞼を貫通して陽の光が遊真を照らす。
「……っ!」
そして瞼を開けば、目の前に広がるのは社会人たちの群れである。
スーツを着て、黒いバッグを持って、満員電車に揺られて通勤する。行きたくもない会社へ。
昨日まで――否、今日の朝までは遊真もこの人らと同じなのだと考えると途端に目の前の中年の社会人男性が哀れに見えてきてしまった。
『えーまもなくゥー、東京ー、東京でェーす』
電車運転手独特の喋り方で、次の駅が遊真の目的地であることが丁度わかった。
やはり睡眠を取ったのは正解だったようだ。
そうこうしているうちに駅へ着き、電車内の人に押されながらも、大量の下車の人の勢いに乗って、東京の地面を遊真はその足で踏んだ。
「会社の最寄りも人いたけど、比じゃねえな」
足音と声で、遊真の呟きなど誰にも届かない。
だがそんなことは気にせずに、遊真は進んでいく。人の多さに最初だけ驚いたものの、人間とは凄いもので数分もすれば慣れるのだ。
勢いに身を任せ、ときには逆流しながら新幹線の駅へ向かう。
夏とはいえ平日なので、なんとか新幹線の席は確保できた。
さて、ここからまた公共交通機関に揺られる旅だが、先とは快適さが違う。
駅弁を食べて、スマホの充電をコンセントでしながらFreeWi-Fiでゲームをする。
何も気にせずに暇潰しができる。やもすれば寝るよりも早く時間が過ぎるだろう。
それに新幹線で三、四時間ということは一駅程度ということだ。降り遅れる心配もない。
――つまり、ゆっくりと暇つぶしができるということだ。小説を読んでもよし、スマホゲームをしてもよし、本当に自由である。
何故かスマホにゲームアプリが一つも入っていなかったが。
「やっぱ社畜って遊ぶ暇なかったんだな……今自覚できた」
苦笑いをしながら、子供時代以来の久々のゲームを遊真は楽しんだ。
久しぶりにゲームをすると、スマホだというのにグラフィックや音質が進化しすぎていて何もかもに驚いてしまった。
「ここ……ここだっ!」
目的地に着く頃にはすっかり、遊真はスマホゲームの虜になっていた。
「おあ、そろそろか。全然飽きないなスマホゲームって。……すげえなあ」
停車前に、一度忘れ物がないか確認。一つずつ小声で指差し確認をして、忘れ物がないことを確認した遊真は――満足気な顔で新幹線から降りた。
■■■
駅から降りて、まず向かうはタクシー乗り場である。
貯金が山程あるのだから、折角なら贅沢する移動方法を選ぼうと考えたのである。
「はいお客さん、どこまで行きましょう?」
「あの、この住所ってわかりますか? それか、ここ近くの場所でも大丈夫なんですけど」
「……あぁ、ここならわかるよ。多分、結構の人が知ってるんじゃないかな」
「そんなに有名なんですか! じゃあ、そこまでお願いします」
「あいよ!」
こんな、どこの景色も似てるような田舎で、遊真の目的地の住所を知っている人と偶然会えたのはありがたい。
自分の運の良さに感謝しながら、同時に遊真はその住所まで連れて行ってくれる運転手にもしっかりと口で感謝を示した。
タクシードライバーのおっちゃんは当たり前のことかのように接してくれたが、かなり面倒くさい注文をする客だったろうと、遊真は思った。
――もう一度、感謝を伝えておいた。
「そういえば、なんでまたこんな田舎へ?」
「いえ……会社から解……長期休暇が貰えたので、久しぶりに親戚の家へお邪魔しようと思ったんです。――まあ、親戚には何の連絡も入れてないのですが」
苦笑をしつつ、おっちゃんとの会話に花を咲かせる。一人で暇を潰す移動時間も良いが、やはりこうやって人と会話する移動も楽しいものである。
ガタガタと揺れる道を走り、タクシーの座り心地の良さを体感していると、夢で見たことのある景色が見えてくる。
まだ家は見えないが、ここを登ればもうすぐにでも着くという所まで、運んでもらってしまった。
「……ここらへんですかね。お客さん、着きましたよ」
「ありがとうございます! こんな所まで連れてってもらって」
「いやあ、どこでも運びますよ、ちゃんとお金払って貰えれば」
冗談めかして笑いながら言ったおっちゃんだが、金額メーターはあまり笑える金額を示していなかった。
――だが、そんなこと遊真に問題として立ちはだからないのだ。なぜなら大金を持っているのだから。
「一、ニ……はい、ぴったりだね。毎度〜」
おっちゃんの笑顔を背に、いざ従姉妹の家へ向かおうとしたとき、おっちゃんが何か意味深なことを言ってドアを静かに閉めてしまった。
「ここまで運んじまって今更かもしんねえけど、この先の家に人なんて住んでないぞ、お客さん」――と。




