『人生で一番ってくらい』
「……そうだ。夜じゃない。――俺、星が好きだったんだ」
「――?」
「あ、いえ、すいません、なんでもないです。……ごめんなさい、既に亡くなった人のことを訪ねてしまって」
「い、いえ、大丈夫ですよ」
――過去の、失っていた記憶がフラッシュバックした。
何度か瞬きを繰り返して平常心を取り戻す遊真に、医者が怪訝を通り越して心配の目を向けてくる。
こんな様子のおかしな人間の相手をさせてしまって申し訳ないと、遊真は苦笑を医者に返した。
「あ、その……やっぱり、大丈夫です。診断」
「え、い、いや」
医者に申し訳ない気持ちは抱きつつ、感謝を述べて遊真は出口から病院を出る。
外はもう日が沈みかけていた。
血のように真っ赤な夕日に、遊真は優しさを見いだせず、どことなく目を背けながら足を動かす。
――そうして虚無感に襲われながらトボトボと歩き続け、いつの間にかヤホ姉のかつて住んでいた家に遊真は再び辿り着いていた。
「思い出したところで、何も出来ないし……どうすりゃいいんだよ」
縁側に座り込んで、悪態をつく。
貯めていたお金も、ヤホ姉の手術を自腹でやるために用意してあったのだろう。
きっとその後の生活の補助なども考えて。
今なら、違和感の全てがヤホ姉に繋がっていると、よくわかる。
「……ヤホ姉」
泣き叫びたい。泣き喚きたい。今すぐ、病院の関係者に何故ヤホ姉を救えなかったのかを問い詰めたい。
だが、泣くことなど、遊真には許されないし、救えなかったことを問い詰めることもお門違いだ。むしろ遊真が問い詰められてしかるべきだろう。
全て、救えなかった遊真が悪いのだ。「助ける」と言い切っておきながら、何一つ救えなかった、遊真が。
「……クソ」
歯ぎしりする。
「クソッ、クソ……ッ!」
拳を木板に叩きつける。
ささくれたった木に皮膚が切られるが気にしない。気にも、ならない。
「情けっ、ない! なんで……なんで俺は!」
人のいない田舎で、自分の不甲斐なさに怒号する。
「なんで俺は……っ! 約束一つ、守れない……!!」
吐き気がする。頭の中が、警鐘を鳴らし続けている。
――遊真が、遊真自身を、責め続けている。
自分の力の無さが鬱陶しい。最早ヤホ姉に憧れる資格すら、遊真は持つべきではない。
自分の罪すら正しく認識できていない人間が、どうして他人に憧憬を抱けようか。そんなの、許されていいわけがない。
そうして自分の不甲斐なさを嘆いて、蹲って、やがて情けない自分を軽蔑する気持ちは、自分の存在意義を問う気持ちへと変化していく。
――今まで、ヤホ姉を救うためにだけ生きてきた。そのために友達を捨てて、娯楽を捨てて、何もかもを捧げてきた。
この結果がこれだ。遊真は何一つ救えず、助けられず、勉強の甲斐なく只々この場に蹲り込むだけ。
――それならばもう自分など死んでしまえば良いのではないか。
一度そのことを考えると、それ以外の道が浮かばなくなってしまう。
哀れな道化に花束を手渡すべきだろう。
――腐り果て、葉も花も枯れ落ちた、無様な花を。
死にたい。生きる自分に価値など無いと天を仰いで。
あとはきっと、決定的なとどめを求めるように。
遊真は天を仰いで、目を見開いて――、
「……!!」
――夜空に瞬く、無数の星々を、見た。
雄大で、途方もなくて、途轍も無くて、無限に煌めく、空の星。
吸い込まれるような奥行きに、けれど存在を主張して光り続ける、空の星。
それらは遊真を慰めることも、責めることもしなかった。――星がするのは、唯、見守るだけ。
その星に見守られ、極限状態だった遊真は一つのことを思い出す。
「そう、だ……『秘密基地』……」
――気づけば、遊真は走り出していた。
■■■
森を駆け抜け、茂みを超えて、子供にしか通れないような、細い道をなんとか這いずって進んでいく。
進んでいる内に頬が枝に切られて裂傷ができており、服は何処かに引っかかってぼろぼろだ。
脚がもつれて受け身も取れずに転んでも、暗くて足元が見えずに小規模の川に突っ込んでも、遊真は止まらない。
そんなことで今更止まる遊真ではない。
進んで、転んで、立ち上がって。
前へ、前へ、前へ――!
「……あった」
服はぼろぼろ、顔は傷だらけ。けれどそれでも、辿り着いた。
もう十何年も前に子供だけで作った建物のわりには、まだまだ原型が残っている。
そうして、秘密基地へ一歩踏み出そうとして――、
『やっときてくれたね、お兄さ……遊真』
「ヤホ、姉」
薄く光った、まだ元気でやんちゃな頃のヤホ姉が、秘密基地の前に立っていた。
「……なんで、ヤホ姉が見えてるんだ。ヤホ姉は、その……」
『――死んでる筈じゃないのか、って?』
「……うん」
口に出しにくいことをズバリと言い当てられて、遊真は素直に頷く他なかった。
実は生きていました、なんてことはありえないし考えられない。だって、ヤホ姉の姿は幼いときのものだし、それに先ほども言った通り薄く光って、透けているのだから。
『なんで私が見えてるのか、知りたい?』
「そ、そりゃあ……」
『じゃあ、それを知ったら、死ぬなんて考え、改めてくれる?』
「……! わか、った……」
渋々頷いた遊真を見て、満足そうにヤホ姉は腰に手を当てた。
『なら、そうだなぁー、ヒントをあげよう』
「教えてくれるんじゃ!?」
『え? 素直に教えたらつまんないじゃん』
謎の理屈をこねられてしまうが、こうなっているヤホ姉はてこでも動かないことを、遊真はよく知っている。
当てられずに苦心してよく笑われていた。
はにかむ遊真の脳裏に、そんな昔の光景が思い浮かぶ。
そんな立ち尽くす遊真に対して、ヤホ姉は軽快な足取りでその場を動き回りながら、指を立てて遊真を見る。
『そうだなあ……ヒントは、時期、かな』
「時期……?」
『そう、時期。今がなんの時期なのか、まさかわからないわけないよね?』
会話の節々で煽ってくるヤホ姉に呆れたように視線を交わし、遊真はヒントを頼りに思考をしていく。
今の時期になにがあるのか。
夏祭りや花火大会やら色々な行事が頭を巡るが、どれもピンとこない。
「……もしかして、『お盆』?」
『せいかーい! よくできました!』
「バカにしてるな……」
未だに下に見られていることに不機嫌さを表す遊真に、ヤホ姉は『でも』と言葉を続ける。
『もう一つ、要因はあるんだよね』
「もう、一つ?」
眉をひそめて再び思考を始めるが、全くもってわからない。
うんうんと唸る遊真を見て愉しそうにヤホ姉が笑うが、気にしたら負けだ。
脳を必死に回してわからないなりに頑張って答えを探すが――やはり答えは浮かばない。
『答え、教えてあげよっか』
「な、なにかヒントを……」
『だーめ。既に一個あげたでしょ』
全くの別問題だというのに、一つの問題としてカウントされるのは理不尽だ。
『正解はね』
此方の気概を一切無視して、ヤホ姉は第二の答え合わせを言い始める。
『遊真が森を登っている間に、日付が変わったの。今日は私の命日なんだよ』
――命日。つまり今日が、ヤホ姉が死んでしまってから丁度三年経つということだ。
『記憶喪失の遊真に思い出してほしくて、お盆に現世に帰ってこれるのを利用して、昨日遊真の夢にお邪魔しちゃいましたっ!』
「だから急にヤホ姉との夢を見たわけか」
『そゆこと。更にお盆と命日が重なって、今ここに私は存在できてるってわけ』
胸を張ってドヤ顔を晒すヤホ姉に納得するように、遊真は手と手を合わせた。
そう、納得がいった。ヤホ姉との思い出の夢を見て、ヤホ姉の家を尋ねる夢を見て、そして――、
『私が、遊真をここに案内する夢を見せた』
「……そっか」
つまりここまで来れたのは全てヤホ姉のおかげということだ。
「ってか、もしかしてここに来るまでも俺のこと見てた?」
『うん』
「……」
――顔が熱くなっていく。傍から見ても、遊真の顔はトマトのように赤く見えるだろうか。
だが今の遊真は外からどう見られているかを考える暇などなく。恥ずかしいという感情が心を隙間なく埋め尽くしていた。
『そうだ、それで言いたいんだけどさ』
「えっ、あ、うん」
思わず身構えてしまう。
――どんな罵声を浴びせられるのかと。
脳裏に浮かぶ、遊真の救いがたい考え足らずの行動の数々。それは、人に悪感情をぶつけさせるに充分に足る行動の数々でもある。
故に、たとえ裏切り者、卑怯者と罵られようとそれは遊真が甘受しなければいけない遊真の罪で――、
『遊真さ、気に病みすぎ』
「……ぇ?」
――想定を裏切られて、動きが止まってしまう。
キニヤミスギ?
キニヤミスギって、どんな意味の罵声だっけ。
「もし、かして……『気に病みすぎ』?」
『――? それ以外に何があるの?』
「いや、ない……けど」
『だよね? 癌が急に進行したのは遊真の責任でも、誰の責任でもないじゃん。それを気にしてどーするよ』
「いや、でも……」
『いやもでもも無い! そうやって勝手に気負わないの!!』
「――っ」
刹那、遊真は顔に何かの感触を感じ取った。
湿っている、水のような感触で、雨が降ってきたのかと思わず空を見てしまう。だが、空は相変わらずの煌めく星空だ。
――となれば、原因は一つ。
『……え、遊真、泣いてんの?』
「いや、これは違っ……な、なんで急に、こんな……」
自分が涙を流しているとわかってしまうと、途端に溢れ出してくる。止まらない。――止めることが、できない。
「ごめ、ごめん、なんか急に……」
『……抱え込みすぎ』
「……うん、ごめん」
――少々、無言の時間が流れてしまう。
『あーもう、静かなの嫌い!』
「別に今の時間は気まずくなかったけど……」
『こっちには言わなきゃいけないことがあるからそうでもないの!』
「え、えぇ……?」
泣きながら困惑する芸当を見せる遊真をみて少し笑いながら、ヤホ姉は『えっと』と言葉を続けた。
『秘密基地の、ひみついれに、手紙入ってるから』
「今見ればいい?」
『いや、今見るのはやめて。恥ずかしい』
「結局見るのは変わんないのに」
遊真は今度は泣きながら微笑をする。
しかし、笑いながらもヤホ姉の発言の中で、一つ気づいてしまったことがある。
――それを遊真は容赦なくヤホ姉に尋ねることにした。
だって、抱え込むのをやめろとつい先程言われたばかりなのだから。
「今じゃなくてあとならいいってことは、ヤホ姉……消えるってこと……?」
『うん。……そもそも、今の状態が異常なの。異常はすぐに正される。――だから、今のうちに、手紙に書いてないことを言っておこうって思って』
「書いてないこと、か。そもそも、ここに隠した手紙をどうやって俺に伝えるつもりだったの?」
『い、いやあ、それは、遺書に、遊真にだけ伝わる内容で書いておいたんだけど……まさか記憶をなくすとは思わなくて……』
「あ、その件は本当にご迷惑を……」
互いに、今度こそ明確な気まずい空気が流れてしまう。
一度目はヤホ姉がこの空気を壊してくれたので、今度は遊真が壊すべきだろうか。
だが話題も見つからない。必死に頭を捻って、何か話題を見つけ出そうと苦悩する。
会社の話など論外だ。友達の話は、当の友達がいない。
何を言おうか、どうしようかと、必死に――
『――!』
「……ヤホ姉、体が」
いつでも終わりは突然だ。
――それを、今ほど強く実感したことはない。
■■■
『……時間切れかあ』
「ヤホ、姉」
『まあ、遊真が元気そうで良かった』
「ここにくるまでの俺の何処を見て言ってんだよ……」
『そんなの、遊真の頑張りを見て言ってるに決まってんじゃん』
「頑張りなんて……あれはただの、俺の――」
『言わせない』
「――!」
『遊真の頑張りは誰にも……遊真自身にも、否定させたくない』
「……わかったよ」
『なら、よし。――じゃあ、私はもう行くから』
「うん」
『元気でやるんだぞ! 遊真!』
「――うん」
■■■
――いつの間にか、眠ってしまっていた。
秘密基地内で眠りが覚めて、一番に思うのは憧れのあの人。
「名前も、顔もわかる。――もう、大丈夫だ」
不安定な記憶。不確かな記憶。
一度失って、取り戻した、大事な記憶。
「さあ、まずは仕事見つけなきゃ」
大量に金があるということに慢心してはいけない。
人間、安定した生活を目指していかなければならない。
寝心地の良くない秘密基地から起き上がり、遊真は床のある場所を弄りだす。
「忘れてない。――ちゃんと読むよ」
そう、独り言を呟きながらなんとか床をこじ開けると、中には袋に包まれ、万が一の雨風にも対応できるように守られている紙が入っていた。
それを手に取り、破かないようにして、遊真はそっと袋から紙を取り出した。
それを手にとって開き、中身をみて、一言。
「まあ、別に尊敬し続けるけど……まじかあ」
笑顔のまま、遊真は山を下り始める。
『あの星空、実は私も見て驚いてたんだ。人生で一番ってくらい』
――そう、一文だけ書かれた紙を持って。
ここまで追って読んでくださった皆様、本当にありがとう御座います!!!
こんな作風が好みに合えば是非連載中の作品も覗いていってください!!!
そして宜しければ評価と感想をくださると、作者としてはとても嬉しいです!!




