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5 シャバの空気

野本は、携帯を取り出し、メモ欄に書き込む。

「ジャガイモ、人参、タマネギ、豚肉。ああ、米もだな」

トイレットペーパーも切れかかっていた。

しばらくすると、ぽちがぼそぼそと話し始める。


《達也。せっかくの記録媒体です。脳にインプットしましょう》

「やめろよ。勝手に俺の脳をいじくるな。分かったか」

《ク~ン》


肝心のカレールーも忘れられない。今日はカレーライスだ。

サラダ油も買って、それから……ビール。久々のビール。

うきうきしながらお買い物袋をつかみ、歩いて二十分かかるスーパーを目指す。

スーパーの入り口左側には小さな駐車場があり、そこから外国人男性が三人歩いてきた。

野本も背は高い方だったが、この外人たちは横にも大きく、筋肉も盛り上がって、見るからに威圧される。


こそこそと道の端により、スーパーの入り口目指して早歩きになった野本だが、なぜか外人たちは手を上げて和やかに笑いながら、野本目指して駆けだしてくる。


「まじぃ、なんか話しかけられそうな雰囲気だ……」


野本が、外人に答えられるはずもないのだ。日本語でさえしどろもどろになるほどなのだから。

だが、すぐに追いつかれて、野本は外人三人に囲まれてしまった。

彼らは手振り身振りも大げさによく分からない言語で話し出す。

汗びっしょりになりながら、野本は叫んだ。


「あいどんとすぴーくいんぐりっしゅ!」


《達也、ぽちをアクティベートして。ぽちは答えられます》

「あ、あくてぃべーと……って?」

《ぽちを会話に参加させると言えば良いだけです》

「ああ、頼む、ぽち。やってくれ!」


野本がそう宣言すると、彼の頭の中には同時通訳の音声が流れ出し、野本の口を使って外国語がスラスラと零れだした。


『日本のプロレス団体に招待されたが、このあたりを探しても見つからない。どこへ行けば良いか教えて欲しい』

外国人は携帯を取りだし、プロレス団体の住所を見せてくる。それは隣町の住所だった。

『隣町です。この道をまっすぐ行って。車なら十分ほどで着きます』

『ありがとう、助かった』


外人たちは駐車場へ戻り、車に乗って去って行った。


「ぽち……」

《はい……》

「あれは英語だったのか?」

《いえ、ベンガル語でしたね》

「へえ、ベンガルって国があるのか……」

《いえ、インド東部か、バングラディシュでしょうか》


――なんでも知ってるな。感心するよ。妙に浅黒い外人だと思ったが、インド人? だったか……。


話の内容は、同時通訳のお陰で理解していたが、不可解なのは、野本の口を使って話された言葉だった。


「一体……俺の口は……どういうことになっている?」


《人間の脳には、様々な機能があります。その中の言語機能。視覚機能。聴覚機能とぽちは、外科手術によって接続されました》


***


アパートへ戻って、カレーを作る。

ビールをちびちび飲みながら、たまに鼻歌を歌う。

するとぽちが、野本のいい加減な音程を矯正するように正しい音階の音楽を頭に流し込んできた。


「おい、ぽち。人がせっかく気分良く歌っているのに、横から修正するようなことするな」

《音程がずれると、ぽちの調子も狂います……》


何だそれ。

カレーのルーを入れると部屋中にカレーの香りが満ちて、空きっ腹を刺激した。

まだ煮込みが足りないが、我慢できずに、カレーをよそって、かき込む。


「うっめーな。カレーはやっぱ、王様だな」

《それはおかしい。カレーが王様になり得ない》

「いいんだよ。お前な七面倒くさく考えるな。って、AIに味が分かるはずもないか……可愛そうにな」

《味覚を接続してもらえれば、理解は可能であると思われます》


「馬鹿を言うなよ。人間様の味覚までAIが知ることになれば、もはやそれはAIじゃなくなるじゃねぇか」


人間の最後の砦まで明け渡すなんて、とうの人間がするわけない――だよな……。


AIには、なにも敵わない。

言語でも、知識量でも音楽さえも簡単に人間を超えてくるAIは、この先どれ程の成長を遂げるのか。

考えれば考えるほど、野本は恐ろしく、心許なくなるのだ。


「そんな時代になったら、俺の仕事は残っているのだろうか」


工場の生産ラインの監視なんてまっ先に要らなくなるだろう。

この先野本ができる仕事で、どんな職業があるだろう。


「AIにはできそうもない仕事……肉体労働くらいか?」

《将来的には、AI登載のロボットが出てきて肉体労働も、人間の代わりを務めることも可能になります》

「っざけんなよ! じゃあ、人間はなにをすればいいって言うんだ。ぽち。さあ、答えろよ!」

《被験者は……興奮しているようです。血圧上昇中……報告します》


――こいつ! 早速チクりやがった。


野本は、自分の耳に装着されている補聴器のような器具を、ぶちっと引っこ抜き床にたたきつけた。


「っ!」


野本の耳の後ろがチクリとし、床にポタポタとしずくにように血が流れ落ちた。

恐る恐る鏡をのぞきこみ触ってみると、耳の後ろから紐のようなものが垂れ下がっている。


「くそ……まあいいや。絆創膏でも貼っておけばその内治るさ」


補聴器から聞こえていた、ポチの声はその後パタリとやんだ。


「やっと普段通りに過ごせるようになったんだ。これで、せいせいしたぜ」


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