短大生活、最後の冬。
卒業前夜
短大生活、最後の冬。
*
卒業論文。
最後の実習。
フェニックス福岡での試合。
そして卒業準備。
*
黒崎美鈴の毎日は、相変わらず慌ただしかった。
*
だが。
その忙しさの中にも、少しずつ“終わり”が見え始めていた。
*
「……もう卒業かぁ」
地下鉄の窓に映る自分を見ながら、美鈴は小さく呟く。
*
地下鉄空港線。
博多方面。
この路線には、何度も助けられた。
大学。
実習。
試合。
毎日の移動。
*
そして。
この日もまた。
いつものように、美鈴は地下鉄を利用していた。
*
一方――
その頃。
改札を抜けていた一人の青年。
*
スーツ姿。
少し寝不足気味。
肩にはノートパソコンの入ったバッグ。
*
小倉優馬。
久留米から博多のIT企業へ通う、駆け出しサラリーマンだった。
*
「うわ、今日もギリギリ……」
時計を見る。
急ぎ足。
*
その時。
ポトッ。
ポケットから、ハンカチが落ちた。
*
だが優馬は気づかない。
そのままホームへ向かおうとする。
*
「すみません」
後ろから声。
*
優馬が振り返る。
そこにいたのは――
長身の女性。
黒髪。
スポーツバッグ。
優しそうな笑顔。
*
「落とされましたよ」
美鈴が、ハンカチを差し出していた。
*
「あっ……!」
優馬、慌てる。
「す、すみません! ありがとうございます!」
「いえいえ」
美鈴は自然に笑う。
*
その瞬間だった。
*
優馬の中で、何かが止まる。
*
(……え)
心臓が跳ねる。
*
ただの一瞬。
数秒。
それだけ。
*
なのに。
なぜか目が離せなかった。
*
美鈴は軽く会釈する。
「じゃあ」
そして、そのままホームへ向かう。
*
優馬、完全停止。
周囲の流れから一人だけ取り残される。
*
「……え?」
数秒後。
我に返る。
*
(めちゃくちゃ綺麗な人やった……)
顔が熱い。
*
しかも。
笑顔が頭から離れない。
*
電車が来る。
人が乗る。
でも。
優馬はまだ呆然としていた。
*
「小倉さん?」
同僚から声をかけられる。
「えっ!?」
「どうしました?」
「いや、なんか今……」
言葉にならない。
*
人生には時々。
たった数秒で、何かが変わる瞬間がある。
*
優馬にとって。
それが、この瞬間だった。
*
もちろん。
この時の美鈴は、何も知らない。
*
“ハンカチを拾っただけ”。
それくらいの感覚。
*
だが。
運命は、静かに動き始めていた。
*
一方――
フェニックス福岡。
こちらはいつも通りハード。
*
「黒崎ぃぃ!!」
松永沙紀の叫び。
ドゴォッ!!
新型サーブ炸裂。
*
「また曲がったぁぁ!!」
「今の何回転!?」
味方すら困惑。
*
だが。
全国の実業団も、本格的に“黒崎対策”を始めていた。
*
試合映像。
フォーム解析。
回転分析。
落下角度測定。
*
神崎亜美、苦笑い。
「ほんとプロ野球みたいになってきたね」
美鈴、頭抱える。
「なんでサーブに解析班つくんですか……」
*
一方――
宗像高校。
今日も平和に暴走中。
*
「監督!!」
「今度は何!!」
咲良が叫ぶ。
「イタリアン研究会、来年度も存続決定しました!!」
「だから何の部活なん!!」
*
さらに。
文化祭売上ランキング。
第一位
宗像高校バレー部
『高速フォークパスタ』
「なんで優勝しとるん!!」
体育館大爆笑。
*
だが。
そんな笑いの日々の中でも。
時間は確実に進んでいた。
*
卒業。
就職。
新しい人生。
*
そして。
まだ誰も知らない。
白金荘で。
数年後。
運命が再び交差することを。
次回予告
第86話「最後の学生生活」
卒業を目前に控え、美鈴は最後の学生生活を噛み締めていた。
仲間との時間。
最後の授業。
最後の実習。
そして、最後の春休み。
一方フェニックス福岡では、美鈴の新型サーブがついに“全国最警戒兵器”扱いに。
「黒崎専用マニュアル完成しました」
「もう兵器やん!!」
さらに宗像高校では、“イタリアン研究会”がまさかのテレビ取材決定。
「全国放送やめぇぇぇ!!」
そして地下鉄では、あの日ハンカチを拾ってくれた女性のことを、優馬がまだ忘れられずにいた――。
次回、第86話「最後の学生生活」。
黒崎美鈴と小倉優馬、まだ知らない未来へ。




