子どもたちのレシーブ
第80話
子どもたちのレシーブ
博多南幼稚園での実習が、本格的に始まった。
*
最初の頃。
美鈴は少しだけ戸惑っていた。
バレーなら分かる。
動き。
呼吸。
視線。
次に何をするか。
ある程度読める。
でも――
子どもは違った。
*
突然泣く。
突然怒る。
突然黙る。
理由が分からない。
*
「……レシーブより難しいかもしれん」
職員室で、美鈴は小さく呟く。
主任の先生が笑った。
「でも黒崎先生、ちゃんと見てますよ」
「え?」
「子どもの顔」
*
その日。
一人の男の子が、園庭の隅に座っていた。
みんな遊んでいる。
でも、その子だけ輪に入らない。
美鈴は最初、声をかけようとして止まった。
(いきなり行ったら嫌かな)
だから。
少し離れた場所に座る。
*
「先生、ここ好きなんよねぇ」
独り言みたいに言う。
男の子は無反応。
でも。
少しだけこちらを見た。
*
「風気持ちよかねぇ」
沈黙。
数秒後。
小さな声。
「……うん」
美鈴は、その瞬間を急がなかった。
*
別の日。
女の子が泣いていた。
転んだわけでもない。
ケンカでもない。
ただ、涙が止まらない。
*
美鈴はしゃがむ。
目線を合わせる。
「悲しかったねぇ」
まず、否定しない。
急かさない。
すると女の子は、少しずつ話し始めた。
「ママが……今日お迎え遅いって……」
*
美鈴は優しくうなずく。
「寂しかったんやね」
女の子は泣きながらうなずいた。
美鈴は背中をさする。
それだけだった。
でも。
女の子は少しずつ落ち着いていった。
*
主任の先生が、その様子を見ていた。
「黒崎先生」
「はい?」
「あなた、“受け止め方”が上手ですね」
美鈴は少し首をかしげる。
*
主任は笑う。
「ちゃんと“待てる”んですよ」
それは。
バレーで培った力だった。
*
相手を見る。
空気を見る。
次を読む。
そして。
まず受け止める。
*
美鈴は少し考える。
(……あぁ)
レシーブと似ている。
強く来たボールを、ただ弾くんじゃない。
ちゃんと受け止める。
繋ぐ。
*
気づけば。
「みすずせんせー!!」
「せんせーあそぼー!!」
園児たちが集まってくる。
あっという間に人気者だった。
*
一方――
フェニックス福岡。
こちらは真剣勝負。
*
新型サーブ。
ついに公式戦投入。
だが。
社会人チームの分析力は想像以上だった。
*
「黒崎、完全に研究されとる」
松永沙紀が動画を止める。
スクリーンには、美鈴のサーブフォーム。
*
「ここ」
松永が指差す。
「肩」
「……あ」
「伸びるサーブの時だけ、少し開く」
美鈴、絶句。
*
つまり。
読まれている。
社会人レベルでは、その僅かな違いすら見逃さない。
*
神崎亜美が苦笑する。
「ほんと怖い世界やろ」
「はい……」
高校では武器になった。
でも。
ここでは。
さらに上を求められる。
*
だが美鈴は、悔しそうに笑った。
「……面白いです」
「へ?」
「まだ進化できるってことですよね」
松永が吹き出す。
「前向きすぎる」
*
一方――
宗像高校。
今日もカオスだった。
*
体育館。
藤崎監督が入る。
すると。
なぜか白衣姿の部員たち。
「……何しよるん?」
咲良、真顔。
「理科実験です」
「なんで体育館でビーカー持っとるん!!」
体育館爆笑。
*
琴音が説明する。
「回転の研究です」
机には。
水。
絵の具。
スポイト。
そしてバレーボール。
*
柚葉が真剣に言う。
「フォークサーブの空気抵抗を――」
「普通に練習しなさい!!」
*
さらに一年生・ひまり。
「監督! アルコールランプは危険なので使ってません!」
「そこじゃない!!」
*
だが。
練習試合になると空気が変わる。
*
宗像高校の強さ。
それは。
“何をしてくるか分からない”こと。
*
相手監督が頭を抱える。
「宗像、対策のしようがない……」
「誰がエースなのかも毎回変わる」
「組み立てが読めん」
*
速攻。
時間差。
フェイント。
レシーブ位置。
サーブ戦略。
全部が流動的。
*
相手監督が苦笑いする。
「半分お手上げですよ」
それこそ。
黒崎美鈴が宗像に残した最大の財産だった。
*
“考えるバレー”。
誰か一人に頼らない。
全員で読む。
全員で作る。
*
藤崎監督は静かにコートを見る。
「……黒崎、ちゃんと残していったね」
そこには。
笑いながら。
でも誰よりも真剣に戦う宗像高校の姿があった。
*
その夜。
白金荘。
美鈴は実習ノートを書いていた。
『子どもは、小さいけど、ちゃんと心がある』
『まず受け止める』
『安心したら、ちゃんと前を向ける』
*
そして最後に書く。
『レシーブも、保育も、まず受け止めることから始まる』
美鈴は少し笑った。
バレーで学んだことは。
ちゃんと、次の人生にも繋がっていた。
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次回予告
第81話「白金荘の隣人」
実習にも慣れ始めた美鈴。
しかし白金荘では、新たな出会いが待っていた。
隣の部屋から聞こえる深夜の物音。
謎の笑い声。
そして大量のカップ麺。
「……隣、どんな人なん?」
一方フェニックス福岡では、美鈴と松永の“新コンビ”が本格始動。
だが連携練習中、まさかの大事故が発生。
「黒崎ぃぃ!! それ顔面来とる!!」
さらに宗像高校では、“理科実験禁止令”が発令。
しかし部員たちは諦めない。
「監督! これは社会科見学です!」
「授業増やすなぁぁぁ!!」
次回、第81話「白金荘の隣人」。
黒崎美鈴、新しい出会いが人生を少しずつ動かし始める。




