白金荘の新生活
第79話
白金荘の新生活
春が過ぎ。
夏が近づいていた。
*
短大一年。
授業。
実業団。
一人暮らし。
最初は全部が慌ただしかった。
だが美鈴は、少しずつ“自分のペース”を掴み始めていた。
*
朝六時起床。
洗濯。
朝食。
大学。
講義。
夕方からフェニックス福岡の練習。
帰宅は夜。
そしてレポート。
*
「……お母さんって超人やったんやね」
白金荘のキッチン。
洗い物の山を前に、美鈴が呟く。
誰もいない部屋。
でも。
少しずつ、“暮らす”ということを覚えていく。
*
そんなある日。
短大の掲示板に、実習先一覧が貼り出された。
学生たちが集まる。
「うわ、緊張する!」
「どこやろ!?」
美鈴も近づく。
そして。
自分の名前を見つけた。
黒崎 美鈴
実習先:博多南幼稚園
「……博多南幼稚園」
その名前を、美鈴は静かに読み返した。
*
担当教授が言う。
「博多南幼稚園は、市内でも人気園です」
「先生方も熱心で、明るい園ですよ」
美鈴は少し背筋を伸ばす。
いよいよ。
本当の意味で、“先生への第一歩”が始まる。
*
実習初日。
美鈴はスーツ姿で幼稚園へ向かう。
門の前。
子どもたちの笑い声。
走り回る園児。
そして。
「おはようございまーす!!」
元気すぎる声。
*
園長先生が笑顔で迎える。
「黒崎さんですね?」
「はい! 本日からよろしくお願いします!」
「元気よかねぇ」
美鈴、少し緊張しながら頭を下げる。
*
博多南幼稚園。
園内は、とにかく明るかった。
先生たちはよく笑う。
子どもたちもよく笑う。
廊下まで賑やか。
でも。
ちゃんと“見ている”。
子どもの小さな変化を。
泣きそうな顔を。
寂しそうな背中を。
*
美鈴は思う。
(……すごい)
ただ明るいだけじゃない。
安心できる空気がある。
*
初日は補助中心。
園児と遊ぶ。
手を洗う補助。
片付け。
読み聞かせ。
だが。
もちろん。
黒崎美鈴である。
*
「はいみんなー!!」
パンッ!!
なぜか体育館みたいな手拍子。
「今日も元気にいくよー!!」
園児たち。
「おーーー!!」
園庭、大盛り上がり。
*
主任の先生、苦笑い。
「黒崎先生、ちょっと部活っぽいです」
「す、すみません!」
*
だが。
子どもたちは美鈴にすぐ懐いた。
「みすずせんせー!」
「せんせー背たかーい!」
「バレーしてー!」
囲まれる。
*
昼休み。
園児たちとボール遊び。
だが美鈴。
つい本気になる。
「ナイスレシーブ!!」
「みすずせんせー速いー!!」
主任の先生、大笑い。
「ほんと体育会系ですねぇ」
*
その日の帰り。
園長先生が言う。
「黒崎さん」
「はい!」
「あなた、“子どもの目線まで下がれる”先生ですね」
美鈴が少し驚く。
「それ、簡単そうで難しいんですよ」
*
帰り道。
夕焼け。
美鈴は少し空を見上げる。
バレーだけじゃない。
自分には、もう一つ夢がある。
子どもたちを支えること。
笑わせること。
安心させること。
*
この博多南幼稚園は――
後に。
令和の爆笑女王となる双子、
光子と優子。
さらに。
春介と春海。
陽翔。
燈真。
彩羽。
結音。
灯乃。
悠翔。
たくさんの子どもたちが通う場所になる。
*
笑い声が絶えない。
明るい。
優しい。
だから入園希望者が後を絶たない。
福岡でも有名な人気幼稚園になっていく。
だが。
その“空気”の始まりには――
まだ若く、不器用で、一生懸命だった。
黒崎美鈴という先生がいた。
*
その夜。
白金荘。
美鈴は実習ノートを書いていた。
『子どもたちは、ちゃんと見ている』
『先生が笑うと、安心して笑う』
『楽しいだけじゃダメ』
『安心できる場所にしたい』
*
そして最後に書く。
『私、先生になりたい』
文字を見つめる。
それは。
高校時代にはまだ見えていなかった夢だった。
次回予告
第80話「子どもたちのレシーブ」
博多南幼稚園での実習が本格スタート。
だが、美鈴は“子どもの気持ちを受け止める難しさ”に直面する。
泣く子。
怒る子。
黙り込む子。
「レシーブより難しいかもしれん……」
一方、フェニックス福岡では、新型サーブがついに試合投入へ。
しかし社会人チームの分析力は想像以上だった。
「黒崎、完全に研究されとる」
さらに宗像高校では、“料理禁止令”を受け、ついに部員たちが別方向へ暴走。
「監督! これは理科実験です!」
「なんで体育館でビーカー持っとるん!!」
次回、第80話「子どもたちのレシーブ」。
黒崎美鈴、“人を支える”本当の意味を学び始める。




