受け継がれる背番号
第78話
受け継がれる背番号
春。
黒崎美鈴は、新しい生活を始めようとしていた。
*
「忘れ物ない?」
佳代が段ボールを確認する。
「たぶん大丈夫ー」
美鈴は部屋を見回した。
高校時代。
何度もユニフォームを投げ込み。
何度も泣いて。
何度も笑った部屋。
そこを今日、出る。
*
理由は現実的だった。
短大。
実業団。
両立。
今までは実家から通っていた。
だが。
通学に片道一時間。
さらにチーム練習。
帰宅は夜遅く。
身体への負担が大きすぎた。
*
だから決めた。
一人暮らし。
*
「ほんとに大丈夫ね?」
佳代が少し心配そうに聞く。
美鈴は笑う。
「なんとかなるって」
すると誠一。
「姉ちゃん、“なんとかなる”で生きすぎやろ」
「人生、勢いも大事」
「絶対料理焦がすタイプ」
*
その瞬間。
佳代と誠一、同時に言う。
「それはもうやっとる」
「ひどっ!?」
黒崎家、朝から爆笑。
*
そして。
美鈴が新しく住む場所。
その名は――
白金荘。
*
古い二階建てアパート。
白い外壁。
少し年季の入った廊下。
でも。
大学まで徒歩十分。
フェニックス福岡の体育館も近い。
バレーを続けるには最高の立地だった。
*
荷物を運び終える。
六畳一間。
小さなキッチン。
古いエアコン。
でも。
「……なんか秘密基地みたい」
美鈴は少しワクワクしていた。
*
そこへ。
大家のおばちゃんが現れる。
「今日から入る黒崎さん?」
「はい!」
「若いのに背ぇ高かねぇ!」
「バレーやってます!」
「あー、なるほど!」
気さくなおばちゃんだった。
*
「ご飯ちゃんと食べるとよ?」
「はい!」
「あと夜中に体育館みたいな声出したら苦情来るけんね」
「出しません!!」
……たぶん。
*
両親は仕送りをしてくれていた。
決して裕福ではない。
でも。
「好きなこと、最後までやってみなさい」
父・正一はそう言ってくれた。
*
美鈴は窓を開ける。
春の風。
遠くに見える福岡の街。
そして。
新しい生活。
*
その夜。
人生初の自炊。
メニュー。
ペペロンチーノ。
「よーし!」
しかし五分後。
「熱っ!!」
「うわっ!!」
「煙ぁぁぁ!!」
*
結果。
フライパン焦がす。
麺くっつく。
ニンニク黒焦げ。
「……料理って難しい」
そこへ誠一から電話。
『姉ちゃん、生きとる?』
「なんで第一声それなん」
『母さんが“火事起こしてないか心配”って』
「信用ゼロ!?」
*
その頃。
宗像高校。
こちらも相変わらずだった。
*
インターハイへ向けた練習。
だが。
部室前に張り紙。
⸻
【麺類禁止継続中】
⸻
咲良、真顔。
「監督の圧政です」
「誰が圧政たい」
*
琴音が小声で言う。
「でも今日は麺じゃありません」
監督、嫌な予感。
「……何」
部員たち。
ドン!!
机を出す。
そこに並ぶ――
リゾット。
「米ぇぇぇぇ!!」
体育館爆笑。
*
柚葉。
「イタリアンなのでセーフです」
「アウト!!」
*
さらに一年生・ひまり。
「監督! アルデンテじゃないので!」
「そういう問題じゃない!!」
*
だが。
練習が始まると一変する。
速い。
繋ぐ。
崩れない。
そして。
全員が考えて動いている。
*
藤崎監督が静かに言う。
「……受け継がれとる」
黒崎美鈴が残したもの。
技術だけじゃない。
空気。
考え方。
笑う強さ。
全部、チームに残っていた。
*
一方。
フェニックス福岡。
美鈴は夜遅くまで自主練していた。
体育館に響くサーブ音。
バシュッ!!
伸びる球。
落ちる球。
逃げる球。
*
そこへ。
松永沙紀が現れる。
「まだやってる」
「先輩」
「身体壊すよ」
美鈴は少し笑う。
「でも、もっと上手くなりたいです」
*
松永は少し黙る。
そして。
「黒崎」
「はい」
「一人暮らし始めたんだって?」
「はい!」
「ちゃんと食べてる?」
美鈴、一瞬沈黙。
「……ペペロンチーノが炭になりました」
松永、吹き出す。
「何それ!」
*
笑いながら。
でも松永は少し優しく言った。
「ちゃんと生活するのも、アスリートの仕事だよ」
美鈴は静かにうなずく。
*
白金荘。
小さな部屋。
積み上がった教科書。
バレーボール。
洗濯物。
そして。
未来。
*
黒崎美鈴の新しい人生が、ゆっくり始まっていた。
⸻
次回予告
第79話「白金荘の新生活」
一人暮らしを始めた美鈴。
だが現実は甘くなかった。
洗濯。
掃除。
自炊。
そして大学と実業団の両立。
「……お母さんって超人?」
一方フェニックス福岡では、松永沙紀とのコンビが少しずつ形になり始める。
しかし、美鈴の新型サーブにある弱点が見つかってしまう。
「打つ瞬間、肩が開いとる」
さらに宗像高校では、“麺類禁止令”を回避するため、ついに部員たちが海外料理へ進出。
「監督! これは韓国料理です!」
「世界広げるなぁぁぁ!!」
次回、第79話「白金荘の新生活」。
黒崎美鈴、新しい日常はまだまだ大忙し。




