完成しないレシピ
第76話
完成しないレシピ
黒崎美鈴のサーブは、少しずつ変わり始めていた。
いや――
“進化”していた。
*
フェニックス福岡体育館。
朝練。
サーブレシーブ練習。
美鈴がボールを構える。
静かな助走。
そして――
バシュッ!!
低い弾道。
落ちると思った次の瞬間。
グッと伸びる。
「うわっ!?」
リベロ・相沢美紀の腕を弾き、ボールが後方へ吹き飛ぶ。
「また伸びた!?」
*
神崎亜美が笑う。
「完成度上がってきたねぇ」
三浦玲奈も苦笑い。
「普通に嫌」
美鈴は汗を拭きながら息を吐く。
「でも、まだ不安定です」
「いや十分嫌らしい」
*
今の美鈴の武器は、一つではなかった。
普通のフラットサーブ。
緩急をつけたスローフロート。
ストンと落ちるフォークサーブ。
さらに。
高校時代の切り札――高速フォークサーブ。
そして。
新たに加わった、“予測より伸びるサーブ”。
*
相手からすると最悪だった。
落ちると思えば伸びる。
伸びると思えば落ちる。
速いと思えば遅い。
遅いと思えば高速。
回転も違う。
軌道も違う。
タイミングもズレる。
*
神崎が腕を組む。
「黒崎のサーブ、読み合い壊しに来とる」
「はい?」
「レシーバーが“予測すること”自体を怖くなる」
三浦玲奈もうなずく。
「一番嫌なタイプ」
*
だが。
まだ美鈴は満足していなかった。
サーブノートには、びっしり書き込み。
『回転数』
『助走速度』
『インパクト位置』
『レシーバー重心』
誠一が見て呟く。
「姉ちゃん、研究者みたいやね」
「料理人です」
「もうその設定なんなん」
*
一方。
短大では模擬保育。
今日は“園児に遊びを教える”授業だった。
だが美鈴。
「はいみんなー!!」
パンッ!!
なぜか手を叩く。
「今日も元気に勝っていくよー!!」
「黒崎さん、保育です」
教授、即ツッコミ。
教室爆笑。
*
さらに。
園児役の学生たちを円陣に集める。
「声出していこう!」
「おー!!」
「いや部活!部活!」
また爆笑。
*
だが。
実技後。
教授が静かに言う。
「黒崎さん」
「はい」
「あなた、“相手を前向きにさせる力”があります」
美鈴は少し驚く。
「それ、保育では大きな武器ですよ」
美鈴は、少し照れくさそうに笑った。
*
そして――
宗像高校。
相変わらずカオスだった。
*
体育館入口。
藤崎監督が貼り紙を確認する。
【麺類全面禁止】
監督、うなずく。
「これでよし」
しかし。
その直後。
部室から香る出汁の匂い。
「……ん?」
*
中を見る。
後輩たち。
鍋。
湯気。
そして。
「監督! これはうどんです!」
「麺類全部禁止ぃぃぃ!!」
体育館爆笑。
*
咲良、真顔。
「ですが監督、うどんは和です」
「そういう問題じゃない」
*
琴音。
「イタリアン禁止なら和風へ進化を」
「進化の方向がおかしい!」
*
さらに柚葉。
「次はラーメンも研究したいです」
「もう料理部作りなさい!!」
宗像高校、本日も平和だった。
*
そして季節は進み――
実業団リーグ開幕。
フェニックス福岡。
開幕戦前日。
ミーティングルーム。
監督がスタメン表を貼る。
そこに――
【WS 黒崎美鈴】
*
新人ながら先発。
部屋が少しざわつく。
美鈴自身も驚く。
「……私?」
監督がうなずく。
「黒崎、お前のサーブは武器になる」
神崎亜美が笑う。
「デビュー戦やね」
三浦玲奈も肩を叩く。
「暴れなさい、新人」
*
そして。
さらに大きなどよめき。
体育館入口。
新加入選手が現れる。
長身。
鋭い目。
そして懐かしい笑顔。
「久しぶり、黒崎」
美鈴の目が大きく開く。
「……松永先輩!?」
*
そこにいたのは。
かつて高校バレー最大のライバル。
横浜商工のエース。
松永沙紀だった。
*
松永が笑う。
「移籍してきた」
「えええぇぇぇ!?」
体育館騒然。
*
松永は美鈴を見る。
「また一緒にバレーできるね」
高校時代。
何度も激突した相手。
死闘を繰り返した相手。
その先輩が、今度は味方になる。
*
美鈴は、少し笑った。
「……なんか変な感じです」
「私も」
松永も笑う。
「でも、面白そう」
*
新しい武器。
新しい仲間。
そして。
新しい舞台。
黒崎美鈴の人生は、また次のステージへ進み始めていた。
次回予告
第77話「ライバル、同じコートへ」
実業団リーグ開幕。
新人ながら先発に抜擢された美鈴。
だが、社会人デビュー戦の空気は高校とは別物だった。
速い。
重い。
そして厳しい。
一方、移籍してきた松永沙紀との初共闘もスタート。
かつて最大のライバルだった二人は、同じユニフォームでどんな化学反応を起こすのか。
「黒崎、遠慮しないで打ちな」
「はい、松永先輩!」
さらに宗像高校では、“麺類禁止令”を突破するため、後輩たちがまさかの新料理へ――
「監督! これはリゾットです!」
「米でもダメぇぇぇ!!」
次回、第77話「ライバル、同じコートへ」。
黒崎美鈴、新しいチームでの戦いが始まる。




