変化する一球
第75話
変化する一球
黒崎美鈴は、“新しい武器”を探していた。
高校時代。
フォークサーブは絶対的だった。
だが社会人では研究される。
なら――
さらに読めなくすればいい。
*
フェニックス福岡体育館。
朝練。
美鈴は一人、何十本もサーブを打っていた。
ストンと落ちる球。
横へ逃げる球。
減速する球。
だが。
「安定せん……」
ボールがネットへ刺さる。
次は観客席方向。
さらに次は天井へ。
「黒崎ぃぃぃ!!」
先輩たち爆笑。
*
三浦玲奈が笑う。
「今日も暴走しとるねぇ」
美鈴、床に転がるボールを拾いながら唸る。
「理論は間違っとらんと思うんですけど……」
神崎亜美が腕を組む。
「でも、“嫌な感じ”はある」
「え?」
「レシーバー側が気持ち悪い」
それは最高の褒め言葉だった。
*
美鈴は、さらに研究を始める。
ノート。
動画。
野球理論。
回転軸。
空気抵抗。
そして――
「……伸びる球?」
野球で言う“ホップするストレート”。
本当は浮いてない。
でも、“浮いたように見える”。
錯覚。
予測とのズレ。
*
翌日。
美鈴が新しいフォームでサーブを打つ。
バシュッ!!
低い軌道。
なのに。
最後にグッと伸びる。
「うわっ!?」
相沢美紀のレシーブが弾かれる。
ボールが後方へ吹っ飛ぶ。
「何今の!?」
*
さらにもう一本。
レシーバーが“落ちる”と予測して前へ入る。
だが。
落ちない。
むしろ伸びる。
結果――
ドガッ!!
腕に当たったボールが天井近くまで跳ねる。
「痛ぁっ!!」
体育館騒然。
*
三浦玲奈が笑う。
「今の完全に騙された」
神崎亜美も珍しく感心していた。
「見た目より伸びる」
「はい」
「しかも、フォーク系と混ざるから余計読めん」
美鈴の目が輝く。
*
「落ちると思わせて、伸びる」
それは。
予測を裏切る一球。
人間は、“予測と違う”時に一番崩れる。
だから。
レシーブが弾かれる。
姿勢が乱れる。
タイミングが狂う。
*
神崎が言う。
「黒崎」
「はい!」
「これ完成したら、全国かなり嫌がる」
美鈴は少し笑った。
「料理で言えば……」
三浦玲奈。
「また始まった」
「“見た目あっさりなのに、後からめちゃくちゃ辛いパスタ”です」
「分かりにくい!」
体育館、大爆笑。
*
しかし。
完成までは遠かった。
伸びすぎる。
落ちなさすぎる。
回転が暴れる。
自分でも分からない。
「これ料理で言ったら大失敗作やね……」
美鈴、頭を抱える。
だが神崎亜美は笑った。
「だから面白い」
「え?」
「完成してない武器って、一番可能性ある」
その言葉に、美鈴はハッとする。
*
一方、短大。
今日はグループ保育実習。
子どもたちに遊びを教える授業だった。
だが、美鈴。
「はい! まずは声出していこっか!」
完全に部活。
教授が即ツッコミ。
「黒崎さん、全国大会じゃありません」
学生大爆笑。
*
さらに。
子ども役の学生が転ぶフリ。
美鈴、条件反射。
ダイビングキャッチ。
「ナイスレシーブ!!」
「保育実習です!!」
教室崩壊。
*
だが教授は優しく言った。
「黒崎さん」
「はい……」
「あなた、“全力で相手を見てる”んですよ」
美鈴が少し驚く。
「それは保育でも、とても大事です」
美鈴は静かにうなずいた。
*
そして――
宗像高校。
問題の“イタリアン研究会”。
ついに。
藤崎監督が正式通達を出した。
⸻
【宗像高校女子バレー部 緊急通達】
・体育館でのパスタ調理禁止
・部室へのトマト缶持ち込み禁止
・オリーブオイル没収対象
・アルデンテを戦術用語として多用しないこと
⸻
だが。
後輩たちは止まらない。
*
咲良。
「監督、これは文化です!」
「違います」
*
琴音。
「イタリアンを禁止すると創造性が……」
「バレーで創造性出しなさい」
*
柚葉。
「じゃあパスタはダメでもピザなら」
「なんで広げるん!?」
*
さらに一年生・ひまり。
「黒崎先輩! カルボナーラって守備型ですか!?」
「知らん!!」
体育館爆笑。
*
その時。
部室から煙。
「あっ」
「またぁ!?」
なぜか電子ケトルで麺を茹でようとしていた。
「誰ぇぇぇぇ!?」
藤崎監督、絶叫。
*
そこへ美鈴が来る。
惨状を見る。
沈黙。
そして。
「……宗像って、こんなんやったっけ」
咲良が真顔。
「黒崎先輩が育てました」
「私そんな教育しとらん!!」
また大爆笑。
*
帰り道。
美鈴は空を見上げながら思う。
(変化って難しい)
でも。
だから面白い。
サーブも。
人生も。
まだまだ完成していない。
*
その夜。
ノートに書く。
『落ちる球』
『逃げる球』
『伸びる球』
そして最後に。
『もっと相手の予測を壊したい』
黒崎美鈴の新しい一球は、少しずつ形になっていく。
⸻
次回予告
第76話「完成しないレシピ」
“落ちる”“逃げる”“伸びる”。
新型フォークサーブは、少しずつ形になり始める。
だが、美鈴はまだ納得していなかった。
「もっと嫌な球にしたい」
フェニックス福岡の先輩たちも巻き込み、改造計画はさらに加速。
一方、短大では初めての模擬保育本番へ。
しかし美鈴、園児役の学生たちをなぜか円陣に集め――
「今日も元気に勝っていくよー!!」
「黒崎さん、保育です」
さらに宗像高校では、“パスタ禁止令”を回避するため、後輩たちがまさかの作戦に出る。
「これはうどんです」
「麺類全部禁止ぃぃぃ!!」
次回、第76話「完成しないレシピ」。
黒崎美鈴、進化はまだ止まらない。




