負けたままでは終われない
第73話
負けたままでは終われない
社会人バレーの壁。
それは、美鈴が思っていた以上に高かった。
高校では武器だったものが、社会人では研究される。
高校では押し切れたものが、社会人では通じない。
だが――
黒崎美鈴は、そこで止まる選手ではなかった。
*
フェニックス福岡・早朝トレーニング。
まだ薄暗い時間。
体育館には、シューズの音だけが響いていた。
「新人組、外周十周!」
「はい!!」
美鈴たちは、一斉に走り出す。
社会人の練習量は、高校とは別次元だった。
*
ランニング。
ダッシュ。
スクワット。
ジャンプトレーニング。
体幹。
ウエイト。
そして、徹底した身体づくり。
長嶺沙耶が言う。
「社会人は、技術だけじゃ戦えん」
さらに工藤彩音。
「壊れない身体を作るのも実力」
美鈴は息を切らしながらうなずく。
*
だが。
問題は左足首だった。
高校最後の怪我。
完治はしている。
……はずだった。
しかし、強度が上がると違和感が出る。
ジャンプ着地。
切り返し。
連続ダッシュ。
わずかに残る硬さ。
*
トレーナールーム。
アイシングを受けながら、美鈴は黙って足を見つめていた。
トレーナーが言う。
「無理すれば動ける。でも、その先で壊れる」
高校時代なら、きっと無茶していた。
だが、今は違う。
神崎亜美の言葉を思い出す。
『社会人は“長く戦う”のも仕事』
美鈴は静かにうなずいた。
「ちゃんと向き合います」
*
一方、短大。
今日は初めての保育現場見学だった。
美鈴たちは近隣幼稚園を訪れる。
「お姉ちゃーん!」
子どもたちが一斉に駆け寄ってくる。
小さな手。
無邪気な笑顔。
元気いっぱいの声。
「うわっ、元気よかねぇ」
園児が美鈴のスーツを引っ張る。
「おねえちゃん、せがたかーい!」
「バレーしてたけんね」
「ばれーってなに!?」
「ボールを落とさんスポーツ!」
すると別の園児。
「ぼく、おちる!」
いきなり転ぶ。
「うわぁぁ!?」
美鈴、反射的にナイスレシーブ姿勢でキャッチ。
周囲騒然。
先生たちも驚く。
「黒崎さん反応速っ!?」
美鈴自身もびっくりしていた。
*
その日の帰り道。
夕暮れのバス停。
美鈴は、ぼんやり空を見上げていた。
(なんで私は先生になりたいんやろ)
高校時代は、そこまで深く考えていなかった。
子どもが好き。
教えるのが好き。
それもある。
でも。
今日、子どもたちを見ていて思った。
(この子たちの未来を支えられる人になりたい)
それは、バレーと少し似ていた。
誰かを支えること。
誰かを生かすこと。
チームを作ること。
美鈴は、小さく笑った。
「結局、やること変わっとらんね」
*
一方その頃。
宗像高校女子バレー部。
後輩たちは、新たな“イタリアン”作りに挑戦していた。
「黒崎先輩のレシピを継ぐ!」
「今年の宗像は違う!」
気合十分。
……だったのだが。
「おい、パスタ何分茹でるん!?」
「アルデンテって何分!?」
「塩どれくらい!?」
なぜか体育館横で本当にパスタを茹で始めていた。
藤崎監督、呆然。
「なんでそうなった」
そこへ、美鈴が顔を出す。
「こんにちはー……って何しよるん!?」
後輩たち真顔。
「イタリアン作戦です」
「それは比喩たい!!」
体育館が爆笑に包まれた。
*
その夜。
美鈴は、自宅の机でノートを開く。
『社会人の壁、高い』
『でも、負けたまま終わりたくない』
『身体とも向き合う』
『先生になりたい理由、少し分かった』
そして最後に書く。
『もっと美味しく、作り直す』
黒崎美鈴の新しいレシピは、まだまだ完成しない。
⸻
次回予告
第74話「フォークサーブ改造計画」
社会人の壁を痛感した美鈴は、自分の武器を見直し始める。
高校時代のフォークサーブでは、もう全国トップには通用しない。
「なら、進化させるしかなか」
神崎亜美、三浦玲奈たち先輩も巻き込み、“新型フォークサーブ”開発が始動。
だが、その練習は想像以上の難易度だった。
一方、短大では初めてのピアノ実技試験。
しかし美鈴、まさかのリズム感で鍵盤を叩き込み――
「黒崎さん、それ演奏じゃなくてアタックです」
さらに宗像高校では、“本物のイタリアン研究会”がなぜか正式発足しかける。
「だから比喩やけん!!」
次回、第74話「フォークサーブ改造計画」。
黒崎美鈴、新しい武器を探し始める。




