最後のレシピ後編
第70話
最後のレシピ
後編
優勝インタビューは、まだ続いていた。
インタビュアーは、涙を浮かべる美鈴に、少し柔らかい声で尋ねた。
「黒崎選手。先ほどから出ている“イタリアン”や“レシピ”という言葉ですが、これはどういう意味なんでしょうか?」
美鈴は、マイクを握り直した。
泣きすぎて、声が少し震えていた。
「料理は……いろんな工程を経て、完成します」
会場が静かになる。
「材料があって、調味料があって、火加減があって、食器があって……それぞれに大切な役割があります。どれか一つ欠けても、料理は完成しません」
美鈴は、隣に並ぶ仲間たちを見た。
「バレーも、それと一緒です」
涙がまたこぼれた。
「誰か一人欠けても、バレーはできません。拾う人、上げる人、打つ人、声を出す人、ベンチで支える人、怪我した人を待ってくれる人……みんなが大切な役割を果たしてくれたから、ここまで来ることができました」
そこまで言ったところで、美鈴の声が詰まった。
「あとは……」
言葉にならなかった。
美鈴は顔を伏せ、涙を拭った。
すると、隣にいた琴音が一歩前へ出た。
「黒崎先輩は、私たちに“考えること”を教えてくれました」
柚葉も続いた。
「力だけじゃなく、どう打つか。どう支えるか。それを教えてくれました」
咲良が泣きながら言う。
「私は声が小さくて、ずっと怖かったです。でも先輩が、“小さくても先に出せばいい”って言ってくれました」
朱里が笑いながら涙を拭った。
「黒崎先輩のレシピ、ちゃんと受け取りました。今日、完成しました」
会場から、大きな拍手が起きた。
美鈴は、仲間たちに囲まれながら、ただ何度もうなずいていた。
*
その夜。
宿舎で開かれた小さな祝勝会は、涙と笑いに包まれた。
藤崎監督が乾杯の挨拶をする。
「三連覇、おめでとうございます。ただし、明日からまた普通の高校生です」
美鈴が小声で言う。
「監督、余韻短すぎません?」
「余韻は三分で十分です」
「カップ麺ですか」
部員たちが吹き出した。
最後まで、宗像高校らしかった。
*
翌日。
宗像高校女子バレー部は福岡へ帰った。
博多駅に到着すると、そこには予想以上の人が待っていた。
「宗像高校、三連覇おめでとう!」
「黒崎主将、ありがとう!」
「感動した!」
横断幕。
拍手。
報道陣。
保護者。
地元の子どもたち。
美鈴は驚いた顔で立ち尽くした。
「……すごか」
琴音が笑う。
「黒崎先輩、全国区ですよ」
「いや、私は普通の高校生たい」
柚葉が即答する。
「高速フォークサーブ打つ普通の高校生はいません」
美鈴は何も言い返せなかった。
*
春高三連覇を最後に、美鈴は宗像高校女子バレー部を引退した。
体育館の隅に立つと、いろんな音が蘇った。
ボールの音。
シューズの音。
監督の声。
仲間の声。
泣き声。
笑い声。
そして、自分の声。
「最後のレシピ、完成したね」
美鈴は静かに一礼した。
*
進路は、すでに決まっていた。
福岡短期大学・幼児教育系の学科。
幼稚園教諭になるために、必要な知識と技術を学ぶ道だった。
同時に、福岡の実業団チームでバレーを続ける予定もあった。
美鈴は、新しいノートの一ページ目に書いた。
『次のコートは、子どもたちの未来』
*
そして、卒業式。
黒崎美鈴は、卒業生総代として壇上に立った。
体育館には、在校生、先生、保護者が並んでいる。
美鈴は深く礼をし、ゆっくり言葉を紡いだ。
「三年間、ありがとうございました」
声は落ち着いていた。
「私はこの学校で、勝つ喜びだけでなく、負ける悔しさ、怪我の苦しさ、仲間に支えられるありがたさを学びました」
美鈴は少しだけ笑った。
「そして、料理のたとえを使いすぎると、後輩が困惑することも学びました」
会場に笑いが起きた。
美鈴は続ける。
「でも、本当に伝えたかったのは、一人では何も完成しないということです」
静かになった体育館に、美鈴の声が響く。
「仲間がいて、先生がいて、家族がいて、支えてくれる人がいて、初めて一つの時間が完成します」
美鈴は、藤崎監督、正一、佳代のいる方を見た。
「私は、たくさんの人に支えられて、ここまで来ることができました」
目に涙が浮かぶ。
「本当に、ありがとうございました」
*
卒業式は、無事に終わった。
校門の前。
美鈴は卒業証書を抱え、春の風を受けていた。
後輩たちが泣きながら駆け寄ってくる。
「黒崎先輩!」
「卒業しても来てください!」
「新しいレシピ、私たちで作ります!」
美鈴は笑った。
「うん。任せた」
そして、空を見上げた。
宗像高校での時間は終わった。
けれど、美鈴の人生は終わらない。
次は、幼児教育。
子どもたちを支える道。
新しいスタートラインに、黒崎美鈴は立っていた。




