最後のレシピ
第70話
最後のレシピ
春高バレー決勝。
宗像高校対横浜商工。
三年連続、同じカード。
高校バレー史に残る因縁の頂上決戦だった。
*
だが、今年の宗像高校は、これまでとは違った。
主将・黒崎美鈴は、負傷明け。
左足首にはまだ不安が残る。
全国の強豪校は、その情報を全て掴んでいた。
「黒崎を狙え」
「長いラリーへ持ち込め」
「足へ負担をかけろ」
だから、試合開始直後から、美鈴には執拗なマークがついた。
*
実況席。
「さあ始まりました、春高バレー女子決勝! 三年連続の頂上対決、宗像高校対横浜商工!」
解説者が静かに続ける。
「今年のポイントはやはり黒崎美鈴選手でしょう。怪我からの復帰途上。どこまで動けるか、横浜商工も徹底的にそこを突いてくると思われます」
*
第1セット。
横浜商工は、迷いなく美鈴を狙った。
短いフェイント。
深いサーブ。
速い切り返し。
美鈴を動かす。
走らせる。
着地させる。
観客席からも緊張が伝わる。
「黒崎、大丈夫か……」
だが、美鈴は下を向かなかった。
「まだ行ける!」
拾う。
つなぐ。
崩れながらでも返す。
そして。
「琴音!」
西原琴音がトスを上げる。
「柚葉!」
大石柚葉が打ち抜く。
決まる。
宗像高校ベンチが吠えた。
*
今年の宗像高校は、美鈴だけのチームではない。
美鈴が育てた後輩たちがいた。
宮内咲良が声を出す。
「前、空いてます!」
立花美音が流れを変えるサーブを放つ。
仲村七海が独特のテンポで相手ブロックを崩す。
古賀紗季が何度も床へ飛び込む。
そして同級生たち。
牧野朱里。
村瀬琴葉。
河野美桜。
島袋花菜。
苦しい時代を一緒に走ってきた仲間たち。
全員で、美鈴を支えた。
*
だが、横浜商工も怪物だった。
その中心にいたのは、一年生エース――
佐伯菜月。
かつて、美鈴が宗像中時代に可愛がっていた後輩。
菜月は、美鈴のことを知り尽くしていた。
「黒崎先輩は、ここで前に出る!」
読み切る。
コースを消す。
ラリーが続く。
実況が熱を帯びる。
「すごい読み合いです! これは高校女子バレーのレベルを超えています!」
解説者もうなる。
「お互い、ただ打っているだけじゃありません。心理戦です。経験と分析力のぶつかり合いですね」
*
セットカウント1対1。
試合は最終セットへ。
どちらも譲らない。
13対13。
会場全体が息を止める。
実況が叫ぶ。
「さあ、ここでサーバーは黒崎美鈴! 高校最後の大会、最後の大勝負です!」
美鈴はボールを握った。
左足が痛む。
でも、不思議と怖くなかった。
ここまで来た。
ベンチ外。
怪我。
リハビリ。
松葉杖。
泣いた夜。
後輩育成。
全部、ここへ繋がっている。
*
一本目。
美鈴が強烈に伸びるサーブを打つ。
「打った!」
横浜商工のレシーバーが反応する。
だが、伸びる。
予想以上に伸びる。
弾かれた。
ボールがコート外へ飛ぶ。
「サービスエース!! 宗像高校、14対13! マッチポイントです!!」
会場が揺れた。
宗像高校ベンチ総立ち。
だが、美鈴はまだ終わっていない。
*
次が最後。
菜月が前へ出る。
「フォーク来る……!」
美鈴は、それを見た。
(読むよね、菜月)
だからこそ。
最後は、普通のフォークサーブではない。
高校三年間のすべてを込めた、一球。
*
助走。
踏み込み。
腕を振る。
「黒崎、打った!!」
ボールは速かった。
フォークサーブ。
だが、通常より遥かに速い。
高速フォークサーブ。
実況が絶叫する。
「速い!! しかも落ちる!!」
横浜商工のレシーバーが反応する。
菜月も叫ぶ。
「前!!」
だが。
ボールは空中で不規則に揺れ――
最後に。
ストン。
床へ落ちた。
笛。
一瞬の静寂。
そして。
「決まったああああああ!! 宗像高校、春高三連覇達成!!! 最後は黒崎美鈴!! 高校三年間の集大成、高速フォークサーブです!!!!」
*
次の瞬間。
宗像高校の選手たちが、美鈴へ飛び込んだ。
「黒崎先輩!!」
「美鈴!!」
「やった!!」
美鈴は膝をついた。
涙が止まらない。
そこへ。
後輩たちが、美鈴を中心に輪を作った。
琴音が泣きながら言う。
「黒崎先輩のレシピ、受け取りました」
柚葉も涙を流す。
「完成しました」
咲良が続ける。
「最後に、一番美味しいイタリアンが出来ました」
朱里が泣き笑いで言う。
「三年間、煮込み続けたやつです」
体育館に笑いと涙が混ざる。
美鈴は顔を覆って泣いた。
「……ありがと」
*
ネットの向こう。
菜月も泣いていた。
「黒崎先輩……」
美鈴が顔を上げる。
「最後まで、先輩でした」
美鈴は笑った。
「菜月、強かったよ」
「次は……私が」
「うん。待っとる」
*
表彰式。
優勝旗が宗像高校へ渡される。
会場から大きな拍手。
実況が静かに言った。
「宗像高校、春高三連覇。高校女子バレー史に残る偉業です」
藤崎香織監督が優勝旗を受け取る。
その後ろには、美鈴たち。
涙を流しながら笑っていた。
*
そして、優勝インタビュー。
まずは藤崎監督。
「三連覇、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「今年は黒崎主将の怪我もありました」
「ええ。でも、だからこそチームが成長しました。黒崎一人のチームではなく、全員で勝ち取った優勝です」
*
続いて、選手たちへのインタビュー。
琴音。
「黒崎先輩から、“一秒で選べ”を学びました」
柚葉。
「力みすぎないことを教わりました」
咲良。
「声を出す怖さを、先輩が変えてくれました」
朱里。
「最後のイタリアン、最高でした」
会場が笑う。
*
そして最後。
マイクは、美鈴へ向けられた。
会場が静かになる。
「黒崎主将。春高三連覇、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「最後の高速フォークサーブ、すごい一球でした」
美鈴は少し笑った。
「最後くらい、ちょっと派手に行こうかなって」
会場が笑う。
だが、美鈴はすぐ真剣な表情になった。
「でも、あの一球は私一人じゃ打てませんでした」
実況席も静かに聞いている。
「怪我して、コートに立てん時期があった。悔しかった。怖かった。でも、後輩たちが成長してくれた。同級生が支えてくれた。監督、トレーナー、家族、父と母……みんながおった」
美鈴の目に涙が浮かぶ。
「だから、最後に完成したと思います」
「完成?」
美鈴は笑った。
「最後のレシピです」
会場が拍手に包まれる。
美鈴は涙を拭いながら続けた。
「私は特別な人間やないです。ただ、バレーが好きで、仲間が好きで、笑うのが好きな普通の人間です。でも、普通でも、みんなで頑張れば、ここまで来られる」
後輩たちが泣いている。
「だから次は、あの子たちが新しいレシピを作ります」
最後に、美鈴は笑った。
「宗像高校のイタリアンは、まだ終わりません」
体育館が、笑いと拍手に包まれた。




