国体、もう一つの悔しさ
第67話
国体、もう一つの悔しさ
インターハイの悔しさが、まだ体育館に残っていた。
それでも、時間は止まらない。
次に待つのは国体。
福岡代表として戦うため、宗像高校の選手たちは土曜日、体育館に集まった。
*
この日の練習は、いきなりボールから始まらなかった。
体育館の一角にスクリーンが用意されていた。
映し出されたのは、バレーボールワールドカップ決勝。
セルビア対アメリカ。
世界最高峰の戦いだった。
黒崎正一がリモコンを持って前に立つ。
「今日は“考えるバレー”たい。ただ見るだけやなか。何が起きたか、どこを狙っとるか、この後どう動くか。全部考えながら見る」
美鈴は松葉杖のそばに座り、ノートを開いていた。
*
映像が動く。
セルビアの高いブロック。
アメリカの速い展開。
強打を拾い、すぐに攻撃へ切り替える。
正一が映像を止めた。
「ここ。アメリカはどこを狙った?」
琴音が画面を見る。
「セルビアのブロックが中央に寄った瞬間、サイドを使ってます」
「そう。じゃあ次、セルビアはどう修正する?」
朱里が答える。
「サイドのブロックを早めます。でも、そうすると中央が空くかもしれません」
正一がうなずく。
「よか。そうやって先を読む」
*
次の場面。
セルビアのサーブ。
強烈な一球。
レシーブが乱れる。
だが、アメリカは崩れきらず、二段トスから攻撃につなげる。
正一が止める。
「今、何がすごかった?」
咲良が小さく手を挙げた。
「乱れても、みんな次に備えてました」
「その通り。きれいな形だけがバレーやなか。崩れたあとに、どう戻すかたい」
美鈴はその言葉を、静かに書き留めた。
『崩れたあとに戻す力』
*
映像講義のあと、練習が始まった。
国体へ向けた調整。
しかし、美鈴はまだフルで動けない。
軽いパス。
短いサーブ練習。
立った状態でのコース確認。
それだけでも、左足には張りが出る。
(出たい)
美鈴はコートを見る。
(走りたい。跳びたい。打ちたい)
でも、足はまだ答えてくれない。
*
練習後、正一が美鈴の隣に来た。
「美鈴」
「うん」
「焦っとるやろ」
「……うん」
「国体、出たいか」
「出たい」
即答だった。
正一は静かに言った。
「でも、焦って出たら余計に悪くなる」
美鈴は唇を噛む。
「分かっとる」
「今だけやなか。短大、実業団、先生になる道。お前の体は、この先も使う」
美鈴は顔を上げた。
「春高だけじゃなくて?」
「春高も大事。でも、その先の人生も大事たい」
その言葉は重かった。
*
藤崎香織監督も同じ判断だった。
「黒崎、国体は限定出場です」
「……はい」
「サーブ、短時間の後衛、状況によってはベンチからの分析。フル出場はさせません」
美鈴は悔しそうに拳を握った。
「分かりました」
監督は続ける。
「あなたが春高で立つためです」
その一言で、美鈴は黙った。
*
その夜。
美鈴はノートを開いた。
『国体』
『限定出場』
『フルでは出られない』
『焦って戻ったら春に立てない』
『崩れたあとに戻す力』
『今の私に必要なのは、それ』
最後に、こう書いた。
『悔しさを春まで煮込む』
書いてから、美鈴は苦笑した。
「また料理になった」
*
国体本番。
美鈴は限定出場ながら、サーブで流れを変えた。
ベンチから声を出し、相手の癖を読み、タイムアウトで伝えた。
福岡代表は勝ち進んだ。
だが、美鈴の胸には、もう一つの悔しさが残った。
自分の足で、最後まで戦えていない。
その悔しさを抱えたまま、美鈴は春高へ向かう。
最後のレシピを完成させるために。
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次回予告
第68話「復帰へのリハビリ」
国体を限定出場で終えた美鈴。
悔しさは消えない。
しかし、春高で完全復帰するためには、焦らずリハビリを続けるしかない。
走る。
止まる。
跳ぶ。
着地する。
当たり前だった動作が、今は怖い。
「強い選手は、休む勇気も持っとる」
父・正一の言葉を胸に、美鈴は最後の春高へ向けて、一歩ずつ戻っていく。




