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笑う母の物語  作者: リンダ


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ベンチからのレシピ

第65話


ベンチからのレシピ


 インターハイ本戦。


 宗像高校は、全国の舞台へ戻ってきた。


 けれど、今年の宗像高校はこれまでと違う。


 主将・黒崎美鈴が、コートに立てない。


 左足首には固定具。


 足元には松葉杖。


 ユニフォームではなく、ベンチスタッフ用のジャージ姿。


 それでも、美鈴の目はコートを離れなかった。


     *


 初戦。


 相手は、関東の強豪校。


 相手ベンチは、明らかに美鈴不在を狙っていた。


「黒崎は出ない」


「一年生を揺さぶれ」


「宗像は主将なしなら崩れる」


 その意図は、序盤からはっきりしていた。


 咲良の前へ落とすサーブ。


 琴音への強打レシーブ。


 柚葉に打たせる高いブロック。


 宗像高校は、じわじわ追い込まれていく。


     *


 藤崎香織監督がタイムアウトを取った。


 選手たちがベンチに戻る。


 美鈴はノートを開いた。


「相手、咲良の前を狙いすぎとる。次は逆に奥へ来ます」


 藤崎監督がうなずく。


「守備位置、半歩下げます」


「あと、柚葉へのブロックは高いけど、横の戻りが遅いです。柚葉が打つと見せて、七海にずらせます」


 琴音が顔を上げる。


「私が選ぶんですね」


「そう。一秒で選ぶ」


 美鈴はまっすぐ言った。


「私は今、料理できん。でも、レシピは渡せる」


 柚葉が拳を握った。


「なら、私たちが作ります」


「うん。焦がさんでね」


 少しだけ笑いが戻った。


     *


 試合再開。


 相手のサーブは、美鈴の読み通り奥へ伸びた。


 咲良が下がって拾う。


「上げました!」


 琴音がすぐに選ぶ。


 柚葉へ見せて、七海へ。


 七海が独特のテンポで入り、相手ブロックを外す。


 決まった。


 宗像高校のベンチが沸いた。


 美鈴は松葉杖の横で、小さく拳を握る。


「よし」


     *


 そこから宗像高校は息を吹き返した。


 美鈴は打てない。


 でも、見える。


 相手のレシーバーの一歩目。


 セッターの肩の角度。


 ブロックの寄り方。


 サーブの順番。


 全部を拾い上げて、藤崎監督へ伝える。


 監督が采配へ変える。


 選手たちがコートで実行する。


 それは、今までと違う形のバレーだった。


     *


 初戦突破。


 続く二回戦。


 三回戦。


 宗像高校は、苦しみながらも勝ち進んだ。


 美鈴不在の穴は大きい。


 それでも、後輩たちは少しずつ自分たちで立ち始めていた。


 琴音は迷わず選ぶ。


 柚葉は力みを抜く。


 咲良は声を出す。


 朱里は次につながるレシーブを上げる。


 美音はサーブで流れを変える。


 七海はリズムをずらす。


 そして美鈴は、ベンチでその全部を見ていた。


     *


 準々決勝。


 相手は、全国屈指の高さを誇るチーム。


 宗像高校は第1セットを落とした。


 苦しい展開。


 ベンチに戻ってきた選手たちの顔には、疲労と不安がにじんでいた。


 美鈴は、少しだけ沈黙した。


 そして言った。


「正直、今のままなら負ける」


 全員が顔を上げる。


「でも、負ける理由が見えとるなら、まだ変えられる」


 藤崎監督が黙って聞いている。


 美鈴はボードに書いた。


「相手の高さに付き合わん。中央じゃなく、サイドへ振る。前後を使う。強打ばっかりじゃなく、短く落とす」


 琴音がうなずく。


「パスタを絡ませるんですね」


 美鈴は少し笑った。


「そう。今は麺とソースが別々たい」


 咲良が小さく言う。


「なら、私たちが絡めます」


 美鈴はうなずいた。


「頼んだ」


     *


 第2セット。


 宗像高校は変わった。


 高さで勝てないなら、動かす。


 正面突破できないなら、ずらす。


 美鈴のレシピを、コートの中の選手たちが自分たちの手で形にしていく。


 セットを取り返した。


 最終セット。


 14対13。


 宗像高校マッチポイント。


 琴音がトスを上げる。


 柚葉へ。


 相手ブロックが跳ぶ。


 柚葉は打つと見せて、軽く横へ流す。


 七海が入る。


 決まった。


 試合終了。


 宗像高校、ベスト4進出。


     *


 勝った。


 だが、美鈴は笑いきれなかった。


 ベスト4。


 全国の壁。


 そして、自分はまだコートに立てない。


 悔しかった。


 どうしようもなく。


 試合後、体育館の通路で、美鈴は一人、松葉杖を握りしめていた。


「……打ちたかった」


 その声は、小さかった。


 けれど、確かに震えていた。


     *


 そこへ、藤崎監督が来た。


「黒崎」


「はい」


「あなたは今日、戦っていました」


 美鈴は顔を上げた。


「でも、私は一本も打ってません」


「ええ」


「一本も拾ってません」


「ええ」


「でも……」


 言葉が詰まる。


 藤崎監督は静かに言った。


「それでも、チームを動かしました」


 美鈴の目が潤む。


「主将の仕事は、スパイクを決めることだけではありません」


「……はい」


「ベンチからのレシピ。今日は確かに届いていました」


     *


 美鈴は、コートを見つめた。


 自分がいなくても、チームは戦える。


 そのことが嬉しい。


 でも、自分も戦いたい。


 その気持ちも消えない。


 二つの感情が、胸の中でぶつかっていた。


 そして美鈴は思った。


 まだ終われない。


 最後の春高で、必ず戻る。



次回予告


第66話「届かなかったインターハイ」


 ベンチからチームを支え、宗像高校は全国ベスト4へ進出。


 だが、準決勝の相手はさらに強い。


 美鈴のレシピを受け取りながらも、宗像高校は少しずつ追い詰められていく。


 コートに立てない悔しさ。


 届かない一歩。


 それでも声を枯らす美鈴。


「負けたら終わりやない。ここで何を残すかたい」


 次回、第66話「届かなかったインターハイ」。

 美鈴、ベンチで涙をこらえる。

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