黒崎不在のコート
第64話
黒崎不在のコート
美鈴の厳しい言葉から、宗像高校は少し変わり始めていた。
コートの中で、後輩たちが美鈴を見なくなった。
いや、見たい気持ちはある。
不安になれば、松葉杖の主将の姿を探してしまう。
けれど、そのたびに思い出す。
「私が卒業しておらんくなったら、どうすると?」
その言葉が、胸に刺さっていた。
*
インターハイ予選。
宗像高校は苦しみながらも勝ち上がっていった。
美鈴はベンチにいた。
ユニフォームは着ていない。
左足には固定具。
横には松葉杖。
それでも、声は誰よりも出ていた。
「琴音、今の相手ブロック中央寄り!」
「柚葉、力抜いて外!」
「咲良、声先!」
「朱里、今の一本ええよ!」
藤崎香織監督の横で、美鈴は相手の動き、守備位置、サーブ傾向をノートに書き続けた。
監督が短く尋ねる。
「黒崎、相手のサーブ傾向は?」
「次、咲良狙いが来ます。前に落としてから奥です」
「なら守備位置を半歩下げます」
「はい」
藤崎監督は、わずかにうなずいた。
美鈴はもう、ただの負傷者ではなかった。
ベンチの中で、監督の補佐として機能し始めていた。
*
決勝戦。
相手は、美鈴不在の宗像を徹底的に狙ってきた。
「黒崎が出られないなら、守備を揺さぶれ」
「一年生に打たせろ」
「主将なしで崩せ」
その意図は、宗像高校にも伝わっていた。
だが、崩れなかった。
琴音が一秒で選んだ。
「柚葉!」
柚葉が打つ。
強打ではない。
ブロックの外側へ、冷静に。
決まる。
咲良が声を出す。
「私、取ります!」
小さな声だった。
でも、確かに先に出た。
朱里が拾い、七海がリズムをずらし、美音がサーブで流れを切る。
美鈴はベンチで拳を握った。
「そう。それでよか」
*
最終セット。
14対12。
宗像高校、マッチポイント。
相手の強打。
咲良が拾う。
琴音がトスを上げる。
柚葉へ。
柚葉は一瞬だけ力みそうになった。
その時、ベンチから美鈴の声が飛んだ。
「焼きすぎ禁止!」
柚葉が笑った。
力が抜けた。
ブロックの指先を狙う。
ボールは外へ弾けた。
試合終了。
宗像高校、インターハイ本戦出場決定。
*
歓声。
涙。
抱き合う後輩たち。
美鈴はベンチで、静かに目を閉じた。
自分は打っていない。
跳んでいない。
最後の一本を決めたのは後輩だった。
でも、それが嬉しかった。
「黒崎先輩!」
柚葉が駆け寄ってくる。
「勝ちました!」
美鈴は笑った。
「見とった」
「先輩がいなくても……少しだけ、戦えました」
「少しだけやなか」
美鈴は、ゆっくり言った。
「あんたたちは、ちゃんとコートで戦った」
琴音が泣きながら頭を下げる。
「全国でも、戦います」
「うん」
美鈴はうなずいた。
「私はベンチから全部見る。あんたたちは中で全部出しなさい」
*
インターハイ本戦へ。
宗像高校は、三連覇を狙う王者として全国へ向かう。
だが、今年の宗像はこれまでと違う。
主将・黒崎美鈴は、まだコートに立てない。
それでも、彼女の声はチームに届いていた。
彼女の目は、相手の隙を見抜いていた。
彼女の言葉は、後輩たちを前へ進ませていた。
コートの外からでも、主将はチームを動かせる。
美鈴は、そのことを少しずつ知り始めていた。
次回予告
第65話「ベンチからのレシピ」
インターハイ本戦。
宗像高校は全国の舞台へ戻る。
だが、黒崎美鈴はまだコートに立てない。
ベンチから声を出し、相手の癖を読み、藤崎監督の補佐としてチームを支える。
しかし全国の強豪は、美鈴不在の宗像高校を容赦なく攻めてくる。
「私は今、料理できん。でも、レシピは渡せる」
次回、第65話「ベンチからのレシピ」。
美鈴、コート外から全国と戦う。




