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笑う母の物語  作者: リンダ


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松葉杖の主将

第63話


松葉杖の主将


 美鈴がコートに立てなくなってから、宗像高校の空気は明らかに揺れていた。


 声は出ている。

 練習もしている。

 メニューもこなしている。


 けれど、どこかに甘えがあった。


 困った時、誰かが美鈴を見る。

 迷った時、美鈴の指示を待つ。

 空気が重くなると、美鈴の一言を期待する。


 松葉杖をついた美鈴は、体育館の端でそれを見ていた。


 そして、ある日の紅白戦。


 琴音が迷ってトスを遅らせた。

 柚葉が力んでスパイクをアウトにした。

 咲良の声が遅れ、ボールが間に落ちた。


 美鈴は、松葉杖を握る手に力を込めた。


「集合」


 その声は、いつもの明るい声ではなかった。


 全員が美鈴の前に集まる。


 美鈴はゆっくり見渡した。


「みんな、私ば見すぎ」


 体育館が静まる。


「迷ったら私を見る。困ったら私の声を待つ。空気が悪くなったら、私が何か言うと思っとる」


 誰も言い返せない。


 美鈴は続けた。


「でもね、私は来年卒業する」


 その言葉に、一年生たちの表情が変わった。


「私が卒業しておらんくなったら、どうすると?」


 琴音が息をのむ。


「私がいないとトス上げられん? 私がいないと声出せん? 私がいないと勝てん?」


 美鈴の声は厳しかった。


「そんなチーム、三連覇なんか無理たい」


 柚葉が唇を噛む。


 咲良が下を向く。


 けれど、美鈴は言葉を緩めなかった。


「私は今、プレーできん。走れん。跳べん。打てん。だからこそ分かる」


 美鈴は胸を押さえるように言った。


「コートに立っとるあんたたちが、自分で考えんといかん」


 沈黙。


 そして、美鈴は少しだけ声を柔らかくした。


「私は見とる。助言はする。でも、最後に動くのはあんたたちたい」


 琴音が顔を上げた。


「黒崎先輩……」


「琴音。迷ったら、一秒で選びなさい。正解じゃなくてもいい。選ばんことが一番悪い」


「はい」


「柚葉。力で全部壊そうとせん。あんたの一撃は強い。でも、力みすぎたら自分も壊れる」


「はい」


「咲良。声は小さくてもいい。先に出す。黙っとったら、誰にも伝わらん」


「はい」


 美鈴は全員を見る。


「私がいなくても戦えるチームになりなさい」


 その言葉は、体育館の床に重く落ちた。


     *


 練習が再開した。


 最初はぎこちなかった。


 けれど、少しずつ変わった。


 琴音が自分で判断してトスを上げる。


「柚葉!」


 柚葉が力を抜いて、ブロックの外を狙う。


 決まる。


 咲良が一歩前に出る。


「私、取ります!」


 拾う。


 朱里がつなぐ。


 七海がリズムをずらす。


 美音がサーブで流れを変える。


 美鈴はコートの外から見ていた。


 言いたいことは山ほどある。


 でも、あえて黙る。


 待つ。


 失敗させる。


 考えさせる。


 そして必要な時だけ、短く言う。


「今の判断、悪くない」


「次は一歩早く」


「声、出たね」


「それでよか」


     *


 練習後、琴音が美鈴のところへ来た。


「黒崎先輩」


「ん?」


「今日の言葉、怖かったです」


「うん」


「でも……必要でした」


 美鈴は少しだけ笑った。


「私も、言うの怖かったよ」


「先輩も?」


「当たり前たい。嫌われたくないし、泣かせたくもない。でも、甘やかして負ける方がもっと嫌やけん」


 琴音は静かにうなずいた。


「私たち、ちゃんと考えます」


「うん」


「黒崎先輩がいなくても、戦えるようになります」


 美鈴は胸の奥が熱くなった。


「それでこそ、宗像高校たい」


     *


 その夜。


 美鈴はノートを開いた。


『厳しい言葉を言った』

『私は来年卒業する』

『私がいなくても戦えるチームへ』

『琴音:一秒で選ぶ』

『柚葉:力みすぎない』

『咲良:先に声を出す』

『主将は、優しいだけではだめ』

『でも、厳しさの先に信頼を置く』


 最後に、こう書いた。


『私の最後の仕事は、私がいなくても勝てるチームを作ること』



次回予告


第64話「黒崎不在のコート」


 美鈴の厳しい言葉を受け、宗像高校の空気が変わり始める。


 琴音は迷わずトスを選び、柚葉は力みを抑え、咲良は小さくても先に声を出す。


 だが、次の練習試合で、相手校は美鈴が出られない宗像高校を徹底的に揺さぶってくる。


「黒崎がいないなら、ここを狙える」


 コート外から見守る美鈴。


 中で戦う後輩たち。


 次回、第64話「黒崎不在のコート」。

 宗像高校は、本当に美鈴なしで戦えるのか。

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