一秒の判断
第61話
一秒の判断
黒崎家でのオリンピック講義を受け、宗像高校の一年生たちは“判断の速さ”を意識するようになった。
一秒以内に選ぶ。
迷わず声を出す。
拾った瞬間に攻撃へ切り替える。
だが、簡単ではなかった。
琴音は考えすぎる。
柚葉は力む。
咲良は声が詰まる。
それでも、美鈴は言い続けた。
「一秒は短か。でも、試合ではその一秒が全部を変える」
*
そして、インターハイ予選が始まった。
宗像高校は順調に勝ち上がった。
だが、どのチームも宗像を徹底研究していた。
美鈴のサーブ。
イタリアン作戦。
一年生の弱点。
主将・黒崎美鈴への依存度。
すべてを狙ってくる。
*
予選決勝。
宗像高校は苦しみながらもリードを奪っていた。
最終セット。
23対21。
美鈴にトスが上がる。
相手ブロックは二枚。
美鈴は空中で、相手の指先を見た。
(ここ)
鋭く打ち抜く。
決まった。
24対21。
マッチポイント。
その瞬間だった。
着地。
左足首が、嫌な角度で床に入った。
次の瞬間――
激痛。
「っ……!」
美鈴の体が崩れた。
体育館の空気が凍った。
*
「黒崎!」
「美鈴!」
試合が止まった。
藤崎香織監督がすぐに駆け寄る。
トレーナーも走る。
美鈴は左足首を押さえ、歯を食いしばっていた。
「……すみません」
「謝らなくていい。動かさないで」
藤崎監督の声は冷静だった。
だが、その目には緊張があった。
担架が用意された。
美鈴がコートの外へ運ばれる。
応急処置。
アイシング。
固定。
宗像高校の選手たちは、動揺していた。
主将がいない。
絶対的な柱が、コートから消えた。
*
美鈴は担架の上から、仲間たちを見た。
一年生の顔が真っ青だった。
琴音は震えている。
柚葉は唇を噛んでいる。
咲良は泣きそうな顔をしていた。
美鈴は息を吸った。
痛い。
ものすごく痛い。
でも、声は出した。
「あんたら!」
全員が振り向いた。
「あんたらは、私がプレーできなくても戦える」
体育館が静まる。
「今まで何してきたと? 黒崎家でDVD見て、紅白戦して、パスタ茹ですぎて、ソース絡まんで、何回も失敗してきたやろ」
少しだけ笑いが漏れた。
美鈴は続けた。
「今までやってきたこと、信じてプレーしなさい」
琴音の目に涙が浮かぶ。
「黒崎先輩……」
「琴音、考えすぎんでいい。一秒で選べ」
「はい!」
「柚葉、力むな。焼きすぎ禁止」
「はい!」
「咲良、声出せ。小さくてもいいけん、先に出せ」
「はい!」
美鈴は全員を見た。
「私は外から見る。でも、コートに立つのはあんたたちたい」
*
救急搬送の準備が進む。
藤崎監督が美鈴のそばに来た。
「黒崎、病院へ行きます」
「はい」
「チームは任せなさい」
美鈴はうなずいた。
「お願いします」
そして、最後に仲間たちへ叫んだ。
「勝って、全国行くばい!」
「はい!」
その声が、体育館に響いた。
*
美鈴は整形外科へ搬送された。
コートには、もう美鈴はいない。
だが、宗像高校は崩れなかった。
琴音がトスを上げる。
一秒で選ぶ。
柚葉が打つ。
力まず、コースへ。
咲良が声を出す。
「私、取ります!」
朱里が拾う。
花菜がリズムをずらす。
真衣がサーブで流れを変える。
美鈴がいないコートで、宗像高校は戦った。
*
24対22。
相手のサーブ。
咲良が声を出した。
「前、私!」
拾う。
琴音が上げる。
柚葉へ。
柚葉は打つ。
強打ではない。
ブロックの外側。
決まった。
試合終了。
宗像高校、インターハイ福岡代表決定。
*
歓声が上がった。
しかし、誰もすぐには喜びきれなかった。
主将が病院へ運ばれた。
その重さが、全員の胸にあった。
藤崎監督は静かに言った。
「勝ちました。ですが、ここからが本当の勝負です」
琴音は涙を拭いた。
「黒崎先輩に、報告しに行きたいです」
柚葉がうなずく。
「全国、決めましたって」
咲良も言った。
「先輩がいなくても戦えるって、少しだけ証明できました」
*
病院。
美鈴は診察を受けていた。
左足首は腫れていた。
医師が慎重に確認する。
結果は、捻挫。
骨折ではなかった。
だが、軽くはない。
しばらく安静とリハビリが必要だった。
美鈴は天井を見つめた。
「……全国」
間に合うかどうかは、まだ分からない。
それでも、美鈴は目を閉じた。
痛みよりも、チームのことが気になった。
あの子たちは、戦えただろうか。
自分がいなくても、勝てただろうか。
*
そこへ、藤崎監督から連絡が入った。
「黒崎」
「はい」
「勝ちました」
美鈴は息を止めた。
「……本当ですか」
「ええ。福岡代表です」
美鈴の目に、涙がにじんだ。
「よかった……」
「あなたがいなくなったあと、チームは踏ん張りました」
「はい……」
「あなたが育てたチームです」
美鈴は、声を詰まらせた。
「ありがとうございます」
*
その夜。
美鈴は病院のベッドで、ノートを開いた。
左足首には包帯。
痛みはまだある。
でも、手は動く。
『インターハイ予選決勝』
『左足首負傷』
『途中退場』
『チームは勝った』
『私がいなくても戦えた』
『でも、全国に間に合わせたい』
最後に書いた。
『主将は、コートの中だけでチームを支えるんじゃない』
*
黒崎美鈴、高校三年。
インターハイ出場を決めた日。
彼女はコートを離れた。
だが、その声はチームを動かした。
そして宗像高校は、美鈴がいなくても戦えるチームへ、少しだけ近づいた。
⸻
次回予告
第62話「主将、コートの外へ」
左足首を負傷した美鈴。
骨折ではなかったものの、全国までに復帰できるかは不透明だった。
焦る美鈴。
支えようとする仲間たち。
そして、藤崎監督は告げる。
「黒崎、今のあなたにできる主将の仕事をしなさい」
コートに立てない主将が、チームをどう導くのか。
次回、第62話「主将、コートの外へ」。
美鈴、最大の試練へ。




