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笑う母の物語  作者: リンダ


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イタリアン、初実践

第59話


イタリアン、初実戦


 黒崎家での講義を経て、新一年生たちは少しずつ試合を見る目を育て始めていた。


 だが、映像で分かることと、実際にコートで動けることは違う。


 それを思い知らされる日が来た。


     *


 この日の練習は、紅白戦。


 藤崎香織監督は、戦力が均等になるようにチームを分けた。


 美鈴が入る白組。


 牧野朱里、西原琴音、大石柚葉、立花美音が同じ組。


 相手の赤組には、河野美桜、島袋花菜、原田芽衣、宮内咲良、古賀紗季が入った。


 単なる勝敗ではない。


 誰がどの役割に合うのか。

 誰が緊張すると崩れるのか。

 誰が流れを変えられるのか。


 適性を見るための実戦だった。


     *


 試合開始。


 最初から課題が噴き出した。


 琴音のトスは少し高すぎる。


 柚葉は力みすぎてスパイクをアウト。


 朱里は拾えるが、次の攻撃につながる位置へ上げきれない。


 美音はサーブで攻めようとしてネット。


 一方、赤組も同じだった。


 美桜はブロックに入るタイミングが遅い。


 花菜は独特のリズムが先走る。


 芽衣は勢いだけで打ち込み、紗季は守備と攻撃の切り替えに迷う。


 咲良は声が小さく、ボールを譲り合ってしまう。


 美鈴は苦笑した。


「パスタは茹ですぎ、ソースは絡まん、具材はバラバラたい」


 藤崎監督が腕を組む。


「黒崎、料理としては壊滅ですね」


「はい。バレーとしても、まだアルデンテには遠かです」


     *


 紅白戦は何度も止まった。


 そのたびに、美鈴は一年生へ声をかける。


「琴音、トスは高ければいいわけやなか。相手のブロックが間に合わん高さと速さを考える」


「はい!」


「柚葉、焼きすぎ注意。力で全部解決しようとせん」


「はい!」


「朱里、ナイスレシーブ。でも次に誰が打つかまで考えたら、もっとよくなる」


「はい!」


「花菜、リズムは武器。でも味方が置いていかれたら、ただの早口言葉たい」


「早口言葉……はい!」


     *


 厳しい練習だった。


 走る。


 拾う。


 修正する。


 また失敗する。


 一年生たちの顔に疲れが出始めた。


 その時、美鈴が声を張った。


「はい、今のパスタ、茹でる鍋の水が蒸発しとる!」


 芽衣が息を切らしながら言う。


「それ、どうなるんですか?」


「パスタが乾麺に戻る!」


 体育館が一瞬静まり、次の瞬間、爆笑が起きた。


 咲良が笑いすぎて膝に手をつく。


「戻るんですか!?」


 美鈴は真顔でうなずく。


「戻らん。でも今のうちらの動きは、それくらい逆行しとる」


 藤崎監督が口元を押さえる。


「黒崎、妙に分かりやすいのが腹立たしいですね」


     *


 すると、一年生たちも少しずつ乗り始めた。


 柚葉がスパイクをアウトにしたあと、自分で叫ぶ。


「ビステッカ、焼きすぎました!」


 美鈴が返す。


「次はミディアムレア!」


 琴音がトスを上げすぎたあと、苦笑しながら言う。


「リゾット、米が膨らみすぎました!」


「水分調整!」


 美音はサーブ前に小さく言った。


「エスプレッソ、苦味出します」


 それがきれいに決まる。


 ベンチが沸く。


 花菜も独特のタイミングで速攻に入り、決めたあとに言った。


「アラビアータ、ちょっと辛くできました」


 体育館に笑いと拍手が広がった。


     *


 練習の後半。


 紅白戦の質が少しずつ変わってきた。


 朱里のレシーブが攻撃につながる。


 琴音のトスが低く速くなる。


 柚葉が力を抜いてコースを打つ。


 美桜がワンタッチを取る。


 紗季が攻守の切り替えを早める。


 咲良の声が少し大きくなる。


 まだまだ粗い。


 でも、バラバラだった具材が、少しずつソースと絡み始めていた。


     *


 最後の一本。


 赤組の攻撃。


 芽衣が打つ。


 朱里が拾う。


 琴音が美鈴ではなく、柚葉へ上げる。


 柚葉は力まず、ブロックの外を狙った。


 決まる。


 白組が勝った。


 柚葉は驚いた顔で自分の手を見る。


「今、力入れすぎてなかった……」


 美鈴が笑う。


「それたい。美味しい一本は、偶然じゃ作れん。でも、今のは作ろうとした一本やった」


     *


 練習後。


 一年生たちは床に座り込んでいた。


「きつい……」


「でも、ちょっと分かってきた気がする」


「ギャグ言う余裕も少し出た……」


 咲良が小さく言った。


「私、最初は意味分からんかったけど……笑えると、次の一本に行きやすいです」


 美鈴はうなずいた。


「それが宗像高校たい」


 藤崎監督が近づいてきた。


「今日の紅白戦、課題は山ほどあります」


 全員が姿勢を正す。


「ですが、変化も見えました」


 そして、美鈴を見る。


「黒崎。あなたは厳しく言いながら、空気を沈ませない。それは主将として大きな武器です」


 美鈴は頭を下げた。


「ありがとうございます」


     *


 その夜。


 美鈴はノートを開いた。


『イタリアン初実戦』

『紅白戦で適性確認』

『琴音:トスの高さ調整』

『朱里:次につながるレシーブ』

『柚葉:力みすぎ注意』

『花菜:リズムを味方に合わせる』

『咲良:声を出す』

『美音:サーブで流れを変えられる』

『一年生もギャグを言い始めた』

『乾麺に戻るパスタ事件』


 最後に書いた。


『美味しい一本は、偶然じゃ作れん』


     *


 宗像高校のイタリアン作戦は、まだ始まったばかり。


 麺はまだ茹ですぎる。

 ソースはまだ絡まない。

 具材もまだ暴れる。


 それでも、笑いながら、考えながら、少しずつ一本になっていく。


 黒崎美鈴の最後の高校一年は、確かに動き始めていた。



次回予告


第60話「アルデンテへの道」


 紅白戦で課題を山ほど見つけた宗像高校。


 美鈴は新一年生たちに、それぞれの“茹で加減”を見極める練習を始める。


 だが、力みすぎる柚葉、声が小さい咲良、考えすぎる琴音。


 イタリアン作戦は、まだまだ完成には遠い。


「固すぎても、柔らかすぎてもいかん。ちょうどよか一本を作るとよ」


 次回、第60話「アルデンテへの道」。

 宗像高校、三連覇への味づくりは続く。

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