黒崎家イタリアン講義
第58話
黒崎家イタリアン講義
新一年生が入部して数日後。
美鈴はいつものように言った。
「土曜日、黒崎家集合」
新一年生たちは顔を見合わせた。
「黒崎家……?」
「何するんですか?」
美鈴はにっと笑った。
「バレーの講義たい」
宮内咲良が小さく手を挙げる。
「あの……イタリアン作るんじゃなくて?」
「バレーたい」
牧野朱里が横から言う。
「でも、黒崎先輩の家やけん、何が出てくるか分からんよ」
新一年生たちの頭上に、また見えないはてなマークが飛び始めた。
*
土曜日。
黒崎家のリビングには、新一年生たちがずらりと座っていた。
原田芽衣。
西原琴音。
宮内咲良。
田辺遥香。
大石柚葉。
古賀紗季。
立花美音。
仲村七海。
そして、父・黒崎正一がDVDをセットしていた。
「今日は、春高決勝。宗像高校が優勝した試合を見る」
一年生たちの背筋が伸びる。
正一はリモコンを持ったまま言った。
「ただ見るだけじゃない。何が起きていたか、自分ならどうするか。そこまで考える」
美鈴も横でうなずく。
「見るのも練習たい」
*
映像が始まる。
春高決勝。
宗像高校対横浜商工。
画面の中で、美鈴が跳び、松永沙紀がトスを散らし、宗像高校が必死につないでいる。
正一が映像を止めた。
「ここ。相手は何を狙っとる?」
西原琴音が答える。
「宗像のブロックを中央に寄せて、サイドを空けようとしてます」
「そう。じゃあ、自分がセッターなら?」
「逆に、相手のブロックが寄る前に速く外へ振ります」
正一がうなずく。
「いい答え」
*
次の場面。
美鈴のサーブ。
正一がまた止める。
「これは?」
立花美音が画面を食い入るように見た。
「回転が変です。強く見えるけど、最後に落ちる感じ……」
美鈴が笑う。
「フォークサーブたい」
「本当に野球から来てるんですね……」
美音は真剣にメモした。
*
講義は二時間続いた。
原田芽衣は攻撃の入り方。
西原琴音はトスの選択。
宮内咲良はレシーブ位置。
田辺遥香はブロックの一歩目。
大石柚葉は強打と力みの違い。
古賀紗季は攻守の切り替え。
立花美音はサーブ回転。
仲村七海はテンポのずらし方。
それぞれが、自分の目で試合を見るようになっていった。
美鈴はその様子を見て、少し嬉しくなった。
(今年の一年生、ちゃんと味が出そうやね)
*
講義が終わる頃、台所からいい香りが漂ってきた。
トマトソース。
にんにく。
オリーブオイル。
焼きたてのパン。
原田芽衣が鼻を動かす。
「……あれ?」
宮内咲良が小声で言う。
「まさか」
佳代が笑顔で食卓に料理を並べ始めた。
「はい、お待たせ。今日はイタリアンよ」
テーブルには、ミートソースパスタ、ペペロンチーノ、チキンのトマト煮、サラダ、ガーリックトーストが並んでいた。
新一年生たちは固まった。
古賀紗季がつぶやく。
「本当にイタリアン出てきた……」
大石柚葉が美鈴を見る。
「黒崎先輩、ここまで作戦ですか?」
美鈴は真顔で言った。
「いや、これはお母さんの本気たい」
正一が笑う。
「戦術も食事も、今年はイタリアンでいくらしいな」
佳代がさらりと言う。
「美鈴がパスタパスタ言うけん、食べたくなったとよ」
リビングに笑いが広がった。
*
食卓はにぎやかだった。
「ペペロンチーノ、黒崎先輩ですね」
「シンプルで強いけど、にんにく効きすぎ注意たい」
「私、ビステッカなんですよね」
「柚葉は力みすぎ注意。焼きすぎたら硬くなる」
「黒崎先輩、食べながらも指導ですか」
「食事も講義たい」
新一年生たちは、最初の緊張が嘘のように笑っていた。
黒崎家。
バレーの講義。
本物のイタリアン。
そして、美鈴のよく分からないけれど妙に納得できる例え話。
ここからまた、新しい宗像高校が始まっていく。
次回予告
第59話「イタリアン、初実戦」
黒崎家での講義を経て、新一年生たちは少しずつ試合を見る目を育て始める。
だが、練習試合ではさっそく課題が噴き出す。
パスタは茹ですぎ。
ソースは絡まない。
具材はバラバラ。
美鈴は笑いながらも、主将として厳しい判断を迫られる。
「美味しい一本は、偶然じゃ作れん」
次回、第59話「イタリアン、初実戦」。
宗像高校、三連覇への新メニューが試される。




