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笑う母の物語  作者: リンダ


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イタリアン作戦、開店前から大混乱

新章


イタリアン作戦、開店前から大混乱


 新一年生が入部した日。


 宗像高校女子バレー部の体育館には、初々しい緊張感が漂っていた。


 黒崎美鈴、三年生。


 主将。


 身長175センチ。

 歴代トップクラスの身体能力。

 全国を何度も制してきた経験。

 そして、なぜか戦術を料理で語る女。


 美鈴は新一年生たちの前に立ち、にっこり笑った。


「去年は中華やったけん、今年はイタリアンで行こうか」


 体育館が、静まり返った。


「みんなで、美味しいパスタ作ろう」


 新一年生たちの頭上に、見えない「?」が十個くらい飛び交った。


     *


宗像高校女子バレー部・新一年生


原田芽衣


出身:宗像市立城山中

ポジション:アウトサイドヒッター

明るく反応が早い。打点はまだ低いが、コースを見る目がある。


西原琴音


出身:福岡市立香椎第二中

ポジション:セッター

落ち着いた性格。判断力はあるが、強豪校のテンポにはまだ慣れていない。


宮内咲良


出身:北九州市立折尾中

ポジション:リベロ

小柄だが粘り強い守備型。声はまだ小さい。


田辺遥香


出身:久留米市立筑邦西中

ポジション:ミドルブロッカー

身長があり、ブロックの素質十分。ただし動きはまだ硬い。


大石柚葉


出身:佐賀市立昭栄中

ポジション:オポジット

パワー型。勢いはあるが、力みすぎる癖がある。


古賀紗季


出身:熊本市立託麻中

ポジション:アウトサイドヒッター

守備も攻撃もバランス型。観察力が高い。


立花美音


出身:長崎市立桜馬場中

ポジション:リリーフサーバー

サーブの回転に独特の感覚を持つ。緊張すると無口になる。


仲村七海


出身:沖縄・浦添第一中

ポジション:ミドルブロッカー

リズム感のある速攻が得意。島袋花菜の後輩的存在。


     *


 自己紹介が終わると、美鈴は腕を組んでうなずいた。


「よし。今年の食材、そろったね」


 原田芽衣が、おそるおそる手を挙げた。


「あの、黒崎先輩」


「何?」


「ここ、バレー部ですよね?」


 美鈴は即答した。


「バレー部たい」


 西原琴音が困惑した顔で続ける。


「バレー部で、イタリアン作るんですか?」


「作る」


「作るんですか!?」


 美鈴は堂々と言った。


「いやまぁ、これは宗像高校の伝統的な?」


 その瞬間、三年の牧野朱里がすかさず突っ込んだ。


「いやいや、黒崎先輩が始めたんやろ?」


 体育館が爆笑に包まれた。


 美鈴は少しだけ目をそらした。


「伝統は、誰かが始めた瞬間から伝統たい」


 村瀬琴葉が冷静に言う。


「それ、かなり強引です」


 新一年生たちはますます混乱した。


 バレー部に入ったはずなのに、先輩たちはイタリアンだのパスタだの伝統だの言っている。


 頭の中で、はてなマークが二十個に増えた。


     *


 藤崎香織監督が腕を組んだまま言った。


「黒崎。説明を」


「はい!」


 美鈴はホワイトボードに大きく書いた。


今年の宗像高校


イタリアン作戦


「去年の中華定食は、火力と勢い、切り替えがテーマやった」


 新一年生たちは真剣に聞いている。

 いや、半分くらいはまだ困惑している。


「今年は、もっと組み合わせが大事になる。パスタは麺だけでも、ソースだけでも完成せん。茹で加減、ソース、具材、香り、仕上げ。全部のタイミングが合って、初めて美味しくなる」


 美鈴はボールを持ち上げた。


「バレーも同じたい。拾う、上げる、打つ。声を出す、流れを読む、相手をずらす。全部がつながって、一本になる」


 新一年生たちの表情が、少し変わった。


 意味が分かり始めたのだ。


     *


イタリアン作戦・役割案


黒崎美鈴/ペペロンチーノ

シンプルだが奥深い。少ない材料で試合の流れを変える主将。


牧野朱里/トマトソース

守備の土台。酸味と安定感で全体を支える。


村瀬琴葉/カルボナーラ

セッターとして全体をまとめる。火加減を間違えると固まるので冷静さが命。


河野美桜/ラザニア

層を重ねるブロック。時間はかかるが、完成すれば厚みのある壁になる。


島袋花菜/ジェノベーゼ

独特の香りとリズムで相手をずらす切り札。


原田芽衣/ボロネーゼ

勢いと明るさのある攻撃役。じっくり煮込めば深みが出る。


西原琴音/リゾット

落ち着いた組み立て役。焦らず、全体を吸収してまとめる。


宮内咲良/カプレーゼ

シンプルな守備。派手ではないが、試合の口当たりを整える。


田辺遥香/ミネストローネ

いろんな要素を受け止めるミドル。まだ具材多めで整理中。


大石柚葉/ビステッカ

強い一撃が武器。ただし焼きすぎ注意。


古賀紗季/ピザ・マルゲリータ

攻守のバランス型。基本に忠実で、どんな場面にも合わせやすい。


立花美音/エスプレッソ

短い出番で一気に目を覚まさせるサーブ担当。


仲村七海/アラビアータ

独特のテンポと刺激。相手のブロックを慌てさせる速攻型。


     *


 説明が終わると、新一年生たちはしばらく黙っていた。


 やがて、宮内咲良がぽつりと言った。


「……バレー部ですよね?」


 美鈴は笑った。


「うん。めちゃくちゃバレー部」


 古賀紗季が小さく手を挙げる。


「でも、ちょっと分かりました」


「おっ」


「一人だけじゃ完成しないってことですよね」


 美鈴はにっこりした。


「そう。それが今年の宗像高校たい」


 藤崎監督が小さくうなずく。


「表現は相変わらず妙ですが、内容は正しいです」


 大石柚葉が真顔で言った。


「私、ビステッカ……焼きすぎ注意……」


 牧野朱里が笑う。


「力みすぎ注意ってことやね」


「なるほど……肉で注意されるとは思いませんでした」


 体育館がまた笑いに包まれた。


     *


 練習が始まった。


 イタリアン作戦は、まだ名前だけだった。


 原田芽衣は勢いよく打つが、コースが甘い。


「ボロネーゼ、まだ煮込み足りん!」


「はい!」


 西原琴音はトスを急ぎすぎる。


「リゾット、焦げたら台無したい!」


「はい!」


 宮内咲良は声が小さい。


「カプレーゼ、もっと存在感出してよか!」


「はい!」


 田辺遥香はブロックの動きが硬い。


「ミネストローネ、具材が渋滞しとる!」


「具材!?」


 立花美音はサーブ練習で黙り込む。


「エスプレッソ、苦味出していこう!」


「……はい!」


 新一年生たちは、訳が分からないながらも、少しずつ笑い始めた。


 厳しい練習なのに、空気が沈みきらない。


 これが美鈴の作るチームだった。


     *


 練習後。


 原田芽衣が美鈴のところへ来た。


「黒崎先輩」


「何?」


「最初、ほんとに意味分かりませんでした」


「うん。だいたいみんなそう」


「でも、ちょっと楽しかったです」


「なら大丈夫」


 美鈴は笑った。


「きつい練習の中に、ちょっと楽しいが残っとるなら、続けられる」


 芽衣はうなずいた。


「私、ちゃんと煮込まれます」


「よし。いいボロネーゼになろう」


 横で聞いていた朱里が小声で言った。


「もう完全に料理教室やん」


 美鈴は振り向く。


「聞こえとるよ、トマトソース」


「私まで巻き込まんでください」


     *


 その夜。


 美鈴はノートを開いた。


『高校三年・新一年生入部』

『今年の作戦:イタリアン』

『全員の組み合わせ、タイミング、茹で加減』

『新一年生は混乱。はてなマーク大量』

『でも、笑いながら少しずつ理解』


 最後に書いた。


『三連覇へ。今年は美味しいパスタを作る』


 書いてから、美鈴は自分で笑った。


「ほんとにバレー部なんやけどね」


 でも、それでいい。


 これが、宗像高校。


 これが、黒崎美鈴のチームだった。

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