後輩を育てる難しさ
第51話
後輩を育てる難しさ
新一年生を迎えた宗像高校。
美鈴は、初めて“教える側”の難しさにぶつかっていた。
厳しく言えば萎縮する。
優しくしすぎれば、練習の空気が緩む。
「育てるって、こんなに難しかと?」
美鈴は体育館の隅で、深く息を吐いた。
*
土曜日。
黒崎家の玄関に、新一年生たちの声が響いた。
「おじゃまします!」
美鈴の家は、宗像高校から歩いて十五分ほど。
新チームになってから、美鈴は毎週土曜日、一年生たちを家に招くようになっていた。
目的は、バレー研究会。
名づけて――
「黒崎定食、新装開店たい」
牧野朱里が苦笑する。
「黒崎先輩、やっぱりここ、定食屋なんですか?」
「違う。バレー研究所たい」
大野千晴が冷静に言う。
「名前が定食なんですが」
「細かいことは気にせん」
*
リビングには、世界レベルの試合DVDが並んでいた。
日本代表。
海外クラブ。
オリンピック決勝。
世界選手権。
父・黒崎正一も在宅だった。
福岡の実業団チームでコーチをしている正一は、一年生たちを見ると笑った。
「お、今年の黒崎定食の新メンバーか」
「お父さんまで定食って言わんで」
「お前が始めたんやろ」
一年生たちが笑う。
*
DVDが始まる。
画面には、世界トップクラスのチームのラリー。
速い。
高い。
判断が早い。
美鈴が一時停止する。
「今の場面、自分ならどうする?」
村瀬琴葉が真剣に画面を見る。
「相手ブロックが中央に寄ってるので、サイドに振ります」
正一がうなずく。
「いいね。でも、サイドに振るなら一本目のレシーブ位置が大事たい」
牧野朱里が食い入るように見る。
「レシーブから攻撃が始まっとるんですね」
「そう。拾うだけじゃない。次にどう攻めるかまで考えて上げる」
河野美桜が小さく言う。
「ブロックも、止めるだけじゃないんですね」
美鈴がうなずく。
「触るだけでも味が変わる」
「また料理……」
「でも、分かるやろ?」
美桜は少し笑った。
「はい。ちょっと分かります」
*
最初は緊張していた一年生たちも、少しずつ発言するようになった。
白石莉央は、攻撃の入り方を語る。
戸田紗菜は、ジャンプ前の助走を見ていた。
緒方真衣は、サーブの回転に注目する。
島袋花菜は、沖縄出身らしい独特のリズム感で言った。
「今の攻撃、音楽みたいです。テンポが一瞬遅れて、相手がずれてます」
美鈴は目を輝かせた。
「それ、大事。花菜、それがあんたの武器たい」
花菜は驚いた顔をする。
「私の武器……」
「うん。人と違うリズムを持っとる。そこを消さんでいい」
*
研究会のあと、佳代が昼食を出した。
おにぎり。
味噌汁。
唐揚げ。
卵焼き。
煮物。
牧野朱里が目を丸くした。
「本当に定食だ……」
美鈴は胸を張る。
「黒崎定食、本日のおすすめたい」
正一が真顔で言う。
「食べることも練習。体は食べたもので作られる」
美鈴が続ける。
「あと、笑いも栄養たい」
「それは黒崎先輩限定では?」
「宗像高校では必修科目たい」
*
その夜。
美鈴はノートに書いた。
『後輩を育てるのは難しい』
『でも、家で映像を見ると、それぞれの見方が分かる』
『千晴:冷静な判断』
『朱里:守備の理解』
『琴葉:組み立て』
『美桜:ブロック意識』
『莉央:攻守バランス』
『紗菜:助走と打点』
『真衣:サーブ回転』
『花菜:リズム』
最後に書く。
『黒崎定食、新たなスタート』
*
翌週の練習。
一年生たちの動きは、少し変わっていた。
朱里はただ拾うのではなく、次のトスを考えて上げる。
琴葉は迷わず、サイドへ振る。
美桜は止めることにこだわらず、ワンタッチを狙う。
真衣はサーブの回転を意識し始める。
花菜は独特のテンポで速攻に入る。
まだ粗い。
まだ失敗も多い。
でも、確かに変わり始めていた。
藤崎香織監督が美鈴に言った。
「黒崎」
「はい」
「少し、育て方が見えてきましたね」
美鈴は汗を拭った。
「まだ全然です。でも、一人ずつ味が違うのは分かってきました」
「なら、その味を消さないこと」
「はい」
*
練習後、一年生たちが美鈴の周りに集まった。
「黒崎先輩、次の土曜も行っていいですか?」
「もちろん」
「今度はサーブの映像を見たいです」
「私はブロック」
「私はセッター特集がいいです」
美鈴は笑った。
「よし。次回の黒崎定食は、ポジション別フルコースたい」
一年生たちが笑う。
藤崎監督が遠くから言った。
「黒崎、食べ物から離れなさい」
「努力します!」
桜庭ひかりが小声で言う。
「絶対離れんやつやね」
美鈴は笑った。
育てることは難しい。
でも、少しだけ分かってきた。
後輩は、自分の思い通りに動かすものではない。
一人ひとりの役割を見つけ、持っている味を引き出すものだ。
黒崎美鈴、高校二年。
先輩としての新しい戦いが、始まっていた。
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次回予告
第52話「二年目のインターハイ予選」
黒崎定食の研究会で、少しずつ形になり始めた新チーム。
しかし、インターハイ予選は甘くない。
相手校は三冠王者・宗像高校を徹底研究してくる。
新一年生の弱点を狙われ、美鈴は先輩として、主力として、苦しい判断を迫られる。
「守るだけじゃ勝てん。育てながら勝つ」
次回、第52話「二年目のインターハイ予選」。
美鈴、新チームで最初の大勝負へ。




