春の新チーム
第50話
春の新チーム
三冠を達成した宗像高校女子バレー部。
しかし春が来れば、チームは一度、まっさらになる。
高城由奈たち三年生は卒業した。
去年の絶対的な柱はもういない。
残った二年生たちは、今度は支える側ではなく、背負う側へ回る。
黒崎美鈴も、その一人だった。
*
体育館には、新一年生たちが並んでいた。
緊張で顔が硬い者。
目を輝かせている者。
すでに周囲を観察している者。
足元を見つめている者。
藤崎香織監督が静かに言った。
「自己紹介。名前、出身中学、ポジション。簡潔に」
「はい!」
*
宗像高校女子バレー部・新一年生
大野千晴
出身:福岡市立香椎第三中
ポジション:アウトサイドヒッター
「大野千晴です。高さはまだ足りませんが、コース打ちを磨きたいです。よろしくお願いします」
落ち着いた声だった。
美鈴は思った。
(この子、試合中も冷静そうやね)
*
牧野朱里
出身:北九州市立若松南中
ポジション:リベロ
「牧野朱里です。拾うことだけは誰にも負けたくありません。よろしくお願いします」
小柄だが、目が強い。
桜庭ひかりが小声で言った。
「守備の子やね」
美鈴はうなずいた。
「味噌汁候補たい」
「また始まった」
*
村瀬琴葉
出身:久留米市立城南中
ポジション:セッター
「村瀬琴葉です。トスの精度を上げて、攻撃を組み立てられる選手になりたいです」
中原小雪がじっと見ていた。
同じセッターとして、もう意識している。
*
河野美桜
出身:佐賀市立鍋島中
ポジション:ミドルブロッカー
「河野美桜です。ブロックで流れを変えられる選手になりたいです。よろしくお願いします」
身長がある。
だが、声は少し小さい。
美鈴は心の中でメモした。
(自信がつけば化けるタイプ)
*
白石莉央
出身:熊本市立帯山中
ポジション:オポジット
「白石莉央です。攻撃も守備もできる選手を目指します。よろしくお願いします」
力強い声。
伊東沙耶が小さく笑った。
「声、いいですね」
「沙耶と声出し勝負になるかもね」
*
戸田紗菜
出身:長崎市立山里中
ポジション:アウトサイドヒッター
「戸田紗菜です。ジャンプ力を生かして、宗像高校の力になりたいです」
細身だが、足のバネがありそうだった。
*
緒方真衣
出身:大分市立明野中
ポジション:リリーフサーバー・守備
「緒方真衣です。サーブで流れを変えられる選手になりたいです」
美鈴は目を細めた。
(サーブ職人候補。これは面白か)
*
島袋花菜
出身:沖縄・那覇第一中
ポジション:ミドルブロッカー
「島袋花菜です。リズムのある攻撃が得意です。よろしくお願いします」
独特の間を持った選手だった。
去年、沖縄代表のリズムに苦しんだ美鈴は、すぐに興味を持った。
*
自己紹介が終わる。
新一年生たちは、まだ緊張していた。
そこで美鈴が一歩前に出た。
「みんな、ようこそ宗像高校女子バレー部へ」
新一年生たちが一斉に背筋を伸ばす。
「ここは、きつかよ」
いきなり現実を突きつけた。
「走る。拾う。跳ぶ。怒られる。また走る。足が退職届を準備し始める」
一年生たちの目が丸くなる。
美鈴は続けた。
「でも、ここには全国の景色がある。最後の一本を仲間と取り切る景色がある」
空気が少し変わった。
「そのために必要なのは、全員の役割たい」
美鈴はにっと笑う。
「試合は料理に似とる」
その瞬間、大野千晴が小さく手を挙げた。
「あの……黒崎先輩」
「何?」
「ここ、バレー部ですよね?」
体育館に笑いが起きた。
美鈴は満足そうにうなずいた。
「よか質問たい。毎年一回は出る伝統芸やね」
藤崎監督が腕を組んだまま言った。
「黒崎、話を前へ進めなさい」
「はい!」
*
「つまりね」
美鈴はボールを手に持った。
「強いチームは、一人で勝たん。打つ人、拾う人、上げる人、声を出す人、ベンチで見る人。全部必要」
新一年生たちが真剣に聞く。
「千晴は、たぶん冷静にコースを見られる。朱里は拾うことでチームを支えられる。琴葉は攻撃の組み立て。美桜はブロック。莉央は攻守のバランス。紗菜はジャンプ力。真衣はサーブ。花菜はリズム」
名前を呼ばれた一年生たちの表情が変わる。
「今はまだできんことが多くて当たり前。でも、役割は必ずある」
美鈴の声が少し強くなった。
「その役割を探すのが、春の仕事たい」
*
練習が始まった。
新チームは、まだ未完成だった。
レシーブの声が重なる。
トスの位置がずれる。
ブロックのタイミングが合わない。
サーブレシーブで足が止まる。
「朱里、前!」
「はい!」
「琴葉、迷わん!」
「はい!」
「美桜、手だけやなく足から入る!」
「はい!」
美鈴は声を出し続けた。
自分も動きながら、後輩を見る。
去年までは、先輩たちに見てもらう側だった。
今は違う。
自分が見なければならない。
自分が声をかけなければならない。
自分も決めなければならない。
(思ったより、難しか)
*
紅白戦では、さらに課題が出た。
新一年生が入ると、連携が崩れる。
牧野朱里が好レシーブを上げても、次のトスにつながらない。
村瀬琴葉が良いトスを上げても、スパイカーの助走が合わない。
河野美桜はブロックに入るのが一歩遅れる。
緒方真衣はサーブで攻めようとしてネットにかけた。
「すみません!」
真衣が青くなる。
美鈴がすぐに近づいた。
「真衣」
「はい……」
「今のは攻めたミスたい」
「でも、ネットに……」
「置きにいって入れるだけなら、流れは変わらん。次は狙う位置だけ少し高く」
真衣は顔を上げた。
「はい!」
*
練習後。
新一年生たちは床に座り込んでいた。
「きつい……」
「高校、速すぎる……」
「頭も体も追いつかん……」
美鈴はその前にしゃがんだ。
「分かる。去年の私もそうやった」
千晴が驚く。
「黒崎先輩もですか?」
「もちろん。最初はベンチ外やったし」
一年生たちが静かになる。
「中学で全国獲っても、高校では関係なかった。ここでは、今できることが全部たい」
美鈴は笑った。
「でも、できんことは伸びしろたい。伸びしろの山盛り定食やね」
朱里が思わず笑う。
「結局、定食なんですね」
「宗像高校の伝統たい」
*
藤崎監督は、少し離れたところで美鈴を見ていた。
桜庭ひかりが隣に来る。
「美鈴ちゃん、先輩っぽくなりましたね」
「ええ」
藤崎監督は静かにうなずいた。
「ただし、まだ背負いすぎています」
「背負いすぎ?」
「後輩を見ようとして、自分のプレーの入りが遅れる場面があります」
ひかりは美鈴を見た。
確かに、美鈴は後輩へ声をかける一方で、自分の助走が一瞬遅れる場面があった。
藤崎監督は言った。
「黒崎の春の課題は、導くことと、自分が決めることの両立です」
*
その夜。
美鈴はノートを開いた。
『春の新チーム』
『新一年生:千晴、朱里、琴葉、美桜、莉央、紗菜、真衣、花菜』
『全員に役割がある』
『でも、まだ連携が合わない』
『後輩を見すぎて、自分の入りが遅れる』
『導くことと、自分が決めることの両立』
最後に書いた。
『去年と同じ味では勝てん。今年の宗像高校を作る』
*
春の新チーム。
まだ、形は定まっていない。
不安もある。
ミスも多い。
連携も粗い。
だが、そこには確かに新しい可能性があった。
黒崎美鈴、高校二年。
二年連続高校三冠へ向けた最初の壁は、目の前の新チームをどう作るかだった。
次回予告
第51話「後輩を育てる難しさ」
新一年生を迎えた宗像高校。
美鈴は後輩たちに役割を与えようとするが、思うようにはいかない。
厳しく言えば萎縮する。
優しくしすぎれば緩む。
自分が一年生だった頃、先輩たちはどう見てくれていたのか。
美鈴は初めて、“教える側”の難しさにぶつかる。
「育てるって、こんなに難しかと?」
次回、第51話「後輩を育てる難しさ」。
美鈴、先輩としての壁に挑む。




