二年生・黒崎美鈴
第49話
二年生・黒崎美鈴
三冠を達成した宗像高校女子バレー部。
だが、春が来ると、体育館の空気は大きく変わった。
高城由奈たち三年生が卒業し、去年の絶対的な柱はいない。
長谷川真帆も、森本千春も、岩崎彩音も、三枝里奈も抜けた。
残されたのは、優勝の記憶だけではない。
“勝ち続けなければならない”という重圧だった。
*
新年度初日。
体育館には、新一年生たちが緊張した顔で並んでいた。
美鈴は二年生になっていた。
もう、ただの挑戦者ではない。
後輩を見る側。
声をかける側。
チームをまとめる側。
そして、勝利を求められる側。
藤崎香織監督が言った。
「今年の目標は明確です」
体育館が静まる。
「二年連続高校三冠」
空気が一段重くなった。
美鈴はその重さを、正面から受け止めた。
*
新一年生の自己紹介が終わると、美鈴が一歩前に出た。
「ようこそ、宗像高校女子バレー部へ」
新一年生たちは背筋を伸ばす。
「ここは、きつかよ」
いきなりだった。
「走る。拾う。跳ぶ。怒られる。また走る。足が『退職願出します』って言う日もある」
一年生たちが一瞬固まる。
美鈴は続けた。
「でも、ここでしか見えん景色がある。全国の景色。優勝の景色。仲間と最後の一本を取る景色」
そして、にっと笑った。
「そのために、うちはみんなで料理する」
新一年生の一人が、おそるおそる手を挙げた。
「あの……ここ、バレー部ですよね?」
体育館に笑いが起きた。
美鈴は真顔でうなずいた。
「よか質問たい」
去年の自分たちも、同じことを何度も聞かれた。
「バレー部です。でも宗像高校は、ただ打つだけやなか。全員に役割がある。主菜も、ご飯も、味噌汁も、小鉢も、漬物もある」
「……やっぱり料理部では?」
美鈴は胸を張った。
「これが宗像高校のやり方たい」
*
藤崎監督が腕を組んだまま言った。
「黒崎」
「はい」
「説明を続けなさい。ただし、練習内容が分かるように」
「はい!」
美鈴は一年生たちを見た。
「つまり、誰か一人だけがすごくても勝てんってこと。レシーブする人、トスする人、打つ人、声を出す人、ベンチで見る人、記録する人。全部必要」
美鈴の声が少し低くなる。
「去年、私はベンチ外から始まった」
一年生たちの顔が変わる。
「最初から試合に出たわけやなか。悔しかった。でも外から見たから分かったことがある。支える側にも戦いがあるってこと」
体育館が静かになる。
「やけん、今できんことがあっても焦らんでいい。でも、考えることはやめたらいかん」
*
新一年生たちは、少しずつ美鈴の言葉に引き込まれていた。
爆笑ネタを投下しながらも、言っていることは真剣だった。
苦しい時に笑う。
笑ったあと、もう一度構える。
全員の役割を見つける。
それが、美鈴のやり方だった。
桜庭ひかりが横で小さく笑う。
「美鈴ちゃん、すっかり先輩やね」
美鈴は小声で返した。
「中身はまだ足が労基に相談しとる先輩たい」
「そこは変わらんね」
*
練習が始まった。
新一年生たちは、すぐに宗像高校の厳しさを知ることになる。
フットワーク。
レシーブ。
サーブ。
ブロック。
声出し。
ついていくだけで精いっぱい。
ひとりがレシーブを弾いて、顔を青くした。
「すみません!」
美鈴がすぐに声をかける。
「大丈夫。最初から味が決まっとる味噌汁なんかない」
「味噌汁……?」
「火加減と出汁で変わる。今は練習中たい」
その一年生が、少しだけ笑った。
「はい!」
*
藤崎監督は、その様子を見ていた。
去年の美鈴は、支えられる側だった。
今年の美鈴は、支えながら戦う側になっている。
「黒崎」
「はい!」
「そのまま続けなさい。空気を作れるのは、あなたの強みです」
「はい!」
美鈴はコートを見渡した。
二年連続高校三冠。
簡単な目標ではない。
先輩たちはもういない。
自分たちが作らなければならない。
支える側から、背負う側へ。
その実感が、美鈴の胸にじわりと広がった。
*
練習後。
新一年生の何人かが、美鈴のところへ来た。
「黒崎先輩」
「何?」
「今日、めちゃくちゃきつかったです」
「うん。宗像高校名物たい」
「でも……ちょっと楽しかったです」
美鈴は笑った。
「それなら大丈夫。きつい中に、ちょっと楽しいが残っとるなら、まだ伸びる」
一年生はうなずいた。
「明日も来ます」
「待っとる」
*
その夜。
美鈴はノートを開いた。
『高校二年開始』
『新一年生入部』
『目標:二年連続高校三冠』
『後輩を導く』
『自分も決める』
『チームをまとめる』
『支える側から、背負う側へ』
最後に、少し笑いながら書いた。
『今年の宗像高校、新メニュー開始』
*
黒崎美鈴、高校二年。
新しい一年が始まった。
もう、去年の一年生ではない。
宗像高校女子バレー部の中心選手の一人として。
笑いで空気を作り、
分析で勝機を探し、
後輩に役割を与え、
自分も勝負どころで決める。
目指すは、二年連続高校三冠。
その道は、始まったばかりだった。
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次回予告
第50話「春の新チーム」
新一年生を迎えた宗像高校。
だが、新チームはまだ未完成。
連携ミス。
後輩たちの緊張。
先輩になった美鈴の戸惑い。
勝ち続けるチームを作る難しさが、美鈴にのしかかる。
「去年と同じ味では勝てん」
次回、第50話「春の新チーム」。
美鈴は、二年生として最初の壁に挑む。




