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笑う母の物語  作者: リンダ


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王者の秋

第48話

王者の秋


 インターハイを制した宗像高校。


 その名は、全国にさらに広がった。


 そして、黒崎美鈴の名前もまた、高校バレー界で一気に知られるようになった。


 フォークサーブ。

 冷静な分析力。

 終盤の勝負強さ。

 そして、なぜか試合中に料理と野球のたとえが飛び出す一年生。


 だが、優勝のあとに待っていたのは、祝福だけではなかった。


 研究。

 警戒。

 包囲網。


 宗像高校は、完全に“追われる側”になっていた。


     *


 秋。


 練習の空気は、夏前よりもさらに厳しくなっていた。


 藤崎香織監督は、インターハイ優勝の余韻を一切引きずらせなかった。


「夏に勝ったことは、もう過去です」


 体育館に、静かな声が響く。


「次に負ければ、そこで終わり。王者という言葉に酔ったチームから崩れます」


 美鈴は深くうなずいた。


 足の疲労は、まだ完全には抜けていなかった。


 練習後は必ずストレッチ。

 トレーナーによるケア。

 自宅でもアイシング。


 勝つだけでは足りない。


 勝ち続けるには、体を守る強さも必要だった。


「勝つだけじゃなく、続ける強さも必要たい」


 美鈴は、ノートの隅にそう書いた。


     *


 秋の国体予選。


 宗像高校は、さらに研究されていた。


 美鈴のフォークサーブは警戒される。

 緩急サーブへの前後の対応も徹底される。

 美鈴が囮に入る時の動きまで読まれ始める。


 だが、美鈴もまた変わっていた。


 フォークサーブだけに頼らない。

 強打だけに頼らない。

 自分が決めることだけにこだわらない。


 高城由奈。

 長谷川真帆。

 岩崎彩音。

 三枝里奈。

 森本千春。


 先輩たちの力を生かしながら、自分の役割を見つけていく。


「黒崎、次は前を見せて奥」


「はい!」


「相手、フォーク待ちやね」


「じゃあ今日は、普通の定食で行きます」


「普通の定食って何」


「読まれん普通です」


「それは普通じゃない」


 ベンチに笑いが起きる。


 藤崎監督は腕を組みながら、少しだけ口元を緩めた。


     *


 国体。


 宗像高校を中心とした福岡代表は、激戦を勝ち抜いた。


 美鈴は途中出場、先発、サーバー、守備固め、状況によってさまざまな役割を任された。


 決勝。


 相手は関西の強豪選抜。


 最終セット終盤、13対13。


 藤崎監督が言った。


「黒崎、サーブ」


「はい」


 相手はフォークサーブを警戒していた。


 前へ落ちる。

 揺れる。

 急に沈む。


 だが、美鈴はそこで、あえて真っ直ぐな強打サーブを打った。


 相手は一瞬、前への意識を残していた。


 ボールは後方へ伸びる。


 レシーブが乱れる。


 宗像が切り返す。


 高城由奈が決める。


 14対13。


 最後は、森本千春のレシーブから長谷川真帆が三枝里奈へ速攻。


 決まった。


 福岡代表、国体優勝。


 宗像高校、美鈴の高校一年秋に二つ目の大きな栄冠を手にする。


     *


 そして冬。


 春高予選。


 ここで負ければ、すべてが終わる。


 インターハイ王者として迎える予選は、想像以上に重かった。


 どのチームも、宗像高校を倒すためにすべてをぶつけてきた。


 決勝。


 相手は福岡最大のライバル校。


 第1セットを落とす。


 第2セットを取り返す。


 最終セット。


 美鈴の足には、秋からの疲労が少し残っていた。


 だが、今度は無理をしすぎなかった。


 自分が全部決めるのではなく、先輩たちに託す。


 自分が声を出す。

 相手の癖を伝える。

 必要な時だけ、決める。


「黒崎、見えとる?」


 高城由奈が聞く。


「はい。相手リベロ、由奈先輩のクロスに寄りすぎです」


「なら?」


「次、真帆先輩から逆へ」


 その通りに攻撃が決まり、宗像高校は流れをつかむ。


 春高出場決定。


     *


 年が明け、春高本戦。


 宗像高校は、再び全国の舞台へ立った。


 インターハイ王者。

 国体王者。

 そして、春高優勝候補。


 全国の目が宗像高校へ向けられる。


 だが、美鈴はもう、視線に飲まれなかった。


 ベンチ外から始まった一年。

 初ベンチ入り。

 初出場。

 インターハイ決勝。

 フォークサーブ。

 国体。

 春高。


 すべてが、美鈴を強くしていた。


     *


 春高決勝。


 相手は再び横浜商工。


 松永沙紀との再戦。


 松永は笑った。


「黒崎。今度こそ止める」


 美鈴も笑う。


「私も、また変わってきました」


 試合は死闘となった。


 横浜商工は、フォークサーブに完全対応してきた。


 松永は、美鈴の思考をさらに深く読んできた。


 だが、美鈴も、以前の美鈴ではなかった。


 フォークサーブを見せ球に使う。

 緩いサーブを見せて強打を打つ。

 自分が囮になり、由奈へ託す。

 最後は、相手が“美鈴が打たない”と読んだ瞬間に、自分で決める。


 最終セット。


 14対13。


 春高優勝まで、あと一点。


 真帆のトスが美鈴へ上がる。


 松永が叫ぶ。


「黒崎、つなぐぞ!」


 その読みを、美鈴は超えた。


「今日は、私が締めます」


 ブロックの外側を狙った一撃。


 ボールは相手の指先をかすめ、外へ弾ける。


 試合終了。


 宗像高校、春高優勝。


     *


 高校一年で、三冠。


 インターハイ。

 国体。

 春高。


 宗像高校女子バレー部は、高校バレー界の頂点に立った。


 黒崎美鈴は、その中心にいた。


 もちろん、絶対的エースではない。


 高城由奈という主将がいた。

 長谷川真帆という司令塔がいた。

 森本千春の守備があった。

 岩崎彩音の強打があった。

 三枝里奈の速攻があった。


 それでも、美鈴は確かに中心選手の一人だった。


 流れを読む。

 相手を崩す。

 声で支える。

 必要な場面で決める。


 高校一年の黒崎美鈴は、もう“中学時代の有名選手”ではなかった。


 宗像高校の主力だった。


     *


 春。


 高城由奈たち三年生が卒業していく。


 体育館には、また別れの空気が流れる。


 高城由奈は、美鈴の前に立った。


「黒崎」


「はい」


「次の宗像高校は、あんたたちの代が作る」


 美鈴は、中学時代の松永沙紀の言葉を思い出した。


 次の宗像中を、あんたが支えり。


 あの言葉が、今また形を変えて戻ってきた。


「はい」


 美鈴は深くうなずいた。


「支えます」


 由奈は笑った。


「料理で言うと?」


 美鈴は少し考えた。


「三年生が残してくれた出汁を、二年生で煮込みます」


 由奈は吹き出した。


「最後までそれか」


     *


 そして、美鈴は高校二年生になった。


 もうただの一年生ではない。


 ベンチ外から這い上がった挑戦者でもない。


 宗像高校女子バレー部の中心選手の一人。


 後輩を見る立場。

 チームを支える立場。

 勝利を求められる立場。


 藤崎香織監督は、新チームの前で言った。


「今年の宗像高校は、去年とは違います」


 体育館が静まる。


「三冠を達成したチームの中心選手が抜けました。だから、同じ戦い方では勝てません」


 美鈴はまっすぐ前を見た。


 藤崎監督が続ける。


「黒崎」


「はい」


「あなたには、今年さらに大きな役割を担ってもらいます」


 美鈴の胸が静かに熱くなる。


「分かっとります」


 そして、いつものように少しだけ笑った。


「今年の宗像高校は、新メニューです」


 体育館に笑いが起きた。


 でも、その笑いの奥に、確かな覚悟があった。


 黒崎美鈴、高校二年。


 王者として、そして中心選手としての一年が始まる。


次回予告

第49話「二年生・黒崎美鈴」


 三冠を達成した宗像高校。


 だが、高城由奈たち三年生が卒業し、チームは新体制へ。


 美鈴は二年生となり、宗像高校女子バレー部の中心選手の一人として期待される。


 後輩を導くこと。

 自分が決めること。

 チームをまとめること。


 求められる役割は、去年より大きい。


「支える側から、背負う側へ」


 次回、第49話「二年生・黒崎美鈴」。

 美鈴の新しい一年が始まる。

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