表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
笑う母の物語  作者: リンダ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/84

優勝の後に—淡い初恋—



第47話・後半


優勝のあとに ― 淡い初恋


 インターハイ優勝後、宗像高校の中で美鈴を見る目は変わった。


「黒崎さん、決勝のサーブすごかったね」


「フォークサーブって何?」


「一年で全国決勝決めるとか、やばすぎるやろ」


 廊下を歩けば、声をかけられる。


 嬉しい。


 でも、少し照れくさい。


 そして、少しだけ疲れる。


 そんな日々の中で、美鈴には、誰にも言えない小さな気持ちがあった。


 舟富圭介。


 宗像高校男子バスケ部の二年生。


 背が高く、落ち着いた雰囲気で、派手に騒ぐタイプではない。


 だが、コートに立つと一気に空気が変わる。


 視野が広い。


 パスが優しい。


 でも、勝負どころでは迷わずシュートを打つ。


 美鈴は、体育館の別コートでその姿を何度か見ていた。


「……すごか」


 最初は、ただの憧れだった。


 同じ球技をする先輩として。


 同じ全国を目指す選手として。


 でも、圭介が汗を拭きながら仲間に笑いかける姿を見るたびに、胸の奥が少しだけ変な動きをした。


「……なんこれ」


 美鈴は自分の胸に手を当てる。


「足の疲労が心臓まで来た?」


 違う。


 たぶん、違う。


     *


 ある日の放課後。


 美鈴が体育館の入口で靴紐を結び直していると、後ろから声がした。


「黒崎さん?」


 振り向くと、舟富圭介が立っていた。


「あ……舟富先輩」


「インターハイ優勝、おめでとう」


 圭介は自然に笑った。


 その笑顔に、美鈴の頭が一瞬真っ白になる。


「あ、ありがとうございます」


「最後のサーブ、ニュースで見たよ。あれ、すごかった」


「いや、あれは……弟の野球理論を勝手にバレーに密輸しただけで」


「密輸?」


「あ、いや、その……合法です」


 圭介が吹き出した。


「面白いね、黒崎さん」


 美鈴は顔が熱くなるのを感じた。


(やばい)


(今の私、全国決勝より焦っとる)


 圭介は軽く手を振った。


「足、無理しないようにね。また試合、見に行くよ」


「はい!」


 返事が、少し大きすぎた。


 圭介が去ったあと、美鈴はその場にしゃがみ込んだ。


「……なんね今の」


 心臓が、明らかに普段のローテーションではない動きをしていた。


     *


 その日の練習。


 美鈴の動きは少しだけ変だった。


「黒崎、集中」


 藤崎香織監督の声が飛ぶ。


「はい!」


 トスが上がる。


 美鈴は跳ぶ。


 だが、打つ瞬間に圭介の笑顔が頭をよぎった。


 ボールはネットにかかった。


「黒崎」


「はい!」


「今のは何ですか」


「……心のトスが乱れました」


 体育館が一瞬静まり、次の瞬間、岩崎彩音が吹き出した。


「心のトスって何!?」


 藤崎監督は眉をぴくりと動かした。


「心の前に、手首を整えなさい」


「はい!」


     *


 練習後、高城由奈が美鈴の隣に座った。


「黒崎」


「はい」


「何かあった?」


「いえ、何も」


「嘘が下手」


 美鈴は沈黙した。


 由奈は少し笑う。


「舟富?」


 美鈴は飛び上がりそうになった。


「な、な、なんで分かるんですか!」


「分かりやすすぎる」


「え、そんなに?」


「今日の黒崎、ボールやなくて体育館入口の方ばっか見とった」


 美鈴は両手で顔を覆った。


「終わった……私の守備位置、全部バレとる……」


 由奈は笑った。


「憧れでも恋でも、悪いことやないよ」


 美鈴は少しだけ顔を上げた。


「これ、恋なんですかね」


「知らん」


「そこは教えてくださいよ」


「自分で考えなさい。黒崎、分析得意やろ」


 美鈴は真顔で言った。


「相手がバレーじゃないと分析不能です」


 由奈は声を出して笑った。


     *


 その夜、美鈴はノートを開いた。


 いつもならバレーの反省を書くページ。


 でも、その日は少し違った。


『舟富圭介先輩』

『男子バスケ部』

『落ち着いている』

『パスがうまい』

『笑顔が反則』

『話すと心拍数が上がる』

『これは疲労か? 恋か? 要検証』


 最後に、美鈴は小さく書いた。


『たぶん、初恋かもしれん』


 書いた瞬間、顔が熱くなった。


「うわ……」


 ノートを閉じる。


 でも、胸の奥は少しだけ温かかった。


     *


 黒崎美鈴、高校一年。


 インターハイ優勝。


 全国に名前が広がり、王者としての重圧が始まった夏。


 その一方で、美鈴の心には、まだ名前のつかない淡い感情が芽生え始めていた。


 憧れなのか。


 恋なのか。


 まだ分からない。


 けれど、舟富圭介の笑顔を見るたびに、心の中で何かがふわりと跳ねる。


 バレーでは誰よりも冷静に相手を読む美鈴が、自分の気持ちだけはうまく読めない。


 それもまた、青春だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ