優勝の後に—淡い初恋—
第47話・後半
優勝のあとに ― 淡い初恋
インターハイ優勝後、宗像高校の中で美鈴を見る目は変わった。
「黒崎さん、決勝のサーブすごかったね」
「フォークサーブって何?」
「一年で全国決勝決めるとか、やばすぎるやろ」
廊下を歩けば、声をかけられる。
嬉しい。
でも、少し照れくさい。
そして、少しだけ疲れる。
そんな日々の中で、美鈴には、誰にも言えない小さな気持ちがあった。
舟富圭介。
宗像高校男子バスケ部の二年生。
背が高く、落ち着いた雰囲気で、派手に騒ぐタイプではない。
だが、コートに立つと一気に空気が変わる。
視野が広い。
パスが優しい。
でも、勝負どころでは迷わずシュートを打つ。
美鈴は、体育館の別コートでその姿を何度か見ていた。
「……すごか」
最初は、ただの憧れだった。
同じ球技をする先輩として。
同じ全国を目指す選手として。
でも、圭介が汗を拭きながら仲間に笑いかける姿を見るたびに、胸の奥が少しだけ変な動きをした。
「……なんこれ」
美鈴は自分の胸に手を当てる。
「足の疲労が心臓まで来た?」
違う。
たぶん、違う。
*
ある日の放課後。
美鈴が体育館の入口で靴紐を結び直していると、後ろから声がした。
「黒崎さん?」
振り向くと、舟富圭介が立っていた。
「あ……舟富先輩」
「インターハイ優勝、おめでとう」
圭介は自然に笑った。
その笑顔に、美鈴の頭が一瞬真っ白になる。
「あ、ありがとうございます」
「最後のサーブ、ニュースで見たよ。あれ、すごかった」
「いや、あれは……弟の野球理論を勝手にバレーに密輸しただけで」
「密輸?」
「あ、いや、その……合法です」
圭介が吹き出した。
「面白いね、黒崎さん」
美鈴は顔が熱くなるのを感じた。
(やばい)
(今の私、全国決勝より焦っとる)
圭介は軽く手を振った。
「足、無理しないようにね。また試合、見に行くよ」
「はい!」
返事が、少し大きすぎた。
圭介が去ったあと、美鈴はその場にしゃがみ込んだ。
「……なんね今の」
心臓が、明らかに普段のローテーションではない動きをしていた。
*
その日の練習。
美鈴の動きは少しだけ変だった。
「黒崎、集中」
藤崎香織監督の声が飛ぶ。
「はい!」
トスが上がる。
美鈴は跳ぶ。
だが、打つ瞬間に圭介の笑顔が頭をよぎった。
ボールはネットにかかった。
「黒崎」
「はい!」
「今のは何ですか」
「……心のトスが乱れました」
体育館が一瞬静まり、次の瞬間、岩崎彩音が吹き出した。
「心のトスって何!?」
藤崎監督は眉をぴくりと動かした。
「心の前に、手首を整えなさい」
「はい!」
*
練習後、高城由奈が美鈴の隣に座った。
「黒崎」
「はい」
「何かあった?」
「いえ、何も」
「嘘が下手」
美鈴は沈黙した。
由奈は少し笑う。
「舟富?」
美鈴は飛び上がりそうになった。
「な、な、なんで分かるんですか!」
「分かりやすすぎる」
「え、そんなに?」
「今日の黒崎、ボールやなくて体育館入口の方ばっか見とった」
美鈴は両手で顔を覆った。
「終わった……私の守備位置、全部バレとる……」
由奈は笑った。
「憧れでも恋でも、悪いことやないよ」
美鈴は少しだけ顔を上げた。
「これ、恋なんですかね」
「知らん」
「そこは教えてくださいよ」
「自分で考えなさい。黒崎、分析得意やろ」
美鈴は真顔で言った。
「相手がバレーじゃないと分析不能です」
由奈は声を出して笑った。
*
その夜、美鈴はノートを開いた。
いつもならバレーの反省を書くページ。
でも、その日は少し違った。
『舟富圭介先輩』
『男子バスケ部』
『落ち着いている』
『パスがうまい』
『笑顔が反則』
『話すと心拍数が上がる』
『これは疲労か? 恋か? 要検証』
最後に、美鈴は小さく書いた。
『たぶん、初恋かもしれん』
書いた瞬間、顔が熱くなった。
「うわ……」
ノートを閉じる。
でも、胸の奥は少しだけ温かかった。
*
黒崎美鈴、高校一年。
インターハイ優勝。
全国に名前が広がり、王者としての重圧が始まった夏。
その一方で、美鈴の心には、まだ名前のつかない淡い感情が芽生え始めていた。
憧れなのか。
恋なのか。
まだ分からない。
けれど、舟富圭介の笑顔を見るたびに、心の中で何かがふわりと跳ねる。
バレーでは誰よりも冷静に相手を読む美鈴が、自分の気持ちだけはうまく読めない。
それもまた、青春だった。




