優勝のあとに
第47話
優勝のあとに
インターハイ決勝の笛が鳴った瞬間、宗像高校の夏は頂点に届いた。
優勝。
その言葉は、体育館の歓声とともに、美鈴の胸へ何度も押し寄せてきた。
宗像高校の選手たちは、泣きながら抱き合った。
高城由奈は空を見上げるように目を閉じ、長谷川真帆はタオルで顔を覆っていた。
森本千春は静かに涙を流し、岩崎彩音は笑いながら泣いていた。
そして美鈴は、コートの上に座り込んだまま、足を軽く押さえていた。
「……勝った」
呟いた声は、小さかった。
けれど、確かに震えていた。
*
整列が終わったあと、横浜商工の選手たちが宗像高校の選手たちへ歩み寄ってきた。
その中に、松永沙紀がいた。
宗像中時代の先輩。
美鈴に“次のチーム”を託した人。
そして今日、美鈴を倒すために全力で向かってきた相手。
松永は、美鈴の前で立ち止まった。
「黒崎」
「松永先輩……」
松永は静かに笑った。
「おめでとう」
美鈴は頭を下げた。
「ありがとうございます」
「完敗やった」
「そんなこと……」
「いや、完敗たい」
松永は首を振った。
「最後のフォークサーブ。あれは読めんかった。黒崎がここまで変わっとるとは思わんかった」
美鈴は少し照れたように笑った。
「必死でした」
「分かっとる。だから強いんよ」
松永は、美鈴の足元をちらりと見た。
「でも、足。無理しすぎたね」
「少しだけです」
「少しだけ、って顔じゃなか」
美鈴は返す言葉がなかった。
松永は優しく、でも厳しく言った。
「勝ち続けたいなら、自分の体も守りなさい。コートに立てんくなったら、どんな戦術も使えん」
「はい」
その言葉は、勝負を終えた先輩からの、もう一つの教えだった。
*
松永は一歩下がり、少しだけ表情を引き締めた。
「でも、黒崎」
「はい」
「次は負けない」
美鈴の目が変わる。
「また、コートで会おう」
美鈴はまっすぐ頷いた。
「はい。私も、もっと強くなります」
「楽しみにしとる」
松永は手を差し出した。
美鈴はその手を握った。
中学の先輩と後輩ではなく、今は一人の選手同士として。
*
表彰式。
宗像高校の名前が呼ばれる。
優勝旗が渡される。
メダルが首にかけられる。
会場の拍手が響く。
その中で、美鈴は少しだけ足の重さを感じていた。
嬉しい。
誇らしい。
でも、体は正直だった。
藤崎香織監督が美鈴の横に来る。
「黒崎」
「はい」
「式が終わったら、すぐトレーナーに見てもらいなさい」
「はい」
「優勝は素晴らしい。でも、勝ったあとが本当の勝負です」
美鈴は監督を見た。
藤崎監督は静かに続けた。
「注目されます。研究されます。期待されます。そして、無理もしたくなる」
「はい」
「そこから崩れる選手もいます」
美鈴は小さく息をのんだ。
「あなたは、そこを学ばなければいけません」
*
宿舎に戻ると、トレーナーが美鈴の足を丁寧に確認した。
「大きな故障ではないです。でも疲労はかなり強いですね」
美鈴はほっと息を吐いた。
「よかった……」
「よくはないです。しばらくケア優先です」
「はい」
近くで聞いていた岩崎彩音が言った。
「黒崎、足の労働組合が正式に抗議してきたね」
美鈴は苦笑した。
「今回は弁護士どころか、裁判所まで行きそうです」
高城由奈が笑いながらも、真剣な声で言った。
「ちゃんと休め」
「はい」
*
その夜。
宗像高校の部屋は、優勝の喜びで賑やかだった。
だが、美鈴は少し離れた場所でノートを開いていた。
『インターハイ優勝』
『最後のフォークサーブ成功』
『松永先輩に勝った』
『でも足に疲労』
『勝つためには、体も守る』
『勝ったあとが本当の勝負』
書きながら、美鈴は松永の言葉を思い出した。
次は負けない。
また、コートで会おう。
その言葉が、胸の奥で静かに燃えた。
*
翌日。
新聞やスポーツニュースでは、宗像高校の優勝が大きく取り上げられた。
その中で、美鈴の名前も目立ち始めていた。
高校一年ながら決勝点を決めた選手。
フォークサーブという独自のサーブを打った選手。
中学全国連覇キャプテンから、高校でも全国優勝へ。
黒崎美鈴。
その名は、高校バレー界に大きく広がり始めていた。
だが、美鈴は浮かれなかった。
いや、少しは嬉しかった。
でも、分かっていた。
名前が広がるということは、次から狙われるということ。
研究されるということ。
そして、勝って当然と言われ始めるということ。
*
学校へ戻った日。
部員たちの前で、藤崎監督が言った。
「優勝しました。ですが、今日からまた挑戦者です」
体育館が静まる。
「王者になった瞬間から、全員が宗像高校を倒しに来ます」
美鈴は背筋を伸ばした。
「勝ったあとが、本当の勝負たい」
思わず口にした言葉に、隣の高城由奈が笑った。
「分かっとるなら大丈夫」
美鈴は笑った。
その笑いには、以前より少しだけ重さがあった。
*
黒崎美鈴、高校一年の夏。
インターハイ優勝。
それは、華やかな栄光だった。
だが同時に、次の戦いの始まりでもあった。
喜び。
注目。
疲労。
重圧。
再戦の約束。
美鈴は、そのすべてを胸に抱えながら、王者としての高校生活へ踏み出していく。
⸻
次回予告
第48話「王者の秋」
インターハイ優勝後、宗像高校は全国から徹底的に研究されるようになる。
黒崎美鈴のフォークサーブ。
宗像高校の緩急戦術。
藤崎香織監督の采配。
秋の大会へ向け、相手校の包囲網は一気に濃くなっていく。
さらに、美鈴は足の疲労を抱えながら、練習とケアの両立を迫られる。
「勝つだけじゃなく、続ける強さも必要たい」
次回、第48話「王者の秋」。
美鈴は、王者として狙われる季節へ向かう。




