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笑う母の物語  作者: リンダ


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決勝、最後の一球

第46話


決勝、最後の一球


 横浜商工との決勝が始まった。


 三連覇中の怪物チーム。


 高さ。

 速さ。

 パワー。

 経験。


 どれも、宗像高校がここまで戦ってきた相手を上回っていた。


 そして横浜商工の司令塔には、松永沙紀がいた。


 かつて宗像中で、美鈴に“次のチーム”を託した先輩。


 その松永が、今は敵として美鈴の前に立っている。


     *


 第1セット。


 宗像高校は、緩急をつけたサーブで横浜商工のリズムを崩そうとした。


 強打。

 ゆるいサーブ。

 前後を揺さぶる配球。


 だが、横浜商工は簡単には崩れなかった。


 松永がすぐに指示を出す。


「前後、二歩で調整!黒崎のサーブは最後まで見る!」


 美鈴は舌を巻いた。


(対応が早か……)


 第1セットは横浜商工が取った。


     *


 第2セット。


 宗像高校は粘った。


 高城由奈の強打。

 長谷川真帆のトスワーク。

 森本千春の守備。

 岩崎彩音のパワー。


 そして美鈴の分析。


 松永は美鈴の思考を読んでくる。


「黒崎は、苦しい場面ほど周りを見る」


 その言葉通り、美鈴が囮に回ろうとした瞬間を横浜商工は読んだ。


 それでも、美鈴はさらにずらした。


 読む。

 読まれる。

 その読みを外す。


 息詰まる心理戦。


 第2セット終盤、美鈴は足の重さを感じながらも、ブロックアウトを決めた。


 25対23。


 宗像高校が取り返した。


     *


 最終セット。


 両校は一歩も引かなかった。


 5対5。

 8対8。

 10対10。


 横浜商工のエースが決める。


 宗像高校の由奈が決め返す。


 松永のトスが宗像の守備を揺さぶる。


 美鈴がその意図を読み、声を飛ばす。


「外、来ます!」


 ワンタッチ。


 拾う。


 つなぐ。


 打つ。


 また拾われる。


 ラリーが長い。


 足が重い。


 美鈴のふくらはぎに、じわりと嫌な張りが走った。


(まだ……動ける)


 美鈴は奥歯を噛んだ。


     *


 14対14。


 デュース。


 横浜商工の攻撃。


 松永のトス。


 美鈴はその肩の向きを見た。


(ミドル……いや、違う)


 サイド。


 美鈴が一歩動く。


 宗像高校のブロックが触る。


 千春が拾う。


 真帆が上げる。


 美鈴へ。


 ブロック二枚。


 松永が向こうから叫ぶ。


「黒崎、外切れ!」


 読まれている。


 だから、美鈴は外へ打たなかった。


 強打のフォームから、内側へ低く打ち抜く。


 決まった。


 15対14。


 宗像高校、マッチポイント。


     *


 最後のサーブ。


 サーバーは、美鈴だった。


 会場が静まり返る。


 横浜商工のレシーブ陣が構える。


 松永も後方へ入り、美鈴を見据えていた。


 美鈴は、松永の目を見た。


(迷いなく、私を狙ってくる)


 松永は分かっている。


 ここで美鈴が何をするか。


 速いサーブか。

 緩いサーブか。

 前へ落とすのか。

 奥へ打つのか。


 松永は、すべてに備えている。


 だからこそ、美鈴は一つだけ、まだ見せていない球を選んだ。


(これで行く)


 美鈴は深く息を吸った。


 助走。


 踏み込み。


 腕を振る。


 一見、緩いサーブ。


 だが、手首で強烈なスピンをかけた。


 ボールは松永めがけて飛んだ。


 ゆるく見える。


 けれど、回転が異常だった。


 空中で不規則に揺れる。


 松永が一歩入る。


「取る!」


 その瞬間。


 ボールが、ストンと急速に落ちた。


「っ!」


 松永の腕がわずかに遅れる。


 ボールは手前で床に落ちた。


 笛が鳴る。


 サービスエース。


 試合終了。


     *


 宗像高校、インターハイ優勝。


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、会場が爆発した。


 宗像高校の選手たちが、美鈴へ駆け寄る。


「美鈴!」


「決まった!」


「優勝たい!」


 美鈴はその場に膝をついた。


 足が限界だった。


 でも、笑っていた。


「……終わった」


 高城由奈が肩を抱く。


「よう打った」


 真帆も涙を浮かべていた。


「最後のサーブ、何あれ……」


 美鈴は息を切らしながら言った。


「新メニューです」


「最後までそれか!」


     *


 整列後。


 松永沙紀が美鈴の前に立った。


 悔しそうだった。


 でも、その表情には清々しさもあった。


「黒崎」


「はい」


「最後のあのサーブ、何?」


 美鈴は少し照れたように笑った。


「あれは……フォークサーブです」


「フォークサーブ?」


「野球でいうフォークボールです。速いように見えて、最後にストンと落ちる球」


 松永はしばらく黙った。


 そして、ふっと笑った。


「また野球まで持ち込んだんか」


「弟の野球から借りました」


「ほんと、あんたは変わっとる」


 美鈴は頭を下げた。


「松永先輩がいたから、ここまで来られました」


 松永は静かに首を振った。


「違う。あんたが進んだから、ここまで来た」


 そして、美鈴の肩を叩いた。


「中学の黒崎美鈴では、止められた。でも高校の黒崎美鈴には、最後に負けた」


 美鈴の目に涙が浮かんだ。


「ありがとうございました」


「次は、もっと厳しく来るけんね」


「はい。私も、もっと変わります」


     *


 藤崎香織監督は、美鈴を見つめていた。


「黒崎」


「はい」


「最後のサーブ、よく決めました」


「ありがとうございます」


「ただし、足は限界でしたね」


「……はい」


「勝ったからよかった、ではありません。体を守る判断も覚えなさい」


 美鈴は深くうなずいた。


「はい」


 監督は少しだけ微笑んだ。


「でも、今日のあなたは、宗像高校の選手でした」


 美鈴は顔を上げた。


 その言葉が、何より嬉しかった。


     *


 黒崎美鈴、高校一年の夏。


 ベンチ外から始まり、ベンチ入りし、途中出場を重ね、先発を勝ち取り、ついにはインターハイ決勝の最後の一球を決めた。


 中学時代の栄光だけではない。


 高校のコートで、自分の力を証明した。


 読み。

 分析。

 笑い。

 技術。

 そして、最後のフォークサーブ。


 美鈴はまた一つ、新しい武器を手に入れた。


 インターハイ優勝。


 だが、それは終わりではない。


 黒崎美鈴の高校バレーは、ここからさらに深く、激しくなっていく。



次回予告


第47話「優勝のあとに」


 インターハイを制した宗像高校。


 黒崎美鈴の名は、高校バレー界にも大きく広がり始める。


 だが、優勝の裏で、美鈴の足には確かな疲労が残っていた。


 喜び。

 注目。

 そして、次への重圧。


「勝ったあとが、本当の勝負たい」


 次回、第47話「優勝のあとに」。

 美鈴は、王者としての高校生活へ踏み出す。

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