決勝、怪物たち
第45話
決勝、怪物たち
準決勝を終えた宗像高校は、決勝まで一日空くことになった。
その一日は、休養日だった。
だが、ただ休むだけの日ではない。
疲労を抜く日。
体を整える日。
そして、最後の相手を見極める日だった。
*
準決勝後の宿舎。
選手たちは入念にストレッチを行っていた。
トレーナーが一人ずつ脚を確認し、筋肉の張りをほぐしていく。
美鈴もベッドに横になり、ふくらはぎをマッサージされていた。
「黒崎さん、かなり張ってますね」
「はい……さっきの試合、足が最後ちょっと別人格になっとりました」
「別人格?」
「右足が『もう閉店です』って言いよって、左足が『残業代ください』って」
近くで聞いていた岩崎彩音が吹き出した。
「足まで労働組合つくっとるやん」
美鈴は笑ったが、足の重さは本物だった。
連戦の疲労。
準決勝の消耗戦。
そして、明日待っている決勝。
体は限界に近づいていた。
*
夜。
宗像高校はミーティングルームに集まった。
相手は神奈川代表。
横浜商工高校。
八王子女子大附属と並ぶ優勝回数を誇る名門で、前年までインターハイ三連覇中。
全国最強と呼ばれる怪物チームだった。
高さ。
速さ。
パワー。
経験。
どれを取っても、これまでの相手を超えている。
藤崎香織監督が映像を止めた。
「横浜商工は、個の力も組織力も非常に高いです」
画面には、横浜商工のエースが高い打点から打ち下ろす場面が映っていた。
ボールが床に突き刺さる。
部屋が静まる。
高城由奈が低く言った。
「強いですね」
長谷川真帆もうなずく。
「ブロックも速い。しかも、崩れない」
*
美鈴はノートを開いていた。
足はまだ重い。
でも、目は動いている。
映像を何度も見ながら、特徴を書き出していく。
『エース打点高い』
『ブロック中央は強い』
『サイドへの対応、わずかに遅い』
『強打サーブへの対応は完璧に近い』
『緩いサーブへの処理映像が少ない』
『相手は宗像が強打サーブで来ると読んでいる可能性』
美鈴が手を挙げた。
「監督」
「どうぞ」
「横浜商工、中央はかなり強いです。でもサイドへの対応が、ほんの少し遅れる場面があります」
真帆が映像を見る。
「たしかに、ブロックが中央寄りに強い」
美鈴は続ける。
「あと、サーブです」
「サーブ?」
「横浜商工は強打サーブへの対応がすごく上手いです。たぶん、どの相手も強く打って崩そうとしてきたんだと思います」
藤崎監督がうなずく。
「それで?」
「逆に、緩いサーブを受けている映像がほとんどありません」
彩音が目を細める。
「つまり、準決勝の緩急理論?」
「はい。相手は、宗像も強打で来ると読んでると思います」
美鈴はノートを指差した。
「だから、ランダムで緩いサーブを混ぜるのが効果的です」
*
部屋が静まった。
全国決勝。
相手は三連覇中の王者。
そこで、あえて緩いサーブ。
普通なら怖い。
だが、藤崎監督はすぐに否定しなかった。
「理由は?」
「強打に慣れている相手ほど、緩いボールで一歩目が狂うことがあります。しかもランダムに混ぜれば、次に強打が来るのか、緩いのか、迷いが出ます」
真帆が言う。
「速球とチェンジアップ」
「はい」
美鈴はうなずく。
「野球のバッテリーと同じです。速い球だけなら、相手は慣れます。でも遅い球を一回見せると、次の速い球がさらに速く見える」
高城由奈が少し笑った。
「黒崎キャッチャー、決勝でも登場やね」
「今日は捕手兼ウイングです」
「忙しいね」
*
藤崎監督は映像を巻き戻した。
横浜商工のレシーブ陣。
強打サーブに対する構えは深い。
反応も速い。
だが、前へ落ちるサーブに対しては、確かに映像が少ない。
「試す価値はあります」
監督は言った。
「ただし、甘く入れば一気に切り返されます」
美鈴はうなずく。
「はい。狙うなら、前後の中間。拾えてもセッターが動かされる位置です」
真帆がノートに書く。
「サーブで一歩目をずらして、サイドへ振る」
高城由奈が言う。
「中央が強いなら、最初から中央で勝負しない」
彩音も拳を握る。
「外へ外へ振って、最後に中央を使う」
藤崎監督が頷いた。
「明日の基本方針はそれです」
*
ミーティングの最後。
藤崎監督は全員を見た。
「横浜商工は怪物です」
誰も反論しない。
「でも、怪物にも呼吸があります。癖があります。揺れる瞬間があります」
監督の声は静かだった。
「明日は、それを見逃さないこと」
そして美鈴を見た。
「黒崎」
「はい」
「足は?」
美鈴は少しだけ笑った。
「まだ動けます」
「無理をしているなら、明日使いません」
その言葉に、部屋の空気が張り詰める。
美鈴は真剣な顔で答えた。
「無理はしません。でも、動けるところまでは全部出します」
藤崎監督はしばらく美鈴を見つめた。
「なら、明日の朝もう一度確認します」
「はい」
*
その夜。
美鈴は布団の中で、足を軽く伸ばした。
ふくらはぎに重さが残っている。
少し張りもある。
だが、痛みというほどではない。
(まだ……動ける)
頭の中では、横浜商工の映像が何度も流れていた。
高い打点。
速いブロック。
強打への完璧な対応。
サイドへのわずかな遅れ。
緩いサーブへの少ない映像。
勝てる保証はない。
むしろ、不利かもしれない。
でも、勝ち筋はある。
美鈴はノートの最後に一行だけ書いた。
『怪物にも、味の隙間はある』
そして自分で小さく笑った。
「味の隙間って何やろ……」
*
決勝の朝。
トレーナーのチェックを受ける。
足の張りは少し残っていた。
だが、動ける。
美鈴は深く息を吸った。
「大丈夫です」
藤崎監督が確認する。
「本当に?」
「はい」
「途中で異変があれば、すぐ下げます」
「分かっとります」
高城由奈が美鈴の肩を叩いた。
「黒崎、無理に全部背負うな」
「はい」
「決勝は全員で行く」
美鈴はうなずく。
「全部のせですね」
由奈が笑った。
「最後までそれか」
*
会場。
インターハイ決勝。
宗像高校対横浜商工。
前年まで三連覇中の王者。
全国最強の怪物チーム。
そして、挑む宗像高校。
整列前、美鈴はコートを見つめた。
ここまで来た。
中学全国連覇のキャプテンだった自分が、高校ではベンチ外から始まった。
ベンチで見て、途中出場して、先発になり、ここまで来た。
そして今、決勝のコートが目の前にある。
美鈴は小さくつぶやいた。
「まだ……動ける」
その声は、自分に向けたものだった。
そして、試合開始の笛が鳴る。
⸻
次回予告
第46話「決勝、最後の一球」
横浜商工との決勝が始まる。
宗像高校は、緩急をつけたサーブとサイド攻撃で王者のリズムを崩しにかかる。
だが、三連覇中の怪物チームは簡単には揺れない。
美鈴の足には、少しずつ限界が近づいていた。
「まだ、終わらせん」
勝負は最終セットへ。
次回、第46話「決勝、最後の一球」。
高校一年の美鈴、インターハイ決勝の結末へ。




