準決勝、消耗戦
第44話
準決勝、消耗戦
優勝候補・八王子女子大附属を破った宗像高校。
だが、その代償は大きかった。
主力選手の疲労。
足に残る重さ。
連戦による集中力の低下。
準決勝の朝。
宗像高校の選手たちは、宿舎の食堂でもいつもより口数が少なかった。
特に高城由奈の足には、明らかに疲労が残っていた。
長谷川真帆も、肩を回しながら苦笑する。
「さすがに、全国ベスト4から先は簡単じゃないね」
美鈴は黙ってスポーツドリンクを飲んでいた。
頭はもう、次の試合へ向いていた。
*
準決勝の相手は、宮城代表・仙台白鷺女子高校。
派手なエースはいない。
だが――
とにかく拾う。
つなぐ。
粘る。
一本で終わらない。
長いラリーへ持ち込む。
全国でも有名な、“削るバレー”のチームだった。
*
試合映像を見ながら、美鈴は眉をひそめた。
「……嫌な相手たい」
岩崎彩音が聞く。
「高さとか速さじゃなくて?」
「違います。体力と集中力を削ってくるタイプです」
藤崎香織監督がうなずく。
「こちらが焦れた瞬間を狙うチームです」
映像の中では、相手が何本も拾い続けていた。
強打を拾う。
フェイントも拾う。
ブロックアウトまでつなぐ。
長いラリー。
その末に、相手がミスをする。
宗像高校の選手たちも、少し表情が重くなる。
「この試合、根比べたい」
高城由奈が静かに言った。
*
その時だった。
美鈴が、ふと手を挙げた。
「監督」
「何ですか、黒崎」
「サーブ、少し変えてもいいですか」
全員が美鈴を見る。
「どう変える?」
美鈴はノートを開いた。
「今の高校バレー、みんな強打サーブばっかりです」
「そうですね」
「でも、速いだけなら、相手もだんだん慣れてきます」
真帆が少し首を傾げる。
「つまり?」
美鈴は答えた。
「野球のピッチャーと同じです」
高城由奈が笑った。
「また弟の野球理論?」
「今回は本気です」
美鈴は続ける。
「野球って、速球だけ投げても、そのうち打たれるんです。だから、時々ゆっくりした変化球を混ぜる」
藤崎監督が腕を組む。
「続けて」
「速い球の後に遅い球が来ると、バッターはタイミングが狂う。逆に、遅い球の後に速い球が来ると、さらに速く感じる」
真帆が目を見開いた。
「テンポを壊す?」
「はい」
美鈴は映像を指差した。
「仙台白鷺女子は、強打サーブへの対応がすごく上手い。でも逆に、“ゆるいボール”への入り方が少し前になりすぎる時があります」
彩音が聞く。
「つまり?」
「時々、あえて緩いサーブを混ぜます」
一瞬、部屋が静かになる。
「……全国準決勝で?」
「はい」
美鈴は真剣だった。
「全部強く打つ必要はないです。むしろ、“何が来るか分からない”状態にしたい」
藤崎監督は、美鈴をじっと見ていた。
*
「面白いですね」
監督が口を開く。
部員たちが驚く。
藤崎監督は続けた。
「仙台白鷺女子は、“一定のリズム”を好むチームです。そのリズムを壊せれば、長いラリーの入り方を乱せる可能性はあります」
高城由奈が笑う。
「黒崎、ほんとキャッチャーみたい」
美鈴は真顔で返す。
「今日は配球係です」
真帆が吹き出した。
「セッターの仕事取らんで」
*
試合当日。
準決勝。
仙台白鷺女子高校は、映像通りのチームだった。
とにかく拾う。
宗像高校の強打も、簡単には決まらない。
第1セット序盤から、長いラリーが続いた。
15秒。
20秒。
30秒。
ラリーが終わらない。
宗像高校の足が少しずつ重くなる。
*
そんな中、美鈴がサーブ位置へ立った。
会場は、美鈴のジャンプサーブを警戒している。
相手守備も深い。
だが――
美鈴は、ふわりと緩いサーブを打った。
「!?」
仙台白鷺女子の守備が一瞬前へ崩れる。
レシーブが乱れた。
セッターが走る。
苦しい二段トス。
宗像高校のブロックが待つ。
ワンタッチ。
千春が拾う。
真帆が上げる。
高城由奈が決める。
得点。
*
ベンチがざわつく。
「今の効いた!」
彩音が叫ぶ。
美鈴は戻りながら言った。
「速球だけやなかとよ」
次のサーブ。
今度は強打。
相手が少し前へ意識を残していた。
レシーブが弾かれる。
連続得点。
高城由奈が笑った。
「ほんとに配球やっとる」
美鈴も笑う。
「バレー版チェンジアップたい」
*
仙台白鷺女子も、すぐに修正してきた。
さすが全国ベスト4。
緩急への対応を始める。
だが、その“考える時間”が、宗像高校には大きかった。
相手のリズムが崩れる。
長いラリーの入り方が少しずつ変わる。
宗像高校は、そのわずかなズレを突いていった。
*
第1セット終盤。
22対22。
長いラリー。
互いに拾い続ける。
美鈴は、相手リベロの動きを見ていた。
強打への準備は速い。
でも、緩いボールが続いた後、次の速球への反応が半歩遅れる。
(ここ)
真帆からトス。
美鈴が打つ。
今度は、全力。
相手リベロが反応する。
だが、ほんの少し遅い。
ボールが床へ突き刺さる。
23対22。
美鈴が拳を握る。
「緩急、効いとる」
*
第1セットは宗像高校が取った。
だが、試合は消耗戦になっていく。
第2セット。
第3セット。
足が重い。
肩が痛い。
集中力も削られる。
それでも、美鈴は見続けた。
どこで崩れるか。
どこで迷うか。
どこで疲労が出るか。
そして、その情報をタイムアウトで伝える。
「今、相手リベロの反応が少し遅れてます」
「ミドル、一歩目が重くなってます」
「サーブの後、レフト側の戻りが遅いです」
高城由奈が笑った。
「黒崎、ほんとキャッチャーたい」
真帆もうなずく。
「しかも、終盤ほど読みが鋭くなる」
美鈴は苦笑した。
「疲れると、逆に余計なこと考えんくなるけんです」
*
最終セット。
13対13。
全員、限界だった。
だが、仙台白鷺女子も同じ。
美鈴は相手セッターの肩を見た。
(次、速攻はない)
相手は長いラリーで、ミドルの入りが遅れている。
なら、サイド。
「由奈先輩、外!」
由奈が反応する。
ブロックが間に合う。
ワンタッチ。
千春が拾う。
真帆が美鈴へ。
ブロック二枚。
美鈴は空中で笑った。
「最後は、ストレート定食たい」
真帆が叫ぶ。
「今!?」
美鈴はストレートへ打ち抜く。
決まった。
14対13。
*
最後の一本。
宗像高校は、もう気力だけで立っていた。
長いラリー。
何度も拾う。
何度もつなぐ。
そして最後。
高城由奈が、相手コートへ叩き込んだ。
試合終了。
宗像高校、決勝進出。
*
試合後。
藤崎香織監督は、美鈴を見た。
「黒崎」
「はい」
「あなた、今日は本当にキャッチャーみたいでした」
美鈴は少し笑った。
「ありがとうございます」
「ただし」
監督が続ける。
「最後の“ストレート定食”は意味不明です」
高城由奈が吹き出した。
「監督、もうそこは諦めましょう」
美鈴は苦笑した。
「自分でも、ちょっと何言ったか分からんかったです」
*
全国準決勝。
宗像高校は、消耗戦を制した。
そして美鈴は、“緩急”という新しい武器を全国で通用させた。
ただ強いだけでは勝てない。
読む。
崩す。
迷わせる。
高校全国の戦いは、ますます深くなっていく。
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次回予告
第45話「決勝、怪物たち」
ついに、インターハイ決勝。
宗像高校の前に立ちはだかるのは、全国最強と呼ばれる怪物チーム。
高さ。
速さ。
パワー。
経験。
そのすべてが、これまでの相手を超えていた。
さらに、美鈴の足に異変が起き始める。
「まだ……動ける」
次回、第45話「決勝、怪物たち」。
美鈴、高校一年の夏、最後の戦いへ。




