準々決勝の風
第43話
準々決勝の風
全国屈指の高さを破った宗像高校。
だが、次に待っていた相手は、さらに別次元だった。
東京代表。
八王子女子大附属高校。
インターハイ優勝五連覇を含む、通算十五回の優勝を誇る名門中の名門。
実業団。
大学強豪。
日本代表。
そのすべてに、多くの選手を送り出してきた高校バレー界の巨大な壁だった。
*
試合前日の宿舎。
宗像高校の選手たちは、トレーナーからマッサージを受けながら戦術ミーティングをしていた。
疲労は限界に近い。
だが、相手は待ってくれない。
藤崎香織監督が映像を止めた。
「八王子女子大附属は、速さだけではありません」
画面には、相手の攻撃が映っている。
セッターの判断。
ミドルの入り。
サイドの助走。
リベロの守備位置。
すべてが速く、無駄がない。
「打点、読み、分析、スタミナ。全部が全国トップクラスです」
高城由奈が静かに言った。
「優勝候補筆頭ですね」
「はい」
藤崎監督はうなずく。
「正面から勢いだけでぶつかれば、間違いなく削られます」
*
美鈴は、脚をトレーナーにほぐしてもらいながら映像を見つめていた。
相手の攻撃は、風のようだった。
気づいた時には、もうボールが動いている。
速攻。
時間差。
バックアタック。
守備から攻撃への切り替え。
「速すぎる……」
美鈴は小さくつぶやいた。
だが、すぐにノートを開いた。
「でも、読めんわけやない」
長谷川真帆が振り向く。
「見える?」
「少しだけです」
美鈴はペンを走らせる。
『セッター、ミドルを見る時に左肩が少し開く』
『リベロ、強打には強い。でも二段目の前落としに少し遅い』
『連続速攻の後、サイド攻撃に切り替える確率高い』
『終盤でも足が止まらない。スタミナ化け物』
岩崎彩音が隣からのぞく。
「黒崎、相手を化け物って書いとる」
「事実です」
「じゃあ、こっちは?」
美鈴は少し考えた。
「こっちは……しぶとい食堂です」
「まだ食堂なんや」
*
藤崎監督は美鈴のノートを見た。
「黒崎、何を狙いますか」
美鈴は顔を上げた。
「相手の速さに全部ついていこうとしたら、こっちが先に崩れます」
「続けて」
「だから、全部止めるんやなくて、速さの起点を少しだけ遅らせたいです」
高城由奈が聞く。
「起点?」
「セッターにきれいな一本目を上げさせない。あと、ミドルに入る時の一歩目をずらす」
真帆がうなずく。
「サーブで崩す?」
「はい。それと、守備位置は広く取りすぎたら逆に遅れます。相手の得意パターンを絞って、捨てるところは捨てるしかないです」
藤崎監督は静かに言った。
「高校全国で、捨てる判断は怖いですよ」
「はい。でも、全部拾おうとしたら全部遅れると思います」
沈黙。
そして高城由奈が笑った。
「一年が言うことじゃないね」
美鈴は少し照れた。
「でも、言わんと勝てん相手です」
*
試合当日。
準々決勝。
八王子女子大附属の選手たちは、整列の時点で空気が違った。
落ち着いている。
驕りではない。
余裕でもない。
勝つために必要なことを知っている集団の静けさだった。
美鈴は深く息を吸った。
(ここが、本当の高校全国)
*
第1セット。
八王子女子大附属の速攻は、想像以上だった。
宗像高校が構えた瞬間には、もうボールが動いている。
ミドル。
サイド。
バック。
どこからでも来る。
5対10。
序盤から差が開く。
ひかりがベンチで息をのむ。
「速か……」
美鈴もコートの中で感じていた。
ただ速いだけではない。
全員が連動している。
ひとつの風みたいに、コート全体が動く。
*
だが、美鈴は見続けた。
止められない。
拾えない。
それでも見る。
相手セッターの目線。
肩の向き。
ミドルの踏み込み。
サイドの助走開始。
そして、タイムアウト。
藤崎監督が言う前に、美鈴が口を開いた。
「監督、次の三本、ミドルを一回捨ててもいいですか」
全員が美鈴を見る。
「理由は?」
「相手、今こっちのブロックがミドルに遅れるのを見て、逆にサイドへの切り替えを増やしてます。ミドルを追いすぎると、サイドが完全に空きます」
真帆がうなずく。
「つまり、サイドを先に止める?」
「はい。ミドルで一点取られても、サイドの連続失点を切りたいです」
高城由奈が短く言った。
「やろう」
藤崎監督も頷いた。
「守備位置変更。黒崎の案で行きます」
*
試合再開。
相手はミドルへ。
得点。
宗像高校はあえて受け入れた。
次の一本。
相手はサイドへ切り替える。
そこに、高城由奈と三枝里奈のブロックが待っていた。
ワンタッチ。
森本千春が拾う。
真帆が上げる。
由奈が決める。
流れが少し変わった。
美鈴は拳を握る。
「一本、切れた」
*
第1セットは落とした。
だが、終盤には宗像高校が八王子女子大附属の風に少しだけ慣れ始めていた。
ベンチに戻ると、岩崎彩音が言った。
「黒崎、怖い判断するね」
「怖かったです」
「でも当たった」
「一回だけです。次は向こうが修正してきます」
藤崎監督が聞く。
「第2セットは?」
美鈴は答えた。
「こっちから風向きを変えます」
真帆が笑う。
「どうやって?」
「サーブで相手セッターの一歩目をずらす。あと、攻撃は正面突破じゃなくて、相手リベロの前後を揺らす」
藤崎監督はうなずいた。
「行きましょう」
*
第2セット。
宗像高校はサーブで勝負した。
岩崎彩音の強いサーブ。
高城由奈のコースを突くサーブ。
美鈴の回転を変えたサーブ。
完璧には崩せない。
だが、相手セッターの一歩目が少しずつずれる。
そのほんの少しのずれが、速攻の精度を落とす。
宗像高校は拾い始めた。
そして、攻撃では美鈴が相手リベロの前後を揺らした。
強打を見せる。
前へ落とす。
次は奥へ打つ。
相手リベロの足が、一瞬だけ迷う。
その一瞬で、宗像高校は得点を重ねた。
*
20対20。
第2セット終盤。
会場の空気が熱を帯びる。
八王子女子大附属のセッターが、速攻を選ぶ。
美鈴はその肩の開きを見た。
「里奈先輩、左!」
三枝里奈が反応する。
ワンタッチ。
千春が拾う。
真帆が美鈴へ上げる。
相手ブロックは高い。
美鈴は打つ。
ブロックアウト。
21対20。
ベンチが沸く。
彩音が叫ぶ。
「黒崎キャッチャー、また配球読んだ!」
美鈴が返す。
「今日は風向き予報士です!」
真帆が吹き出した。
「肩書き増やさんで!」
*
第2セットを宗像高校が取った。
25対23。
八王子女子大附属から、今大会初めてセットを奪った。
*
最終セット。
八王子女子大附属は、さらに速くなった。
まるでギアを一段上げたようだった。
宗像高校は必死に食らいつく。
8対8。
10対10。
12対12。
一本ごとに肺が焼けるようだった。
美鈴の足も重い。
だが、目はまだ動いていた。
13対13。
相手の攻撃。
速攻と見せて、バックアタック。
美鈴は一瞬遅れた。
だが、千春が拾った。
「まだ!」
真帆が上げる。
由奈が打つ。
拾われる。
再び相手。
今度はミドル。
三枝が触る。
ボールが浮く。
美鈴が走る。
「つなぎます!」
ぎりぎりで上げた。
真帆がもう一度、美鈴へ。
ブロック二枚。
相手は美鈴のブロックアウトを警戒。
リベロは深い。
美鈴は強打のフォームから、前へ短く落とした。
得点。
14対13。
宗像高校、マッチポイント。
*
最後の一本。
八王子女子大附属は、王者候補らしく崩れなかった。
強烈なサーブ。
千春が拾う。
真帆が上げる。
高城由奈が打つ。
拾われる。
相手セッターが動く。
美鈴は見た。
肩が開く。
でも目線はミドルではない。
(サイド)
美鈴が叫ぶ。
「由奈先輩、外!」
由奈が反応する。
ブロックが触る。
ボールが高く上がる。
千春がつなぐ。
真帆が美鈴を見る。
トスが上がる。
最後は美鈴。
高校全国の壁。
風のような攻撃。
名門中の名門。
その全部を前に、美鈴は笑った。
「風には、風見鶏たい」
真帆が思わず言う。
「今!?」
美鈴は空中で相手の手を見た。
ブロックの外側。
ボールが指先をかすめる。
外へ。
試合終了。
*
宗像高校、準決勝進出。
八王子女子大附属を破る大金星。
会場がどよめいた。
優勝候補筆頭が敗れた。
そして、その試合で一年生の黒崎美鈴が、読みと判断で大きな役割を果たした。
*
試合後。
藤崎香織監督は美鈴に言った。
「黒崎、今日のあなたはよく見えていました」
「ありがとうございます」
「ただし、最後の風見鶏は何ですか」
「風を読む人です」
「それは分かります。でも言葉が独特です」
高城由奈が笑った。
「監督、もう慣れましょう」
藤崎監督は小さくため息をついた。
「慣れたくありませんが、効果は認めます」
*
美鈴はコートを振り返った。
高校全国の壁は高い。
でも、見えない壁ではなかった。
高さの次は速さ。
その速さも、完全には止められなくても、読んで、ずらして、崩すことはできる。
黒崎美鈴は、またひとつ高校の全国で成長していた。
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次回予告
第44話「準決勝、消耗戦」
優勝候補・八王子女子大附属を破った宗像高校。
だが、その代償は大きかった。
主力選手の疲労。
足に残る重さ。
連戦による集中力の低下。
準決勝の相手は、粘り強い守備と長いラリーを武器にするチーム。
宗像高校は、体力を削られる消耗戦へ引きずり込まれていく。
「この試合、根比べたい」
次回、第44話「準決勝、消耗戦」。
美鈴は、疲労の中で勝機を探す。




